【8】地産勇者は聖女を育てる
――――大切な親友と、その最愛の妻である彼女。そしてその傍らでいつもおしとやかに微笑んでいたのは……誰であったろうか。
『ロシュ』
「……」
『あなたが私の勇者さまだったら良かったのに』
こんな事なら。
あの時去っていく彼女を引き止めれば良かった。
俺が彼女の勇者になってやれば良かった。
聖剣なんてなくともその手を取ってやれば……だけどそれを当時の国は許さなかった。
※※※
「はぁ……歳を取るとどうにも……」
昔の記憶と言うのは唐突に蘇る。道場に聖女が舞い降りたからだろうか。
召喚勇者が召喚されたからだろうか。
「いや……何を思ってんだ、俺は」
朝の支度を整えて、何時ものように厨房に入る。
「あ、おはようございます。先生!お米はもうすぐ炊けますよ」
「お、おはようございます!私もその、お手伝いを」
厨房にはどうしてかリディアとサナの方が朝早い。
「今日は道場が休みなので朝練してたんですよ」
「私もその、リディアさんの弓を見ました!とってもすごくて!」
「……」
それを語るサナは聖女と言うよりもリディアに憧れるひとりの少女だ。
「そうか、そらぁ良かった」
「はい!その……私にも弓が出来るでしょうか!」
「興味があるなら、今度練習に混ざってみるといい。うちの門下生なんだから、道場で何を学ぶかは自由だよ」
「それじゃぁ……!」
「早速サナちゃんの道着を揃えなきゃね!」
リディアが昔の道着を使えないかと思案し始める。
「そういや……道着以外の服はどうしてんだ?」
聖女がいつも着ているようなローブはさすがに着ていないが。どこか見覚えのあるデザインのような。
「私のお下がりと……あとはみんなから!」
「はい!こう言うお洋服は神殿では着せてもらえなかったので!」
ふわりと回ってみるサナはどこにでもいそうな街娘である。
「そっか、楽しんでるみたいだな」
「はい!その……先生」
「ん?」
「私、聖女のお勤めを何もしてないのです。ここに来てから毎日が楽しくて、新鮮で……食べるものも初めてのものばかりで」
初めて神殿を出されて、自由になった彼女は迷ってる。
「サナの言う聖女のお勤めってのは神殿でやってることか?」
「それはその、はい。お掃除からお祈り、お食事の準備まで」
「それなら道場でもしてんだろ?掃除に、礼に、食事の準備」
「……だけど、何もかもが違って」
「そう言うもんだ。特に旅に出る聖女なんてのは今までとは勝手に違うことをやらにゃぁならん。毎日のお祈りと言えど旅先によってはただ空の下で手を合わせるだけ……なんてことも普通だ」
「先生は聖女と旅をしたことがあるんですか?」
「……先代の、な」
「先代の聖女さま!あの、神殿のひとたちは教えてくれなくて」
それも無理はないだろう。だって彼女は……。
「先代の聖女さまはどんな方だったんてすか?」
「……普通の女の子だよ」
聖女の使命すらなければ、どこにでもいる普通の女の子だったに違いない。
今のサナのようにかわいい服を着て、笑顔で過ごして、美味しいものを食べて。女の子同士で鍛錬終わりに遊ぶことだって。
「普通って……どうすれば」
逆に迷わせてしまったか?
「ふふっ」
「先生?」
「たくさん食べて、大きくなってくれればいいよ」
「はい!なら今日もたくさんたくあんを食べます!」
「……気に入ったのか?」
「ええ!他にも先生のお漬物は美味しいです!」
「そうかそうか、たくさん食べな」
「はい!」
そう言えばサナは嬉しそうに漬け物を並べに行く。
「さて、味噌汁でも仕上げるか」
「こっちの卵焼きも切れば終わりです」
リディアの手元には綺麗に層を重ねた卵焼きがある。
最初は苦戦していたが随分と上手になったな。
卓に着けば、今日も今日とて『いただきます』の声が響く。何気ない道場の日常風景だ。
「そうだ、今日は買い物に行くか」
その言葉にリディアが顔を上げる。
「お下がりもいいが、せっかくなら服でも買ってやる」
「私の……?」
サナが驚いたように俺を見る。
「確かに昔のだから今風……ではないかも」
「女の子ってそう言うのを気にするもんだ」
「よく分かってますね、先生」
「2人目だからな」
その意味が分かったのか、リディアの顔が赤くなる。
「もう、先生ったら」
「ははは。懐かしいなぁ」
「あんまりその……恥ずかしいですから」
「かわいかったぞ?今もだが」
「ちょ……やめてくださいよ、もう」
そう言いつつも何か楽しそうなのはどうしてだろうかね?
