【4】地産勇者は聖剣を持たない
――――カン、カンと甲高い音を響かせる。
「ありがとうございました」
「ああ、また腕を上げたな」
刀を修め、弟子に向き合う。
「しかしお前、ここで時間潰してていいのか?」
「兄上も反省してるんだよ」
「ああ……そんで、弟をここに?」
「まぁね」
ニカリとシーザーが笑む。
「今夜は俺もこっちにいるよ」
「そうなのか?」
「城が騒がしくて……はぁ、げんなりする」
「いやそれ家出じゃん」
「いいでしょ?師範なんだから家出弟子の面倒くらい見てよ」
「はぁ……全くうちの弟子どもは」
「はははっ。先生の元には個性的な弟子が集まるね」
「自分で言うか」
「その代わり、今夜は付き合うから」
「まー……それなら?ああでもリディアがなぁ」
「リディアちゃんがどうかした?」
「……最近健康に厳しくて」
「男同士の夜も健康に必要だって」
「リディアに説明してくれぇっ!お前の言うことなら信じる!」
※※※
門下生たちの帰宅を送り出し、今日の道場は鍛錬終了だ。
「ふんふんふーん」
「ちょっと先生、夕飯終わったのに何作って……」
「ふっ、これはツマミだ」
「ちょ……まさかビール!?飲み過ぎは健康に……」
「シーザー!頼む!」
叫べばシーザーがやって来る。サナもお手伝いをしながらドキドキとこちらを見ているようだ。
「リディアちゃん」
「ちょ……シーザーさんも何か言ってやってよ!」
「男同士にはね、時にそう言うのが必要なんだよ」
「ええっ、聞いたことないけど」
「そうすることで時に強くなることができる」
「う……うん?鍛錬になるなら……」
「うちの王家に伝わる伝統なんだ」
「ううーん……そういう事なら」
おおっ、さすがシーザー。何故か言うことなすことがもっともらしいと思われるのも才能か。コイツ、詐欺師になれねぇ?
「でもあんまり遅くなっちゃダメですよ!私はサナちゃんと寝るんで」
「おー、仲良くな」
「はーい」
「あの……リディアさん、シーザーさんて……言ってることめちゃくちゃですよ?」
「え?」
リディアがパチクリと目を瞠る。
「まぁまぁ、夜更かしは美容に悪いからね」
「ええとその……まぁ」
サナは深く突っ込んではいけないと悟ったのか引き下がる。やはり賢い子だ……故に何があったのか。気になるな。
※※※
――――手作りのツマミと共に、ゴクリと喉を潤す。
「んで?何があった」
「それがねぇ……」
はむりと串を頬張りながらも、シーザーは悩ましげだ。
「女の子ってのは複雑だ」
「え、お前がそれで悩むの?」
枝豆をポロリと落としそうになる。
「そりゃぁ時にはね。リディアちゃんや門下生の子たちはいい子だからねぇ」
「まぁみんな真面目だし、ちょっと元気が良すぎるが楽しそうで何よりだ」
「ははは、そうそ」
シーザーは気を取り直したように次のツマミに手を伸ばす。
「んで?召喚勇者ってのはどうなん」
「そのねぇ……周りの貴族たちが選りすぐりの女性騎士や武道家を付けたんだよ」
「ははぁ……そら、勇者を婿にって狙ってんの見え見えじゃんか」
「でしょう?それで泥沼だよ」
「……あのサナがそん中に巻き込まれたと」
