【6】リディア・ハッター
――――無様なものだ。
所詮地産勇者は役立たず、聖剣のアイテムボックス、聖剣をゲットできればもう用はない。
だが勇者だから。
どんな怪物相手でも爆弾持って飛び込めばHP1で耐えてまた再利用できる。
そんな便利な代物だ。まともな人間にも数えられない。
「お前は今日から自由だ」
その日、俺は釈放された。
「我が国には聖剣を持った剣聖がおる。爆弾代わりにしかならぬお前はもういらぬ」
そうして俺は……自由になったはずなのに。
【召喚勇者の指南をするように】
国に呼び戻された日は絶望した。
だが聖剣を持つ彼女が反対しなかったのは知っていたからだろう。
「よろしく、ロシュ」
そう言ってまだあどけない笑みを向けて来る少年は。
「俺はロシュと冒険がしたい!」
とこまでも太陽のように輝いて見えた。
※※※
太陽の輝きは黄昏に吸い込まれるように夜のランタンのようにまだ輝き続ける。
その胸元でその象徴が揺れる。彼女が大切にしている琥珀色のペンダントだ。
「先生」
「ああ、リディア。待たせたな」
少しオトナめにおめかしをした少女が微笑む。
「いいんです。それより今日は」
「分かってる。サナはシーザーに任せたし」
しっかり者とはいえ、ひとりで留守番させるのもな。
「こっち」
「うん。その、こういうところ初めて来たかも」
「へぇ、女同士で行ったりしないのか?」
「女子会はありますけど、こう言う大人の店は……その、雰囲気があると言うか」
「雰囲気……若者にはアレだったか?」
「ち、違います!その、むしろ……憧れと言うか」
「へぁ?」
こういうところ、来てみたかったのか。
「まぁいいや、それなら。でも危ない大人もいるかもだから、来るなら俺かシーザーにな」
ぽふぽふと頭を撫でてやる。
「分かりました。でも私は先生と来たいです」
「え?イケメンじゃないの?」
「シーザーさんはイケメンですけど、来るのは先生とがいいです」
「そう?何かアイツからも誘われんだよな」
若者はこう言うのに憧れるのか?
「ま、まさか二人っきりで!?」
「いやぁ、シーザーの影の護衛とかはいたと思うけど」
「……油断も隙もないんだから」
何の話?
まぁとにもかくにもだ。
リディアにも飲みやすそうなカクテルを注文し、2人で乾杯だ。
「ん……美味しいです」
「だろ?ここはマスターの腕がいい」
そう言えばマスターがにこりと笑む。多くは語らないが渋みがたまらない。おっさんからしてもだ。あの魅力はすごすぎる。くたびれたおっさんの俺には真似できんわ。
「それで……何だったか」
「スポドリの話です」
「ああ……それか。旅をしていた時にな」
※※※
――――2人で大野原に大の字に広がる。
「はぁ……はぁ……今日もやったなぁ」
「おめーが若すぎんだよ」
そう皮肉れば、まだまだ元気な召喚勇者がニカリと笑う。
「鍛錬の後はさ、スポーツドリンクが飲みたくなるんだ」
「何だ?その飲み物」
トーリの言葉に首を傾げる。
「旨いんだぞ?確か材料は……」
そんなものまで覚えてるのが?
