花咲く土手での出逢い(書影その5)
第八章【 ゴールデンウイーク最終日 】
五月六日 月曜日 こどもの日の振り替え休日。
ゴールデンウィーク最終日。
果々子は予てより計画していた、裏山ひとり登山を実行した。
登山と言っても標高二百米にも満たない丘。
ゴールデンウィークの初めにビタミンカステラ先輩に教えて貰って、大好きになった、学校を一望出来る場所だ。
もっと度々来たかったが、熊の怖さを刷り込まれてちょっとビビっていた。
ビビってもビビらなくても熊は会う時にしか会わないと、ウペペサンケのお客さんたちに妙な励まし方をされ、ゴールデンウィーク最終日だしで、えいやっと、来る事にしたのだ。
山頂には呆気なく着き、崖の突端から学校を見渡す。
帰省や旅行に出ていた学生たちが戻って来て、学内は活気を戻しつつある。
陽に光るグラウンドで、みかんたちが朝のストレッチをやっている。妖精みかんさんは相変わらずシルエットですぐ分かる。
カタコユリ荘は……
「あっ!」
建物の西側の林に下る斜面。
ピンク色に染まっているではないか。
(タマ先輩に教えて貰ったカタコユリの花だ!)
ある日突然一斉に咲き始めると言っていた。
毎日慌ただしくて、確かめに行くのを疎かにしていた。
いつの間に、いつの間に。
(近くで見よう。タマ先輩にも教えてあげよう)
マナスルを背負って来たけれどコーヒーは中止にして、果々子は来た道を戻った。
「んん?」
山を下りて寮へ向かうと、西側、林の手前のカタコユリの土手の上に、見慣れない人物が見えた。
空色の車椅子に乗ったおばあさんだ。
「危な……っ」
果々子は思わず駆け寄って車椅子のハンドルを握った。
お婆さんはビックリして振り返る。
「す、すみません、土手に向かって進んでいるように見えて。ブレーキ掛けていらっしゃるし全然大丈夫でしたね、失礼しました」
「そう、心配して頂いてありがとうございます」
おばあさんは結構歳が行っていて、七十か、もしかしたら八十歳ぐらいかもしれない。
一人で来たのだろうか?
「あの、寮の方の誰かにご用事ですか? 呼んで来ます?」
「いえいえ、この景色を見に来ただけなのよ」
おばあさんは穏やかな口調で答えて、土手の斜面を見やった。
上から見たとおり、ピンクのカタコユリの花がこれでもかと咲き揃っている。
よく見ると、林の方には白いオオバナノエンレイソウ、間に青のエンゴサクと、何とも美しいグラデーションを作っている。
綺麗! タマ先輩は知っているのかな、教えてあげなくちゃ。
「ああ、見られて本当に幸せ」
おばあさんは少女みたいな声で言った。
「お嬢さんはここの寮生さん?」
「はい、今年入らせて貰いました」
「カタコユリ荘はどう?」
「好きです。毎日とても楽しいです」
「そう、それは良かった良かった」
「あの……」
もしかして、ここの卒業生の方ですか?
と聞こうとした所で、寮の玄関が開いた。
「田島さん!」
タチバナ先輩と、丁度いい所にタマ先輩だ。よかった、一緒にこの景色を見られる。
二人の後ろから、厨房のおかあさんの中で一番若い、先日の裏カレー大会に来なかった方のパートさんが、私服で出て来た。
「おばあちゃん、お花、咲いてて良かったね」
「お前が連れて来てくれたお陰だよ、ありがとうねぇ」
どうやらパートさんのお身内みたいだ。
「田島さんが来られると知っていれば、準備しましたのに」
タチバナ先輩とタマ先輩が、果々子と並んで土手に立った。二人とも何だか浮き足立った感じだ。
「いいのよ、そんな仰々しい。施設の外出許可も昨日やっと降りて、急だったもの」
田島さんと呼ばれたおばあさんは、話し言葉はかくしゃくとしているが、身体は細くて指先は血管が浮いて震えている。
果々子は昨年亡くなった自分のおばあちゃんを思い出した。
「またここの花が見られただけで充分、ああ本当に幸運だわ、じゅうぶん、じゅうぶん」
タマ先輩が小さい声で、
「田島さんはカタコユリ荘の創設当時の寮生でいらしたの」
と教えてくれた。
「街の、『田島鶏卵』を起点とする『タジマファーム』の創始者で、寮の食堂にずっと格安で、平飼いの美味しい卵を卸して下さっているのよ」
「そうなんですか!」
「ふふ、今は息子の代だけれど、変わらず提供し続けてくれて良かったわ。若者は滋養のある物を食べて健康な身体を作らなきゃならないもの」
果々子は胸にシンと染みた。今度は冷たい棘じゃない。




