【5】地産勇者は負けない
――――◯十年前。
聖剣を掲げた勇者は輝かしく微笑んだ。
「俺とロシュは同じ勇者だ」
「同じじゃない。俺とお前は何もかも」
「それでもロシュ。ロシュはこの世界に来て初めての……親友なんだ」
「……トーリ」
「だからさ、俺。行ってみたい。ロシュの起源に」
「バカだな、お前……勇者だろ」
「ロシュもだ。ロシュは俺の憧れの勇者だ」
いつも。
――――いつまでも。
俺の、俺の憧れの勇者。
――――トーリ。
お前を死なせた俺を、今もそう言うのか。
それなら俺は。
※※※
だから俺はこの道場を守り抜く。
お前が憧れてくれるのなら。
美少女たちが無作法に上がり込もうとしてもな。
「お前ら、うちの道場では靴を脱げ」
『はぁっ!?』
美少女たちが目を釣り上げる。
「嫌なら君たちはここで待ってて」
一方で慣れているレンリはごく普通にブーツを脱いでいる。
「そんな、レンリさま!」
「レンリさまをひとりで行かせるなんて!」
美少女たちが睨むのは。
「あんなハーフエルフがいるのに何かされたら……っ」
ああ言う奴らはエルフの女性相手でも同じ事を言うって知ってる。
「ちょっと……黙って聞いてれば何なのよ!私は先生一筋なんだから!」
「そうだそうだ。うちの一番弟子はそんじょそこらのガキにはやれません」
「もらわれる筋合いもありません!」
さすがは我が弟子。息ピッタリだな。
「ぷはっ」
そんなやり取りにシーザーが吹き出す。
「まぁまぁ、俺が審判をするからね。それで異論はないだろう?あと、見に来るのは勝手だけど靴を脱がないのならうちの道場の敷居は跨がせない」
『……っ』
さすがの彼女たちもシーザーの顔を見て顔を青くさせる。いやさっきからいたんだが……おっさんを攻撃するのに必死で気が付かなかったとか?
シーザーがうちの門下なのは有名だぞ。
「さ、脱ぐ?それともつまみ出される?」
「ぬ……脱ぎます」
彼女たちは渋々ブーツを脱ぐ。
「こっちの世界でも靴を脱ぐんだ」
「東国では脱ぐぞ」
「あなたは東国ってとこに……?それでこの道場?」
「……当らずしも遠からずたが」
「あれ、これって……聖剣?」
玄関を通る時、レンリが気が付いたようだ。
「何この聖剣!折れてるわ!」
「聖剣って勇者が生きてる限り折れても復活するのではなくて?」
「地産勇者は聖剣が折れても復活しないのね」
「さすがは役立たずの勇者だわ!」
「おい」
『……っ』
ヒュッと4人分の喉が鳴る。
「それ以上言ったら首飛ばすぞ」
『……』
「アンタたちが悪いわよ」
リディアもフンと顔を背ける。
「行こう、サナちゃん」
「えと……その、はい……っ」
サナは戸惑いながらもその刺々しい空気に先を急ぐ。
「あの……勇者さん」
「ロシュだ、レンリ。俺を勇者と呼ぶな」
「ロシュさん、彼女たちが何か言ってはいけないことを言ったのなら」
「アイツらが反省すべきだ。違うか」
「……そう、ですね」
レンリの瞼に影がかかる。
※※※
用意したのは木刀だ。
「さすがに真剣ではやらない。これでいいか」
「は、はい。こんなものまであるんですね」
「まぁな。だが……」
「はい」
「それは剣の持ち方。木刀はこうだ」
「ええと」
レンリの持ち手を弄る。
「どうして教えてくれるんですか?」
「師範ってのはそう言うもんだ」
位置に着けば、レンリも木刀を構えてくる。
身のこなしがしっかりしている。あれは召喚勇者特典の『補正』じゃないな。
「……」
呼吸を合わせれば自ずと見えてくる。ここは師範が見せる場面だ。
素早く踏み込めば、レンリもまた即座に反応する。
「トォッ!」
レンリの打ち声をカン、カンと受け止める。
これは東国で見たことがある。
「ハァッ!」
俺のこれとはちょっと違うが、戦ったことならある。
冒険者ギルドを通じて知った旅の冒険者が指導をと来ることもある。
「そこだ!」
鋭く斬り込んだ太刀筋をレンリに突き付ける。
「これは……」
「これが真剣なら斬れてたぞ」
「……参りました」
荒い呼吸と共に独特の静寂が降りる。懐かしいものだな。
「レンリさま、お水を」
取り巻きのひとつが水を差し出すが。
「アンタ何やってんの、汗流した後はこっちよ」
リディアがスポーツドリンクを差し出すが。
「いらないわよ!」
「ちょ……決めるのは勇者でしょ?」
リディアの言う通りだ。本当にこの取り巻きどもは。
「ちょっと、何でよ!」
さらに不相応な声が上がる。
「レンリさまならもっとイケるわ!そんなおっさん勇者なんて一瞬で……」
「じゃぁ次、お前」
木刀の切っ先を突き付ける。
「お前ですって?」
「今レンリが何をしていたかも分からんのだろう。木剣を使わせてやる。位置につきな」
「私は真剣で行く。これが私の武器だからよ!」
「……はぁ、分かった」
「ふっ」
彼女が勝ち誇ったように笑む。真剣を持ったからって途端に強気になるとは。
「はあぁぁぁっ!」
しかも正面切って斬りかかるとは!
「いけぇっ!」
「連携攻撃よ!」
「お前なんて時代遅れなのよ!」
はぁっ!?4人同時に!?
