ポテチ開けないようにする
カレー大会前日、木曜日の夕方、街の農協まで買い物に行って、坂道をテクテクと上る果々子。
「こんちはっ」と後ろから飛び付いて来たのは、健康日焼け女子、風輪みかんだ。
同じ一回生だが、スポーツ方面の共同合宿所で生活習慣プログラムに参加中なので、ほとんど顔を合わせない。
ジョギング帰りらしい服装で、先日は座っていたから分からなかったが、驚くほど腰骨が高く、明るいオレンジ色のスパッツの脚がフラミンゴのようだ。こんな畏れ多いプロポーションの人物を、柏岡久恵はよくも侮れたものだ。
「ね、それなぁに?」
果々子が片手に抱えた発砲スチロールの箱を、みかんは不思議そうに見る。
「明日使うの。中身は空よ。街の市場で貰って来た」
みかん相手だと果々子は不思議に滑らかに声が出る。学生時代に数少ない友人はいたけれど、こんなに早く話せるようになった子は初めてだ。
「ふぅん? そっちの袋はカレー大会の食材? 半分持とうか」
「ダメだよ、結構重いよ。筋かどこか痛めたら大変」
「ダイジョブだよ」
「だったらこっちのボックスを持ってくれる? 軽いから」
「オッケー」
みかんは一抱え程の箱を受け取って、面白そうに手の中で弾ませた。
「明日から暫定的にカタコユリ荘に戻れるんだ、宜しくね」
「本当!? 良かったね。じゃカレー大会も参加出来る?」
「うん……」
みかんはちょっと鼻の頭を掻いた。
「脂質とか糖質とか計算しなきゃだし禁止食材もあるから、あんまりガッツリは試食出来ないけれどね、でも楽しみ」
「禁止食材って何っ?」
思いのほか強い口調で聞かれて、みかんは面喰らった。
「ぇ、えっと、体を酸化させる奴……リンとか一部の刺激物とか、分かりやすいのはスナック菓子や炭酸飲料なんか」
「そう、そうなのね」
「どしたん、急に」
「身近な人の食べたらいけない物は知っておきたいよ(気が付かないうちに無神経をやっていたら嫌だもん!)」
「そんな深く考えんでも。れもん先輩も普段から息をするように節制してるし。うちも最近は隣でポテチ開けられても平気になった」
そういえばみんなで夜食を囲んだ時、瀨戸先輩は果々子に食べろ食べろと盛りながら、自身はあまり手を付けなかった。お腹空いていないのかなと思ったが、あの時間の炭水化物はご法度だったのだろう。聞かなければ知れなかった。
「身体ゆるんだら寮住み禁止にされて、強制的に合宿所送りになるん。だから気ぃ張らなきゃ」
「そうなの? スポーツ推薦じゃなくて一般で入ったのに?」
「っても数字の世界やから、うちが席の一つを取ったら外される人もいる訳で。推薦だの一般だのの区別はもう無いかな」
「そっか」
入学一ヶ月でもう厳しい世界に居るんだな。
カタコユリ荘の食堂はスポーツ栄養士も一目置いていて、本来は合宿所に入るべき新入生も、カタコユリ荘ならと許しが出るらしい。そんなに凄かったんだ、おかあさんがた。
他にも運動部でカタコユリ荘住みの者は多いとの事で、道理でほんのり体育会系の香りがした訳だ。
「りょ、寮で迂闊にポテチ開けないようにする!」
「何やそれ、アハハ」
風輪さんがカタコユリ荘に住みたいのは、大好きな瀨戸先輩がいるからなのかな。何にしても今までスポーツ関係の人間が身近にいなかった果々子は、ちゃんと勉強しておこうと思った。