「うーん、水、塩、砂糖、レモン汁……で即興で作ったことがある!」
「いや配分は」
「そこはロシュの仕事だろ?うちの料理番!」
「おんまえな……」
神殿にいた頃、家事はこなしていた。東国でも一人暮らしだったから幾らかは経験があるが。
それでも味噌汁とか卵焼きとか。東国ならではの料理もリクエストされては作らされたっけ。……今更か。
「ま、お前の話はなかなか興味深い」
「だろう?」
「まーな」
特に味噌汁にナスや豚肉を入れるとか、想像もしなかった。
そんなことを思い出しながら色々と試してみる。
「うんうん、この味ー!」
トーリが笑顔で頷いた。
「まぁでも、旨いな」
俺たちがスポーツドリンクを飲んでいれば女子たちも興味が湧いたようで。
「ええ、本当」
エルフのシンディアがあまりにも美味しいと言って飲むものだから。
「でも砂糖すげぇ入れてんぞ」
その瞬間、彼女の琥珀色の瞳が見開かれる。
「もう、ロシュのバカ!」
そう、怒られたのは今でも覚えている。
※※※
――――思い出を語るにはお誂向きの店内BGMが、アルコールに酔わせるのは難くない。
「ふぅん……お父さんだけじゃなくて、お母さんもかぁ」
「ああ、そうだった」
「一緒に旅をしていたんだよね」
「そうだな」
懐かしいな。胸元にキラリと揺れるペンダントはかつてトーリの胸元にあったものだ。
「それで旅が終わってからは……お父さんはお母さんとエルフの森……ホーリーフォレストに住んでいたんだよね」
「ああ。そうだよ」
ホーリーフォレストに居を築いた2人を見送って俺は再び旅に出たがな。
「だけどお母さんが私を身籠ってる間にお父さんは……」
「王国から依頼がな。ホーリーフォレストも巻き込まれる可能性があったから行くしかなかったんだ」
「……うん」
カクテルに揺れるリディアの瞳は色こそ違えどシンディアのものとよく似ている。
「そこでトーリは……」
「聞いたよ。おじいちゃんに、お父さんは勇敢に戦ったんだって」
「たが……俺が駆け付けるのが遅れたから」
「先生……」
「アイツらは俺のことを所詮は地産勇者だとバカにし続けた」
そして勇者が負けた時点で王国は冒険者ギルドに泣き付き高ランク冒険者の派遣を要請した。
「俺はその時東国にいたんだ」
トーリと旅をして知った色々なこと。改めて東国で見聞を深めたいと思ったから。だけどあんなことになって。
「済まなかった」
エルフの森にトーリの死を告げに戻った時、既にシンディアは星の世に旅立っていた。
「先生のせいじゃない」
「リディ」
お前をひとりにしてしまったのに。
「先生は持ち帰って来てくれたから」
「それでも取り戻すのに4年かかった」
勇者の折れた聖剣も、遺骨も。遺品も。全部国に持っていかれた。勇者のものは骨すらも国のものだと。
やっと還ってきたのは今の陛下が王座を譲り受けてからだ。
「それに先生は……私を森から連れ出してくれたから」
「それが俺に出来ることだと思ったから」
勇者とエルフの血を引く子は、長老である祖父母に育てられた。しかしハーフエルフであることに変わりはなく、さらには魔法弓の才能が秀でていたことで同世代の嫉妬をもろに食らっていた。
その上緊張すると弓の軌道がブレることを笑われて。
「私、幸せなんです」
「幸せ……」
「ええ。先生に出会って、先生がお父さんの夢を叶えてくれて」
「道場を開くのはアイツの夢だった」
けれど召喚勇者と言う立場が旅の空以外を許さなかった。シンディアと結ばれ森に暮らしていても王国からの命令には縛られ続けた。
シンディアと共にホーリーフォレストの籍に入りたくても王国がそれを許さず、王国はシンディアとの結婚を許さずあの二人は結婚すら出来なかった。
それでも事実婚として、子宝にも恵まれ幸せになるはずだったのに。
「道場に帰ると、いつもお父さんがお母さんと出迎えてくれる気がするの」
「そうだな。俺もそんな気がしてる」
「私ね、道場で弓道を習ってから、緊張しても軌道がブレなくなった」
「ああ、本当に成長した」
「先生のお陰だよ」
「リディ……」
「だからね、私、これからもあなたの側にいたいんです」
「……ああ、ありがとうな」
ゴクリと煽った酒の味は、今夜は特にコク深い。
「そろそろ帰るか。あまり酔いすぎるとな」
「はい。楽しい時間ってあっという間ですけどね」
「また来ようか。季節のオリジナルもあるからさ」
「わぁ、絶対ですよ!」
「分かった分かった」
サインで会計を済ませる。
「いつもの通りでよろしいでしょうか」
「ああ、マスター。ギルド経由で請求していい」
「またお待ちしております」
「こっちこそ、また頼むよ」
マスターに礼をいい、帰路を辿る。
「ああ言うところのお会計ってああ言う感じかー」
「あれは結構特殊なの」
「ええっ、どんな?」
「俺はギルド経由で出来るけど……んなの限られた冒険者だけ。あとは貴族とかシーザーとか」
「じゃぁまた来る時は先生に奢ってもらわないと」
「あれくらいなら気にしなくていいよ」
「お言葉に甘えます!」
ま、変に夜遊びされるよりはいいよな。
トーリとシンディアにも顔向けできない遊びなんてさせられないしな。
「あ、見えてきましたよ!我らが道場」
「ああ、そうだな」
道場に掲げられたのは『ハッター道場』と書かれた看板だ。
そして玄関で出迎えるのは折れてもう戻らない聖剣。
「ただいま、トーリ。シンディア」
「ただいま、お父さん、お母さん」
トーリはものには魂が宿ると言った。だからこの聖剣が戻らずとも。
「……きっと、見守ってくれているよな」




