生協前の攻防・Ⅲ
ギャラリーは、察しのいい者から順々に、理解の顔になって行った。
要するに、西側のカタコユリ荘に大切なOGが訪問して、寮を上げて歓待している所に、東側から不埒な闖入者が来て失礼を働いたので、一番下っ端の一回生が(多分先輩に命じられて)一所懸命ここまで引き摺って来た……という所だろう、と。
なぁんだ、しょうもない、と人垣が散ろうとした所で、
「お嬢さんは何を主張したかったの?」
田島さんが梨華に声を掛けてしまった。
とっととこの場を去ろうとしていた先輩がたも、困って止まってしまった。
「わ、私は寮を移りたいの。カタコユリ荘なら大切にして貰えると思ったから。でも要らないって突き返された。不公平だわ、差別よ、そっちの子ばっかりえこひいきして」
「あ、えこひいきはあるわよね、あの寮」
ギャラリーの中から麻美子と久恵が顔を出した。まだおったんかい。
タチバナ先輩がザッと前に出た。いつもの朗とした声で、
「未成年飲酒だけでも、うちでは充分NGです。他の真面目な寮生に悪影響が及ぶ事を危惧し、自衛の為お断りしました。対外で活動する選手が少なからずおりますし、尚更です」
と、誰にでも理解出来るよう簡潔にまとめた。
あ、それはそうだよね――と、ギャラリーはみかんを見る。
「遠山さん、大丈夫でしたか?」
先輩が急に声を掛けてくれたので、果々子は慌てて高速で何度も頷いた。
「だってだって…………なによ、何で私だけ悪者なのよ……酷い、意地悪……」
梨華がまた雑言を漏らすが、シンとした中、惨めさだけが取り残される。
カタコユリ寮は、代表の一人が話し始めたら他の者は口を閉じる。大勢でののしるような構図は醜いからだ。
果々子も倣って口を結んでいる。教わった訳じゃない。見て学んだ。
「ふふ」
明るい笑いは、何と田島さんからだった。
一同びっくりして空色車椅子のおばあちゃんを見る。
「『主張』が、『自分を大切にして貰いたい』なんて、素敵、素敵」
え? と言う顔を、タチバナ先輩ですら、した。
「そんな事をおおひらに叫べるなんて、穏やかで、安心して学べる、素敵な時代」
「うちは、ちょっと恥ずかしいと思、イマス。そんなん、言ってして貰うモンちゃうし」
みかんがキョンと言った。
後ろで瀬戸先輩が、どの口が言うかって顔で苦笑いしている。
「そうね。でもね、誰の為かも分からないような『主張』を勘違いして暴走させて、大学が安心して学べない場になってしまう出来事も……確かに起こったから。
自分の為だけを叫べるなんて、ああ、平和でいいなあと、つい思ってしまったの」
果々子はすぐにハッとした。
ギャラリーたちは、「戦争? 違うよね?」などと囁き合っている。知らない人は本当に知らない。か、知識にあっても結びつけない。
「私の時代はまだ少しマシで、でも後輩たちが本当に気の毒だった。学びたくても学べない。バリケードに阻まれて、卵も届けてあげられなかった」
ピンと来ていない者が多い。
果々子は思わず田島さんに寄って、小さい声でささやいた。
「私のおばあちゃん、進路を決める時期がそんな時代で」
「そうなの?」
「田舎の年寄りには、首都の最高学府で起きた大きな事件がいつまでも昨日の事みたいな感覚で……親が進学を許してくれなかったんです。女が大学なんか行くとロクな事にならんって」
「まあ……」
「私なんかよりずっと賢くて、読んで書いて、学ぶのが大好きな人だったのに」
「そう……」
「だから、果々子はぜったい行きたい学校行きなって、一番後押ししてくれました」
「おばあ様の為にも、今の一時一時を大切にしなくてはね」
「はい」
すっかり話の中心からズラされてしまった梨華は、ヒィヒィと泣き続けている。
いいかげん誰か引き取ってあげればいいのに。
寮には連絡が行っている筈。サークルにも入っていると言っていた。
ギャラリーは散りつつある。
麻美子と久恵もいつの間にか居ない。
本当に、誰にも助けて貰えないの? あんなに可愛い顔をしているのに。男子も、誰も?
「先輩がた、どうぞ資料館へ行って下さい。私はもう少しここにいます」
「いいの?」
「はい、白樺寮監も、もう来るでしょうから」
梨華がヒクリと揺れた。
「果々子が残るんならうちも残るで。これの落とし前付けなあかんからな」
みかんが泥の足跡の着いたスパッツを指すと、梨華はまたヒクヒクと揺れた。




