これから咲くここの花を大好きと言えるようになりたい(挿し絵あり)
風輪がいきなり声を二オクターブ上げて、タマ先輩の後ろから来た瀨戸先輩に飛び付いた。
「やだやだ怖かったあ。あの子が変な事に巻き込もうとするぅ――!」
さっきまでのクールな印象は何処行った?
「どうどう、落ち着いて、みかん。あんたが居るって言うから来てみたんやけど、……合宿どうした? 生活訓練は今月一杯やろ?」
「そうなんやけど、さっき生協で会うたあの子が、『一緒に寮を出よう、遠山さんも出たいって言ってる』なんて言うもんやから、びっくりして着いて来たんよ。
遠山さんって、れもん先輩が今日の昼にムッチャ誉めてた子やん。ほやから、短い間に何が起こったんや――って」
一気に捲し立てられて、瀨戸先輩もタマ先輩も、目をクルクル動かしながら混乱している。
果々子は(私そんな事言っていない)とすぐに弁明したかったが、風輪は壊れた鳩時計のように言葉を続ける。
「したら、ここへ来たら遠山さんに『風輪さんも出るって言ってる』とか抜かすんやで、こいつ。腹黒過ぎるわ、真っ黒や。
やっとこのガッコに受かってれもん先輩の側に来られたのに、出て行く訳ないやろ、このスカタン!!」
「はい、一旦落ち着いて」
今度はタマ先輩が言って、テーブルに書類を置き、ワナワナ震えながら突っ立っている久恵を促した。
「退寮するのは柏岡さん一人って事ですね。こことここに必要事項を書き込んで、部屋は本日中に空けて下さい」
「え、えこひいき、不公平だわ、何でその子たちにだけ優しいの……」
また風輪が破裂しそうになったので、瀨戸先輩が引っ張って出て行った。
果々子も部屋を出てもいい雰囲気だったが、……おこがましいけれど、タマ先輩を一人にしたくなくて、残った。
別に何を喋る訳でもなく、シンとした中、久恵が鼻をすすりながら書くボールペンの音が響く。
手続き終わってタマ先輩と共に部屋を出る時、後ろで
「何が暖かみィ~よ、気持ちワル」
と呟かれた。
食堂に出てからタマ先輩が、「ちょっと外の空気吸おう」と背中を押してくれた。
寮の西の土手の方まで連れ出されたが、春の遅いこの地方はまだ殺風景だ。一段低くなった雑木林には、果々子が入寮した頃はまだ雪が残っていた。
「カタコユリの蕾が立ち上がってる」
言われて見ると、斜面の湿った土の上に、足首丈くらいの小さな植物が細い蕾を付けている。
「これ、カタコユリって言うんですか?」
「そそ。カタクリって言う方が分かるかな」
「あ、あのピンクの奴ですか。うちの地元にも群生地で有名な山があります」
「土地や時代で色んな呼び方をされていて、凄い沢山の名前持ちなの。万葉集では堅香子って名で出て来る」
「へえ、カタクリしか知りませんでした」
「咲き始めたら早いよ。あっという間にこの辺一帯ピンクの園になる」
「寮の名前に因んで植えているんですか?」
「うぅん。寮が建つ前からこの辺はカタコユリの群落だったって。愛着が湧いて持って帰る卒業生もいたけれど、場所が変わると育たないらしい」
「ここでないと育たない……」
「でもけして弱くはないと思うんだ。一年の内数週間しか地上に出なくて後はずっと土の中。ゆっくりゆっくり力を溜めて、種から花を咲かせるまで七年も八年もかかる。でもその後何十年もここに生きて、毎年ちゃんと咲いてくれる。私の大好きな花」
「…………」
「さっき、残ってくれてありがと」
「え、いえ、私は……」
「柏岡ちゃんもね、残ってくれたら良かったのに」
「寮に、ですか?」
「どんな理由でも、最初にカタコユリ荘を選んでくれたのになあ」
「…………」
私も……これから咲くここの花を大好きと言えるようになりたい。
風輪みかんは瀨戸先輩の従姉妹で、地元の民間スポーツクラブの先輩後輩らしい。
身体能力はかなり優秀で、他の学校から声が掛かる程だったが、こちらの一般入試を受けて瀨戸先輩を追い掛けて来た。
(そんな子を『上級生糾弾の会』に巻き込もうとするなんて、どれだけ杜撰な計画だったんだ、柏岡久恵)
四月中はスポーツ推薦入学の子たちと一緒に生活習慣プログラムの合宿をしているらしい。道理で見なかった訳だ。
と、建物から何やら言い合いながら、柑橘コンビが出て来た。
「あかんやろ、合宿中に抜け出すとか、何考えてんねん」
「そやかてれもん先輩の一大事やって、ほっとける訳ないやん」
「ええから行くで、一緒に謝ったるさかい」
「もぉ合宿イヤやぁ、先輩と一緒におりたいぃ――」
「赤子かおのれは」
どうやら瀬戸先輩は、普段は相当標準語によせているらしい。
手足をバタ付かせて甘えていたみかんが、果々子に気が付いて真っ直ぐに走り寄って来た。フォームが凄く綺麗だ。
「遠山さん、私がおらん間、れもん先輩をよろしゅう頼んます」
「はぅっ? ほへはい」
間抜けな返事が出て、先輩二人が笑いを堪えて酸欠になっている。
その夜給湯室で会った瀨戸先輩に、
「みかんが他人にあんな風に言うなんて初めてなんだが、いつの間にそんなに仲良くなった?」
と聞かれたが、果々子にだって分からない。