ズズッとビールを啜る。
「そういうこと。あの子は賢い子だけど……強いわけじゃない」
「あの年代の子にそれを押し付けるのもどうなんだか」
プチリプチリと枝豆を取り出しつつ口に放り込む。
「確かに。リディアちゃんの時のように守ってあげる存在が必要だ」
「神殿は」
「神殿も勇者の婿の座を狙ってる」
「はぁ……全く」
あの子は針の筵みたいな場所から逃げて来たんだ。
「でもどうしてうちに?」
「あなたは勇者だ」
「……」
枝豆を弄くる手がピタリと止まる。
「この国の人間ならみな知ってる。いや……国外でも、世界が知っている」
「人違いだ」
ぐいっと冷えたビールを喉に流し込む。
「聖剣だって持ってない」
「道場の玄関に飾ってあるのは?」
「折れてるし、俺のじゃない」
ブンブンと手を振れば、その手をパシュッと取られて途方に暮れる。
「あなたのなら」
「……」
沈黙が降りる。
「兄上はあなたに聖剣を返したがってる。こればかりは俺も止められないよ」
「聖剣は……先代剣聖のものだろ」
「彼女も望んでない」
何を……いや、知らないふりをしているは自覚済みだ。
「彼女は聖剣を継承する気だ」
「継承……?」
その言葉にこめかみがピクンと動く。
「あなたがゴネるから、もう強引に」
「いや、いらん。何ならお前が受け取っとけよ、当代剣聖さま」
「言質は取ったからね?」
コイツの笑顔が妙に何か企んでるような。
「今夜は酒が旨いな」
「流す気?いいけど、何空ける?」
くぅ……バレバレかよ。しかしシーザーもほどほどにはしてくれるようだ。
むしろシーザーの欲しい言葉は聞けたから……?
「ま、こう言うときは取っておきをな。東国から輸入した……逸品だ!」
じゃーん。
「さっすが先生……」
「ふっふっふっ。これがいいんだよなぁ」
ビールとはちょっと違うんだが。
「ほーら、お前も飲め」
「いただきます」
くいっと煽れば。
「はぁ……懐かしいな」
喉に透き通るこの熱が何もかもを流し込んでくれるようだ。
「……先代召喚勇者のこと?」
「はは……っ。そんなこともあったな」
ズズッとまた喉の奥に流せば、遠い日の思い出が脳裏をよぎる。
「普段は語りたがらないのに、こう言う時は語ってくれる」
「そうかね」
普段は未練たらたら、悔恨ばかりだってのに。旨い酒が語らせるのかね。
「リディアちゃんには?」
「……」
その名にピタリと固まる。
「リディアちゃんとも飲めばいいのに。語りやすくなるかもよ」
考えなかったことじゃない。あの子ももう大人である。
「……サナはどうする」
「しっかりしてるし、大丈夫でしょ。てか、置いておくって決めたんだね」
うぐ。相変わらず鋭いな。
「来る弟子は拒まず」
「なら兄上にも話しておくよ。勇者と聖女……じゃなくて師弟としてね」
「あぁ、そこら辺。よろしく」
優秀な弟子で何よりだ。ゴクン。再び盃を空ければ。
「あんまり飲みすぎないでよ」
「んん?介抱してくれんだろ?」
毛布くらいは持ってきてくれるだろうし……と思いきや、次のシーザーの言葉に固まる。
「お姫さま抱っこでベッドに運ぶね」
はい……?
