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カタコユリ荘 春の選抜カレー大会  作者: しらら
喫茶ウペペサンケ
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52/65

当たり前のようで気付けなかった

 


 五月五日 日曜日 こどもの日。

 バイト二日目。


「どうしたの、体調悪い?」

 いきなりマスターに聞かれた。


「はい? いたって元気ですよ?」

 開店前、カウンター内の厨房で、教わりながらピザソースを作っていた果々子は、びっくりして振り向いた。本当に体調は何ともない。


「目の周りに隈があるし。昨日、相当疲れたのかい?」

「そんな事ないです。元気なつもりなんだけどな……目立ちます? ファンデ厚塗りしとこうかな」

 普段スッピン果々子だが、人前に出る仕事だし一応化粧道具は持って来ている。


「いや、きみの外見に多くは求めないのだが」

 何気に酷いマスター。

「睡眠不足じゃないのか?」

 何気に鋭いマスター。


 そうして、

「まったく関係のない人間相手に、声にして吐き出すだけでも楽になる物だよ」

 のマスターの言葉に、スルスルと、夜眠れない理由を打ち明けてしまった。


 梨華に言われた事、寮の人数の事、先輩に優しくされる度に申し訳なさが積み重なる事。


「考えないようにしようと思っても、夜ベッドに入ると後悔が押し寄せるんです」


 そう、夕べまた、『タマ先輩は運転で疲れているのにわざわざ喫茶店に寄らせてしまった、タチバナ先輩にも要らん手間を掛けている、せっかく温泉ドライブに行ったのに、自分の為に余計に疲れさせてしまった』という思考に襲われて、眠れなくなってしまったのだ。


「ふむ」

 マスターはコーヒー豆をゆっくり牽きながら少し考えた。

「先輩たちがきみに気を使っていると言うけれど、僕にはきみが、気遣われなければならない程『みじめな者』には見えないなぁ」


「みじめ……」


「僕は先日、山で怪我をして、同行者に気遣われて、酷く惨めだった。通りすがりの赤の他人にも助けて貰って、沢山の人に迷惑を掛けて、惨めで情けなかった」

「それは……怪我をしたらしようがないじゃないですか。誰にでも降りかかる事だし」


「うん。助けてくれる人たちはそうだよね。当たり前だと思っている。山では殊更(ことさら)。じゃあ惨めな思いをした者はどうしたらいいかって、二度とそんな事にならないように反省して気を引き締める」

「はい」

「あと、恩を返すんだ。その人たちにじゃなくても、誰かが怪我をした時に同じように助ける」

「それがご恩返し……」


「きみの場合、後から来る後輩に返してあげればいいんじゃないかな?」

「・・・・!」



 あっ、それがカタコユリ荘なんだ。

 当たり前のようで気付けなかった。

 やっと辿り着けた。



 果々子はこのゴールデンウィーク、沢山の思い出を得たけれど、マスターとのこの時の会話も、ずっと大切な宝物だ。


「それでもやっぱり僕は、きみが気遣われなければならない程『みじめな者』には見えないんだけれどね。

 僕から見たら、きみは自覚がないだけで、多くの物を持っている『豊かな者』だ」


 挽き終えた粉を缶に移す、香りが満ちる。


「だから、返す時が来たら十二分に返せると思うよ」



   ***



 バイト二日目午後、仕事のリズムに慣れてあたふたしなくなった頃、ドラゴンフライ先輩が現れた。


「マスターさん、インテリアの写真撮っていいッスか。叔父さんに送ってあげたいので」

「いいよ、人間は写らないようにしてね」


 出来れば『マナスルちゃん』関連の文章も無しでお願いします~~……


 だが会話の中でつい『ドラゴンフライ先輩』と口走ってしまい、マスター及びその場のお客さんたちに大いにウケてしまった。墓穴だ。ぜったいセットで並び称される。


 とばっちりを喰った日向桜子は、その後ウペペサンケの常連になるも、永遠に『ドラゴンフライ先輩』と呼ばれ続ける事となる。






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