やらない方がよかった(キャラ紹介1)
講義を終えて寮に帰って来た時から、不穏だったのだ。
玄関に入るとカレーの匂いが充満して、それは分かるんだけれど、上級生たちは食堂のテーブルにカセットコンロを置いて調理している。
厨房のコンロで足りない場合はカセットコンロを貸し出すとあったが、在庫のうち五台が出動している。じゃあ厨房はどうなっているの?
と目をやると、カウンターごしでも混沌とした様子が分かる。昼間見た整然とした調理風景とは真逆。
見えるだけでも三人の男子学生がいる。調理台には買い物が白いビニール袋ごとゴタゴタと広げられ、その隙間に麻美子と久恵、知らない女子学生も見えた。
「…………」
立ち尽くす果々子に、昼間声を掛けてくれたビタミンカステラ先輩が近寄った。
「ポプラ寮も食堂利用者だからエントリー資格があるんさ。毎年誰かしら男子が名乗りをあげて来る。今年は二組」
「そ、そうなんですか……」
厨房には十人ぐらい居るけれど、あれで二組なんだ……
「ポプラ寮にも自炊室はあるんだけれどね」
「そっちでやればいいのに……」
「あっちは別の組が使ってるって」
えっ、じゃあ、あの大人数が一つの組?
っていうか、たった二組ならそれこそ自分達の自炊室を譲り合って使えないのだろうか。あちらの自炊室の規模は知らないが、普通の家庭の台所ですら二種類のカレー作成は可能だ。
「柏岡さんが『今週一杯はこちらの寮に籍があるからここを使う権利がある』とか理屈を捏ねて。でも藤田さんやら他寮のカノジョやらも助っ人名目で呼び入れて、何だかもう誰が誰やら」
「はあ……」
シッチャカメッチャカだ。
カタコユリ荘の日曜カレーの味を決める大会じゃなかったっけ?
「たかが八人前のカレーを作るのに、三時頃からずっと厨房を占拠していて。まぁ毎年のパターンね。人は変わってもホンットやること変わらない」
「…………」
ポプラ寮は毎年こうなんだ……
タマ先輩が「早い目に行動して」とアドバイスくれたのが分かった。
それで何だか悪い予感がして談話室の自分の鍋を見に行ったら、見事に紛失していた……という訳。
食堂に戻って上級生たちに聞いても、誰も心当たりがないと言う。
残るは……
嫌だなあ、嫌だけれど聞きに行くしかない……
厨房の入り口に回って覗くと、コンロの三つを使って炒め作業中……何か量が多くない? 八人前だよね?
フライパンを振っているのは知らない女子二人と久恵。久恵はこちらを一瞥してフイと目を反らせた。
男子含め棒立ちしている人間が多い。スマホなんか弄りながら通路を塞いでいるのなら、厨房から出ればいいのに。
「遠山さ――ん、久し振り――」
スパイス缶がゴミゴミ置かれた向こうから、安定の馴れ馴れしさで麻美子が叫んだ。
「ダメだよぉ、保温ボックスを独り占めしたら。皆で譲り合って使わなきゃ」
第一声からクラッときた。
そして床に置かれた果々子のスチロールボックスは、知らない鍋がギュムッと詰まって割れている。
『私物です、低温調理中、触らないでください』とか、細かく説明するメモを貼っておかなければならなかったのか。
(いや、この人の思考まで予測するなんて不可能だ。っていうか、来るなんて思わないよ、あんな出て行き方をしておいて……)
「ついでに仕上げといてあげたよ。中途半端で放っておくなんて、皆に迷惑でしょ」
(え?)
コンロの向こうの空いた台。六台目のカセットコンロの上で、果々子の黄色い鍋がグワラングワランと煮えたぎっている。鶏は分解してフレーク状、野菜もドロドロ、パッと見ただけで知らないルウがぶちこまれているのも分かる。
「…………」
脳が追い付かなくて唖然と立ち尽くしたのは多分十秒くらい……
「これ、この後どうするの? ねえ、言ってること分かる? ねえ、お――い」
甲高い声を遠くに聞きながら、果々子はUターンしてスタスタと歩いた。
早くその場所を離れたかった。
カレーの匂いの充満する食堂を抜け、階段を上り、自室に飛び込み鍵を掛け、ベッドにうつ伏せに倒れ込んだ。
「はあ~~あ…………」
終わった。
自分はいつもこう。
買い物して準備した昨日から、寝る前に何回もシミュレーションし、早起きして下拵えをした光景が、走馬灯のように駆け巡る。
昼ご飯も食べないで寮に走って帰って…………
(もういいや)
自分みたいなのが行事に参加しようなんて思っちゃいけなかったんだ。
どうせ他の人みたいに普通に進まない。必ず自分だけ何かしらおかしな事が起こって、普通の人が当たり前に行き着く結果に辿り着けない。
いつもそう。一所懸命やって空振って、こんな事ならやらない方が良かった……ってなる。




