【7】シーザー・ローゼン
――――side:シーザー
実家の風通しが良くなったことに深呼吸をしながら重い扉を開く。
「シーザーよ」
「はい、兄上。ただいま戻りました」
玉座に一礼すれば、冠を戴く王が出迎える。
「ご苦労だった。召喚勇者の件、聞いておるぞ」
「ええ。あの子は先代剣聖に預けました」
その方がずっといい。
「ふう……ロシュが師範を引き受けないのなら最初からそのつもりだったのに」
「横からちゃちゃを入れてきた連中や後釜を狙っていた連中もこれで黙るでしょう」
「まぁな……しかし当代剣聖のお前に騎士失格のレッテルを貼られるとは」
「ふふふ。俺は先生のためならやりますよ」
ニコリと笑めば反対に兄上は気まずそうな表情を見せる。
「お前は本当に……いや、王家がロシュにしたことを考えれば、それも致し方がない」
「それは父上の罪であり兄上の罪ではないでしょう?」
「それでもだ。王位を継いだのなら先代の犯した罪も贖わなければなるまい」
「そんな兄上だから先生もこの国を見捨てないでくれているんですよ」
「シーザー……」
「……先生に師範を依頼した件はともかく」
「うぐ……それはすまんと何度も……いやしかし結局は召喚勇者の剣を見たのか」
「先生は……勇者として見たわけじゃありませんよ。ただ刀の師匠として召喚勇者の剣を見た。それだけです」
「ロシュも頑なだな」
「それもそうてしょう。先生から聖剣を奪ったのは国ですよ」
つまりは王家である。
「返還の件は……」
「先代剣聖が無理矢理押し付けても先生は受け取りませんよ」
「ならばどうすれば」
「俺が継承するしかないでしょう?」
「……お前の考えていることが何となく分かるんだが」
「二番弟子なのでね。これでも先生のことは分かっているつもりです」
「ふぅ……なら任せるよ」
「ええ、お任せを」
玉座に一礼し、颯爽と向かうのは……先代剣聖の元だ。
※※※
本人は現役を退いたが、兄上は後輩騎士の鍛錬をと望み指南役として城に残っている。
先王の時代は近衛騎士団として団をまとめていたほどのお方だ。
あの方がいなければ、あの先王の時代に多彩な女性騎士が活躍することはなかっただろう。
――――その結果、騎士道の精神の欠片もない残念な騎士まで育ってしまったのは……残念だが。
「コーデリアさま」
「おお、シーザーか。来たな」
先代とは言えど未だに元気に剣を振り回す老婦人である。流れるような銀髪に未だ衰えぬ鋭い深紅の瞳。コーデリア・ホーリーナイト前公爵。
「レンリちゃんはどうです?」
「筋がいいね。それにあの子が元々身につけているもの」
「元の世界で身につけたものなのでしょう」
「ああ。ロシュは何と言っていた?」
「東国にも似た剣術があると」
「ほう?興味深い。私も道場に行って直接話を聞きたいものだが」
「嫌がると思いますよ」
「ならあの男の好きなバーの一つでも紹介してくれ」
「それは俺だけのものなので」
「く……っ、こやつは。しかしお前、ロシュに師事することになるとはな」
コーデリアさまは俺の過去を思い起こしているのだろうか。
「お前が私に勝ったのは幾つの時だった」
「14だったかと」
「ああ。当時の剣聖だった私をやすやすと負かした上、負け無しだった」
「恥ずかしながら調子に乗ってたんです」
「うむ、波に乗っておったな。剣聖とは……そういうものでもある」
「……」
理不尽な世界だ。
召喚勇者はチートに恵まれ、
地産勇者は聖剣を奪われ
聖剣は剣聖の手に渡る。
28歳ならレベル30は行ってれば充分なのに伸びたレベルは50ほど。
剣聖は召喚勇者以外で現役のうちに人間のレベル限界99に最も近くなると言われるジョブである。
現に現役は引退したとはいえコーデリアのレベルも79である。
「勇者は様々なチートを持つ反面魔法適性が低い」
「ええ。それはチートを持たぬ地産勇者も同じと言うのは何の不公平か」
「ああ。だからこの世界の人間たちは地産勇者を別の目的で生かすのだ」
何度も使える爆弾兵器としてか。
