生協前の攻防・Ⅰ
ニヤニヤしている麻美子と久恵の前で、白鳥梨華は唇をギュッと噛む。
新展開か?
(でもまだ手を離したらカタコユリ荘に駆け戻って行きそうだな)
果々子は手を緩めずに、腰を落とした姿勢のまま訪ねた。
「ねえ、この人はどこの寮だか知ってる?」
「…………」
二人はニヤニヤをやめて怪訝な顔を見合わせた。
「寮監に引き取りに来て欲しいんだけれど」
「な、何勝手に決めてんのよ、あんたにそんなケンリない!」
「……白樺寮よ。でも私たちは関係ないわよ」
「そう、私たちはもうあの寮を出るもの」
麻美子と久恵はサクッと返した。
ああ、例の白樺寮か……
そしてこの二人も出るって? 短いな、十日ももたないとか、むしろどんな過酷な所なんだ、白樺寮。
遠巻きにしていたギャラリーの一人が、スマホを手に取った。
「白樺寮に連絡取ってあげようか? あそこは寮監が留守でも、大体、牢名主の上級生がたむろっているから」
何ですか? 牢名主って。
「や、やめてえっ!」
梨華が叫ぶ。そして大粒の涙をボロボロ溢し始めた。
へえ、これは演技じゃ出来なさそうだ。白樺寮ってどんな鬼の哭く街?
「おい、可哀想だろ、離してやれよ」
ついにビジュアル釣られ男子が寄って来て、果々子の腕を掴んだ。
まだだ、まだ離しちゃ駄目だ。
一秒でも長く守りたい物を守る。
果々子は握る指に力を込める。この男子だって本気の力を出していない。本気じゃないからだ。
「貴方は責任が取れるんですか」
「は? 何言ってんだ、こいつ」
「貴方が、この手を離したあとの、彼女のやる事に責任を取ってくれるんですか? この人が何をやろうとしているか知ってるんですか? 知らないから無責任なこと言ってるんですよね」
「ぇ、は、何だそれ、訳分かんねぇ」
と言いつつ、釣られ男子フェードアウト。
あ、これ効くかも。
果々子は息切れを隠して、出来るだけ冷静な声でゆっくりと、一音一音丁寧に発音しながら喋り始めた。タチバナ先輩の真似だ。
「この状況、異様ですよね、私だって嫌です、恥ずかしいです。でもこうまでしてこの人を押さえなえていなくちゃならない理由があるんです。離したらこの人が何をやらかすか、想像して下さい」
いやまぁ、ただ茶話会をぶち壊しに行くだけなのだが。
しかし想像力の豊かな者は膨らませて色々妄想してくれるだろう。『檻の熊を解放しろ』なんて宣う自称愛護派連中に対する台詞を彷彿させると、自分でも思う。
人形のみたいな美少女は、目を充血させ鼻の穴を開いて、ヒィヒィと喚いている。元々のビジュアルが綺麗なだけに、ホラー雑誌の表紙のような不気味さは……ある、かもしれない?
「ねえねえ、その子、今度はどこでヒンシュク買ったの?」
麻美子と久恵が好奇心一杯に聞いて来た。
ここで彼女たちに迎合したら、女子の集団苛め図になってしまう。
果々子は二人を無視して、判断に迷っているギャラリーに向いた。
「獄長・・じゃなくて、寮監でも誰でも、この人を(倫理で)押さえて置ける『大人』を呼んで来て下さい。私、(物理は)もうもちません」
しかし事態を引き受けてくれる大人が来る気配は無い。
果々子が限界なのは見て分かるが、理性的な男子は、昨今の危機管理で女子の身体に触りたくない。
女子は、檻の熊扱いのアブナイ人物に近寄りたくない。
「ねぇ、これ使う?」
誰かが生協の方から『さすまた』を持って来た。
梨華は真っ青になる。
果々子はそのナイス過ぎるチョイスに、思わず吹き出して力が抜けてしまった。
「あっ!」
一瞬の隙を突いて、梨華が逃げ出した。
そりゃ恥ずかしいよね、私だって逃げたい。
「きゃああ!」
一度『異常者』認定された梨華は恐怖の対象だ。
麻美子と久恵ですら怯えた顔で逃げ惑っている。一寸前まで見下してなかった?
果々子は風評被害の恐ろしさをしみじみ噛み締めた。
と、果々子の横を二迅の風が駆け抜けた。
大きなストライドであっという間に梨華に追い付き、両側から腕を捉えたのは、
「何やってんの、果々子」
「ほんま、何やってるんや……」
みかんと瀬戸先輩!




