絶対に損じゃない
「とんだ茶番だ」
後ろを見ると、帰り掛けるポプラ寮学生たちのしんがりで、蜂矢涼介がタチバナ先輩に絡んでいる。
果々子はビックリして、片付けかけの椅子を抱えたまま、離れた後ろで聞き耳を立てた。
蜂矢は、カノジョたちは先に帰したみたいで、一人。
タチバナ先輩の両脇ではタマ先輩と瀬戸先輩が強張った様子で身構えている。
「でも貴女がたには必要な茶番だったんですよね。毎年ポプラ寮に新入学生が入って来る度に」
「ご理解頂けて幸いです」
先輩の涼やかな声が聞こえて、果々子は取りあえずホッとして離れようとした。
「あの二択、本当は前者を選んで欲しかったんでしょう? 日曜カレーを廃止するって方」
またまた聞こえた蜂矢の言葉に。足を止めて思わず振り返る果々子。
先輩の後ろ姿がヒクッと揺れて、両脇の二人も動揺の顔を見合わせている。
「何でそう思うんです?」
変わらず静かな先輩の声。
「文法上はああいう最終手段は最後に来る筈なのに、先に言ったでしょ。無意識にそっちを選んで欲しいのかなあと」
「さぁ……たまたまですよ」
「それで廃止を選んでも、カタコユリ荘は初期に戻って『有志の個人的な日曜カレー』を始める。廃止はポプラ寮にとってだけ、になる」
「…………」
少し沈黙が流れて、ポプラ寮の面々はもう掃けて、周囲はカタクリ寮の数人だけになっている。
横のタマ先輩が、溜め息ひとつ吐いて口を開いた。
「四年前のポプラ寮開設時に、深く考えず、日曜カレーを食べに来てオッケーって門戸を開いちゃったんだよねぇ。それが間違いだった」
「タマ……」
「ここまで推理しているんなら、中途半端にモヤモヤさせとくより、スッキリして貰った方がいいと思うよぉ」
「うん……」
タチバナ先輩の同意を得て、タマ先輩は小声で解説を始めた。蜂矢は小柄な先輩相手に背を屈めて真面目に聞く。
「それまで何の問題もなかった日曜カレーの現場が、男子が食べに来るだけであんなに荒れるとは思わんかったんだろね。食い尽くし、食べ散らかし……」
「やれピーマンが入ってる茄子は許せん葉っぱはありえんだの。葉っぱの名前も言えん癖にな」
瀬戸先輩も向こう隣から声を被せる。
「お前の為に作っとるんやないっちゅうんじゃ。グダグダ言うならもう来んな、ってな」
「うん。それでも一回開いちゃった門戸を『気分悪いから』ぐらいの理由では閉じられなかったんよ」
「そんなの目立つ一部だけでしょう。大人しくマナー良く食べる学生がほとんどだと思いますよ。さっきの多数決が示しているし……サイレントマジョリティの気持ちも分かってやって欲しいです」
「そうだね。でも作る側にしたら辛いのよ」
「ああ……」
本日似たような経験をした蜂矢は引き下がった。
「勿論、口頭や文書での注意もしたよ。でも右から左で全然効果が無かったから」
「この選抜大会を捻り出したんですか」
「私たちの先輩がね」
「……それで貴女方は毎年虎視眈々と、合法的にポプラ寮を締め出せる隙を狙っているんだ」
「そこまで暗黒じゃないよぉ。大会をやる意味はそれだけじゃないし」
タマ先輩は、普段は穏やかに微笑んでいる口を縦に開いて、そこは力説した。
「バイキング形式にせず、最初から全部のカレーが一口ずつ乗ったプレートでも配っていれば、何の問題も起こらない。でもそれじゃダメなのよ。『皆がきちんと理解して動いてくれればギリギリ成立する所』までしか、やってあげちゃいけないの」
「……問題を起こすのが目的みたいですね」
「そう。問題起こして喧嘩して、ギスギス、ギャアギャア、不満と後悔一杯のイベント。そっちの方が人間の頭に残るでしょ。
とにもかくにも『作る人間の存在』! それを、来た人の脳ミソに叩き込めればいいの。
これは日曜日だけじゃなく、普段の厨房のおかあさんたちに対しても思って欲しいの。給料貰ってるとか関係なく」
「……」
「一応、四月一杯様子見て、必要ないと思ったら開催しない方針ではいるのよ、毎年」
蜂矢は目を丸くして息を飲み、それからゆっくり吐き出した。
「……道理でうちの寮の先輩方は、口をつぐんで何も教えてくれなかった訳だ……」
「遠山!」
離れた所で立ち聞きをしていた果々子は、気配を消していたつもりだったがしっかり瀬戸先輩に見られていた。
「ひゃひゃ、ひゃい」
「今日は楽しかったかっ?」
「えっ・・はぁ、総合的には楽しかったです」
「あのカレーが紛失した子?」
蜂矢も振り向いた。
「何でまた紛失なんかしたの?」
そりゃ疑問だよねえ、こっちも聞きたいわ。
「て、低温調理中のを、何か勘違いで持って行かれちゃったみたいで……」
「ふうん、それは災難だったね」
「で、でも、それで心配して貰ったり、えっと、暖かい心を沢山頂いたので、私的には良い一日でした」
「へえ」
蜂矢がちょっと嘲ったような声を出したので、果々子は思わず言い返した。
「誰にとってもきっと良い一日ですよ。例えば不満一杯で帰ったあのイナゴさんたちだって」
「イナゴ……」
心でイナゴと呼んでいたのがバレてその場の人間に笑われ掛けたが、果々子は頑張って勢いで続けた。
「卒業して社会人になって家庭を持って、大事な場面でふっと思い出してギリギリセーフになるケースとか、あるかもしれないじゃないですか。
作る人に心があるって、知ってて損になる事ないですから。絶対に損じゃないですから」
「そない二回も言わんでも……」
瀬戸先輩に言われて、喋り過ぎている事に気付いた果々子は真っ赤になった。
「あ――、ところで皆さんは、俺のカレー食べて貰えました?」
少し黙っていた蜂矢は唐突に顎を上げ、運営三人に聞いた。
「私たちは、皆さんが取り終わった後に頂きましたので、残念ながら……」
「ふむ」
蜂矢は一回考え込んで鼻の下をこすった。
「では近々ご馳走させて下さい。うちの自炊室で作って持って来ます」
「是非に!」
タチバナ先輩は弾んだ素の声を出し、他の二人もそれを見て笑いながら頷いた。
離れた所の果々子も、三人の先輩方の笑顔が見られて、お腹一杯になった。