「嫌な話だ」
「本当にな。しかし剣の腕に恵まれ魔法も使える剣聖の方が伸びるのは早い」
「チートで補正の効く召喚勇者に比べて地産勇者は勇者補正がない」
「しかり。だからこの世界の勇者は一からレベルを上げねばならぬ。魔法も使えぬまま、便利な兵器として使えるように仕組まれる」
「それでも先生は……魔法の適性を持つ……」
「だがあやつはめったに角は出さんぞ」
「勇者でありたくないんですよ」
「そうしたのは我らの責任だ」
コーデリアさまのせいじゃない。兄上のせいじゃない。全ては先王の……。いや、責任ある立場だこそ先生のためにその罪を背負っている。
「あの男はまだ聖剣を受け取らん」
悩ましげなコーデリアさまが頬杖を打つ。
「その件なんですが」
「ほう?何か進展があったか」
パァッと顔を輝かせて、もう。
「俺、受け取ることにしました」
「……」
その言葉に瞬時に表情が切り替わる。
「それが先生のためだと思うので」
「ふむ……お前にも考えがあるのだろう」
「ええ」
あのひとは当時の俺が唯一勝てなかったひとだ。それ以上にあのひとが大切にするものに惹かれた。
俺が何のために剣を持つのか。
兄上もコーデリアさまも望まない『剣聖』なんてジョブを持ってしまったのか。
先王の罪を体現するような咎を負ってしまったのか。
その答えが知りたかったから。
あのひともまた、知りたがった。
自らが勇者となった意味を。
「シーザー」
厳かな雰囲気の回廊を進み、通されたのは。
「ここ、近衛騎士団の叙任の」
「ああ、一応OGなのでな」
誰も止めはしないか。
「これを」
コーデリアさまが手に持つのは、道場の玄関に飾られている折れた聖剣によく似ている。
先生が魂よりも大切にしている親友の形見だ。
「この剣は、呪いだ」
「……」
「本来の持ち主ではないものが持つことが、そうさせているのかもしれん」
推測なのは、コーデリアさまが剣聖になった時、先代が既にいなかったからか。
「私たちはその罪を背負う」
「覚悟しています」
先生のためならそれすらも背負う覚悟だ。
「シーザー、よく見ておけ。この聖剣の真の姿を」
すぅ……と剣の鞘が抜かれる。
思えばコーデリアさまは聖剣を得てもなお、聖剣を抜いた姿を見たものはいないという。
「これが……ロシュの、境界の勇者の聖剣だ」
その刀身は……驚くべきものだった。
聖なる白刃と黒い刃が半々に共存した剣。
世の中どこを探してもこのような剣をうてるものはいないだろう。
「これは……半分が魔剣なのですか」
「そうだ。今はもう、境界の地に扱えるものが少数残っているのみ」
「先生もそのひとり」
「あれは境界の出身だ」
「コーデリアさまは境界を巡られたのですよね」
「ああ。今のアーサーに王が代替わりした時、後の師範を引き受ける代わりに得た権利だ」
そこで当時の剣聖であったコーデリアさまは境界を回った。
「ロシュは……本当は神職になりたかったそうだよ」
「先生が……」
「ああ、そんなやつの夢さえも奪い、聖剣すらも奪った」
「先生はもう、恨んではいないと思いますよ」
「だとしても……いや、ロシュがそうだからこそ、我々は境界に許されたのだよ」
でなければとっくに境界は……失われた祖国を目指していたかも知れない。
「だからシーザー」
刀身を納める間も、コーデリアさまの手からジュウジュウと嫌な音がする。
「お前なら、任せられる」
引退後、俺が聖剣を受け取らないことに目を付けた魔法騎士が聖剣を継承しようとした。それでもコーデリアさまは頑なに聖剣を守ってきた。全てはそのために。
コーデリアさまが俺に剣を授ける。
「これを、当代剣聖に」
「ええ。先生が必要とするその時まで」
コーデリアさまから聖剣を受け取り回廊を歩めば、周囲にどよめきが湧く。この調子じゃ、今日中に国中に広まりそうだ。
でも俺は……。
「待っていてください、先生。必ずや勇者としてのあなたを取り戻してみせますから」
その声は、風に流れて遠くなる。