「ちょ、卑怯よ!」
リディアの悲鳴が上がる。
「先生ー!」
サナが叫ぶ。
「こう言うのはチーム戦でしょ!」
ほんとコイツらはレンリが何をしていたか分かってねぇな。
「はいはい、そうですか」
それならこちらは。
「群れで向かって来る魔物相手でも、戦わないといけないんでね」
つまりは慣れている!
「隙アリすぎなんだよ!」
チーム戦で数が揃えば勝つと思ってるパターンは簡単である。
だって数さえ揃った魔物に勝つ冒険者がいるのだから。俺はそいつらの師範でもあるんたぞ?
一瞬の隙をつき彼女らの動線からズレた隙にガコンガコンと木刀を打ち込み彼女らの武器を落としてみねうちを叩き込んでいく。
「う……そ……」
「……んな」
「こんな……たいだ……に」
「うぐ……」
バタバタンと倒れる彼女らに慈悲などない。
「お疲れさまでした、先生!」
スッとスポーツドリンクを差し出してくる相棒の頭をぽふりと撫でる。サナも心配そうにタオルをくれる。よしよし、いい子たちだ。
「サンキュ、リディ。サナ」
「いえ!先生ならあんなのへっちゃらって信じてましたから」
「そうか?内心ビビってなかったか?」
「ビビってませんよ!」
「はは、強くなったな」
この子は精神的にも。そんなリディアを見てサナも感じることがあるのか、どこか嬉しそうだ。
さて、スポーツドリンクでも……と思ったその時。
「あぁぁぁぁっ!」
やはりひとり残ってたか。みねうちを叩き込んだ時、ひとり妙な感触があった。ありゃぁ装備だな。
「ほい、不意打ち返し」
軽々と剣をぶっ飛ばし、脳天に切っ先を突き付ける。
「ナメんのも大概にしな」
「くうぅ……怠惰の勇者が」
「言ってろ」
俺は怠惰でも何でもいい。ただお前のようなものに勇者である義理はない。
「その通り」
そして彼女らが苦しげに立ち上がろうとしている時、静寂を守っていた主が声を上げる。
「勝利はロシュ先生だ。君たちが不正をしたにも関わらず、勝利を修めた先生は素晴らしい」
「そんな……」
「でも私たちはっ」
「君たちは何も分かってない」
シーザーの言葉に彼女たちは反論をやめる。ほんっと長いもんに巻かれるわ。
「武術の試合とは神聖なものだ。それは東国であれど、我が国であれど同じ事。東国であれば武士道、我らで言えば騎士道。君らの行動は騎士としてあるまじきことだ」
『……』
彼女たちの顔が青くなる。
「安心していい。一応王族として処分を下せばより重いものになるし君らの家にも責任が及ぶだろう。だから剣聖として、君らは騎士道に相応しくない言動を取ったと見なそう」
「いやお前、ある意味それは騎士人生の終わりを告げてるもんだぞ」
騎士とは犬猿の仲の冒険者連中も、さすがに騎士失格の烙印を押された奴らは受け入れないだろう。彼女たちにはもう武術を修める資格がない。
「その方が世のため人のため、先代から教わった大切なことだ」
「何余計なこと教えてやがる、あの女」
「先代はとあるSSランク冒険者譚が大好きだそうで、たびたび教えに混ぜるんだ」
「……肖像権とか著作権違反で訴えんぞ」
しっかしまぁ、シーザーは当代剣聖としての仕事をしたまで。
「そんで?騎士たる資格を失ったコイツらは勇者の取り巻き続けんの?」
「さすがに無理でしょ?先代にいい師を探してもらうよ」
「そうしてやってくれ」
そして剣聖によって剣を没収された彼女らは道場から追い出されることとなる。
ゴクゴクとスポーツドリンクを飲むレンリは少しスッキリとした表情を浮かべる。
「なかなか美味しいでしょ?」
「はい、リディアさん……でしたよね。これ、ぼくのいた世界のスポーツドリンクと似ていて。こっちにもあるんですね」
「えっと、それは先生が教えてくれた……先生ったら!」
「うわっ、怒るなよ。今度……な」
「絶対ですよ?」
ぷんすか怒るリディアをなでてやると満足気に笑む。
「それじゃぁ俺はレンリちゃんを送ってくよ」
「よろしくな、シーザー」
「あの……ロシュさん」
「先生」
「ロシュ先生。その、今日はありがとうございました!」
「……別に、またやりたければ来な。竹刀が欲しいなら取り寄せておく」
「……!分かるんですか?」
「まぁな」
そう言ってやればレンリが嬉しそうに微笑んだ。
「あの、先生」
「どうした、サナ」
レンリとシーザーの後ろ姿を見ていれば、サナが見上げてくる。
「ありがとう、ございます」
「ん?」
「勇者さまは、その方がずっといいと思うんです」
「お前は……」
あんな害悪みたいな4人組に何をされたのか、想像に難くない。それなのに勇者のことを一番に思ってたんだな。
「戻りたければ戻っていいぞ」
「わ、私はここにいます!」
「え」
「まだまだ学ぶことはたくさんあります!私も門下生なんですから!」
「分かった分かった」
来る弟子は拒まず……それが俺のモットーだかんな。
※※※
――――その夕方。
「サナちゃ〜〜ん」
「ようこそ〜〜」
『ハッター道場へ〜〜っ!』
パァンと弾けるクラッカーに、ジュースに買い込んで来たらしい屋台料理。
「歓迎会とはまた」
「ふふっ、みんな新しい門下生が来て嬉しいんですよ、先生」
「仲が良いことで」
おっさんも安心だわ。ズズッと飲むのは今日はオレンジジュースだが。
たまにはそう言うのもいいなぁ。
若人たちの賑やかな声を聞きながら、そっと微笑むのだった。