「具合が悪いなら今度にするか?」
「違います!今日……今日がいいです!」
「お……おう?なら食べたら早速向かうか」
「はい!サナちゃんも楽しみにしててね」
「はい!リディアさん」
今ではすっかり仲良くなって。微笑ましいもんだなぁ。
リディアの卵焼きを口の中に放り込めば……。
ん……トーリの好きだった味がする。
※※※
腹ごしらえを済ませれば、早速外出である。
――――人々の往来で賑わうのは流石は王都と言えるよな。
「さて、サナ。まずは王都の説明だが……どのくらい知ってる?」
「ええと……王城と大神殿のある中央と……ここは南区、ですよね」
「そうそ。王都は中央と東西南北の地区に分けられる」
中央は言わずもがなだが。
「まずはこの南区だが……ここいらは冒険者街と呼ばれる。冒険者ギルドや宿屋、冒険者向けの武器防具屋が多い」
「道場も関連施設……ってことなんですか?」
「そうだ、サナ」
そんなわけもあってウチはギルドの覚えも大きい。
「続いて西地区は貴族街、金持ちが多い。だから俺たちにはあまり馴染みがない。シーザーなら詳しいだろうがな」
「シーザーさん……身のこなしも何だか高貴な気がして」
「そうか?」
新手なナンパ師とかじゃないのか。しかし高貴なのは合ってるな。
「北部は平民街だな。あっちにも店なんかはあるが……買い物を楽しむなら東部。色んな飯屋や旅人向けの宿もある。もちろん店もな。今から行くのは東部だ」
「はい!東部には行ったことがないから楽しみです」
「ああ。でも人が多いから迷子にならないようにな」
そう言えばリディアがサナと手を繋ぐ。
「私の手を放さないでね」
「はい、リディアさん!」
こうしてみると、仲の良い姉妹のようだな。
冒険者たちの闊歩する南区を抜ければ、より市井の活気に溢れる東区に入る。
「服屋はあそこらへんが」
「先生、カジュアルならあのお店の並びですよ」
リディアが一角を指さす。
「へえ、女の子同士で行くのか?」
「ええ。そこら辺の情報交換もしてるんですから」
「なら頼りにしてるぜ」
「お任せを!」
お店に入れば、早速リディアがサナに合いそうなサイズの売り場を案内する。
「こう言うワンピースならどう?」
「その、何というか……私にはかわいいのでは」
「何言ってんの!かわいいんだから大丈夫!」
「リディアさんほどでは……」
「サナちゃんはかわいいから大丈夫」
リディアがぎゅっと抱き締めてやれば、サナがドキドキしながらも試着してみる。
「その、どうですか?」
『お人形さん……』
2人でハモるほどにお人形さんのようにかわいらしい。
「神殿はこんないたいけな少女を」
「ううっ、大事に育てましょうね、先生!」
リディアの言葉にうんと即頷いた。
「そんでリディアは何か決めたのか?」
「うーん、そうですね……私は」
リディアが手に取ったのはどこか東国の趣を感じさせる模様のワンピースだ。
「これ、先生が取り寄せてる東国の織物に似てるんです」
「ああ、確かに」
全く同じではないが、道場の小物を収納する袋とか装備品のケースなんかをそれらで拵えている。
「だからその、合わせたらかわいいかもって」
「それもいいかもな」
「はい、リディアさんに似合いそうです!」
俺の言葉にサナも頷く。
「なら会計してくるから……着て帰るか?」
「せっかくだし、着てこうかな。サナちゃんは?」
「私も!」
「分かった」
店員に伝えると快く了承してもらう。俺はその間に会計っと。
「はい、これで」
会計用のカードを見せれば。
「えっ」
さすがに南区じゃないからか店員が驚く。
「ほん……本物?」
「偽装する度胸のあるやつはいないだろ」
「し、失礼しました!」
そしてそつなく会計が済めば、新品のワンピースに身を包んだ2人がやって来る。
「よく似合ってるよ」
「やったね、サナちゃん」
「はい、リディアさん!」
そんな2人のかわいらしい様子を見守りながら帰るのも乙なものかもなぁ。
「また買い物に行こうね、サナちゃん」
「でもその、お金が」
「私も師範代のお給料あるし、先生がお小遣いくれるって」
「ええと」
不安そうに見上げてくるサナの頭を優しく撫でてやる。
「ま、保護者だからな。遊びに行く時は言えよ」
リディア含め、門下生の連中ならサナに色んな景色を見せてくれるに違いない。彼女にとってはそれも初めてのことだろうしな。
そうして微笑ましく思いながらも道場に帰宅した時だった。
「見つけましたよ、聖女サナさま!」
道場の門の前にはいかにもなローブの集団が詰めかけていた。
「あなたさまは召喚勇者レンリさまの聖女になるのです!」
――――嫌な表現だ。




