第10話 竜の住む山
竜哭山──
それはかつて、創世神イデアとともに魔神と戦った、古の竜が眠るとされる禁山。
竜の鳴き声のように山肌を撫でる風がうめくことから、竜哭山と呼ばれている。
「うっわぁ……ここが竜哭山かぁ。
こんなとこ、ほんとに草なんか生えてんのかな?」
「草って……希少な薬草なんだからね。踏んだりしないでよ?」
「あはは。わかってるって」
リックたちは、まるで街道を散歩するように険しい山道を進んでいく。
山道といっても、生息する魔獣たちが通ることでできた獣道に等しい荒れた道。
「ふふ。レーヴァのおかげで、こんなとこでも楽に歩けちゃう」
レーヴァの神聖力は意外と万能だった。
リックほどではないが、ナイアの身体能力もかなり強化されている。
「ははは。そうだろうそうだろう。少しは我を敬う気になったか?主よ」
「うん!ありがとね!」
「えー?俺は別に恩恵ないからなぁ」
「お前には言っとらん!武具の天敵めが!」
そんなやりとりを続けながら、二人と一振りは鋭い岩や崩れた山肌をものともせずに登っていく。
目当ての薬草──竜の灯火は、この山の中腹より上に生えているらしい。
「それにしても岩ばっかだな……
薬草どころか雑草もないし、岩以外は骨ばっかりだ」
「そ、そうだね……」
辺りには、魔獣の骨がちらほらと転がっていた。
中には人骨らしきものもある。
恐らく、無謀にもこの山へ足を踏み入れた過去の冒険者たちのものだろう。
「ねえ、やっぱりちょっと変じゃない?」
「なんで?」
「だって、全然初心者歓迎って感じしないもん……」
確かにおかしい──
初心者向けの場所にしては、いささか物騒に見える。
今のところ魔獣とは遭遇していないが、入山してからずっと殺伐とした空気が満ちていた。
「ふむ。確かに、少なくとも経験のない素人が来る場所には思えぬな」
レーヴァも薄々勘づいていた。
神剣特有の能力なのか、周囲の魔獣が放つ魔力や殺気を感じ取っているらしい。
「おい、小僧。とりあえず一匹向かってくるぞ」
「レーヴァも気づいたのか?さすがだな!」
「え!?」
二人のやりとりに戸惑うナイア。
リックは自身の五感で、魔獣の気配を察知していた。
すると、次の瞬間──
──ズガンッ!!──
鈍く硬質な音が響き渡った。
音の方向はリックのいる場所だ。
「リック!?」
リックを見たナイアが思わず声を上げる。
しかし、当のリックは笑っていた。
「あははは。いきなりだなあ!」
リックの脇腹めがけて突進してきたのは、額に大きな角を持つ魔獣。
ひらけた街の周辺ではあまり見かけない、レッサードラゴンだ。
「リック、大丈夫!?」
そう言って駆け寄ろうとするナイアを、リックは手を向けて制止した。
リックは特に防御していないように見える。
それなのに、レッサードラゴンが地面を蹴り上げながら押し込んでも、彼の体はびくともしなかった。
「デカいトカゲだ!辺境伯領の森にも結構いたよなぁ。懐かしい!」
まるで押されていないかのように振る舞うリック。
一方、レッサードラゴンは鼻息を荒くし、地面がえぐれるほど蹴り続けていた。
「ブフウウウウッ!!!」
その様子を見たレーヴァは呆れた。
もちろん剣に表情などない。
だがもし顔があれば、きっと険しい表情をしていただろう。
「あの小僧……ほんとに人間か……?」
「ごめん……わかんない……」
二人が呆れ果てる中、リックはレッサードラゴンの角を片手で掴んだ。
そして、そのまま力を込める。
すると、リックよりも遥かに大きなレッサードラゴンの巨体が、ゆっくりと地面から浮き上がった。
「ブフッ!?」
レッサードラゴンは焦る。
慌てて足をばたつかせるが、そんなことはお構いなしに、その巨体は持ち上げられていく。
「よいっしょお!」
──ドズウウウンッ!!──
リックは、レッサードラゴンを背中から地面に叩きつけた。
地面が抉れ、凄まじい轟音が山肌に響き渡る。
その強烈な一撃で、レッサードラゴンは白目を剥いて絶命していた。
「あれ?もう終わり?」
リックは、あまりの呆気なさに目を丸くした。
頭を掻いたリックは、ナイアに向けて困った様子を見せる。
「こいつ、どうしよう?」
「ええ!?私もわかんないよ……ギルドから貰ったバッグに入るのかなぁ?」
冒険者ギルドから支給されるバッグには、収納の魔法が施されている。
このバッグは装備品として認識されないらしく、リックも同じものを身につけていた。
「初心者用の支給品だし、魔獣一匹がまるっと入るかは疑問だなぁ……解体するか?」
「でも、私もリックも解体なんてやったことないよ?」
二人が困っていると、見かねたレーヴァが声をかけた。
いつにも増して得意げなその声は、ちょっと鼻につくほどだ。
「ふはははは。二人とも仕方がないな!ここは、我に任せておけ!」
そう言って、レーヴァは翡翠色の光を放った。
剣身から放たれた光が、レッサードラゴンを包み込む。
次の瞬間──
──シュンッ!──
レッサードラゴンは跡形もなく消えた。
リックとナイアは突然の出来事に、辺りをキョロキョロと見回した。
「え!どこいった!?」
「……消えちゃった……」
「安心しろ。我が亜空間に保管しておる。
主が願い出れば、我がいつでも出してやるぞ」
レーヴァは上からものを言うように告げた。
リックは困った様子でレーヴァに尋ねる。
「俺は……?」
「小僧ではダメだ」
「ええええ……!?」
リックは悲嘆の声を上げた。
それを見たナイアは、クスクスと笑う。
「ふふふ。リックが困ってるの珍しいね。
でも、レーヴァも意地悪しちゃダメでしょ?」
「ぬぅ……仕方ない。たまーーっになら言うことを聞いてやろう」
ナイアを見たリックは、頭を掻きながら苦笑いを浮かべた。
まだ薬草は見つからないが、軽妙なやりとりをしながらも最初の依頼は順調に進んでいた。
その時──
──グオアアアアアアアッ!!──
突然、激しい咆哮が響き渡った。
「なんだ!?」
「きゃっ!」
声の方角──
リックたちは空へ視線を向ける。
その視線の先には、大きな翼を広げた竜の影があった。