「……やめろ、破門にすんぞ」
「ええー、それは勘弁。んじゃ、ほどほどにね」
「はいはーい」
師匠が弟子にお姫さま抱っこって……笑えない冗談はよしてくれ。
「そんなのは、骨拾う時にしてくれ」
「縁起でもないこと言わないでよ」
「それでもな……」
脳裏に浮かぶのは無力なこの腕に。
預けられる命の重み。
『あなたが私の勇者さまだったら良かったのに』
そう塵と消えていった虚しさ。
そして虚しさと共に抱き上げた親友の重み。
どうしてああなっちまったのか。
「酔いが回ったかな」
「肩を貸すよ」
スッと何気ない動作で支える弟子の成長にしんみりときながら。
「水差し後で置くから、水は飲んでね」
「わぁった」
ベッドに横たわれば心地よい柔らかさに包まれる。こんな平和な夜を送れる日が来るなんてな。
昔は地べたの上でも寝られりゃ充分だったってのに。
※※※
――――◯十年前。
パチパチと火花が夜風を暖める。
「なぁ、ロシュ」
「トーリ?」
その横顔は異国の……いや、世界すらも違う不思議な顔立ちの青年だ。特徴のある黒髪黒目もまた……。
「旅はいいなぁ」
「何を今更。俺は村がいい」
「ロシュの生まれた村……国境だって聞いたけど。どんな国なんだろうな」
「滅んださ」
「え……」
「滅んだよ。もうみんな、忘れてしまった」
「でもロシュは知っているんだろう?どんな国があったんだ」
「魔王の治める……魔王国だ」
※※※
ハッと目を覚ます。
「……朝か」
懐かしい夢を見たな。
「ふぁ〜〜」
二日酔いは……夜中にちびちび飲んでいた水差しの水のおかげかそれほどでもない。
コトコトとスープを煮込む。
「サナは初めてかな」
あの夢を見たせいか途端に懐かしくなったもので。
「おはよう、先生」
「ああ、おはようリディア。それに……サナ」
「おはようございます!先生。その……朝食の準備ですか?」
「ああ、味噌汁ってんだ」
「みそ……?」
「先生の作るお味噌汁は美味しいのよ!」
「いやいや、味噌が旨いんだよ。コツは昔の仲間が……あ、いや」
「先生」
「リディ?」
「その……私のお父さんの?」
ビクンと肩を震わせる。
「嬉しいなぁ」
「……リディ」
「ふふっ。私、お父さんの顔も何も知らないから」
「済まない」
俺のせいだ。
「そんな顔、しないでください」
「だが」
「私、好きなんです。先生の作ってくれるお味噌汁」
これも血なのかな。
あっちは料理はてんでダメだったが、教えてもらったコツは確かで。バリエーションも増えたな。
「それに……先生が作ってくれるたくあん!私大好きですよ!」
「ああ、あれならちょうど漬かってる」
そんなところも似てるな。俺が漬け物漬けれるって言ったらたくあんが食べたいと泣きながら……フッ。
「先生?」
「いいや、冷蔵庫に入ってるから持っていきな」
「はーいサナちゃんも一緒に食べようね」
「は、はい、リディアさん!」
リディアはたくあんを冷蔵庫から取り出しテーブルに並べると、米が炊けたことを確かめサナによそい方を教えていた。
「ふぁー、やっぱりいいよねぇ。道場の朝食」
暫くするとシーザーがのそりと起きてくる。
「こーら、お手伝いしなさい」
「ごめんごめん、今から手伝う。でも先生」
「何だ?」
「俺にこんなことさせるのは先生だけだよ。俺がこんなことするのも先生だけだけどね」
「はいはい、不敬罪にはすんなよ」
「ならないよ」
シーザーがカラカラと笑う。
「あの……シーザーさんは貴族……とか?」
サナが首を傾げる。
「いや、それ以上かな」
「へ?」
サナは必死で考えているようだが、シーザーのフレンドリーさに昨日と同じように笑顔で接する。
まぁあれなら別に言ってもいいと思うが……それを言うのはシーザーに任せるか。
「さーて、みなのもの。ちゃんと言うんだぞ。うちのルールだ!いただきます」
『いただきます!』
ああ、今日も米と味噌汁が旨い。
※※※
さて、今日の予定はシーザーと刀の稽古、リディアは弓道の師範。
サナは弓道の見学をさせようか。
「先生、大変よ」
「どうした?リディア」
「勇者が来た」
「……は?」
まさか2日連続の道場破りじゃないだろうな?
門下生たちも来る前だから、今いる4人で勇者パーティーを出迎える。
勇者はどこか古い親友に面影のある顔立ちに黒髪黒目。
そして勇者と共にやって来た美少女軍団4人。騎士やら武闘家やらそうそうたるメンバーだ。
「んで?お前は」
「勇者のレンリ・ヨロイと言います」
異世界の名前、よう分からん。
「その?何だ、ファミリーネームはどっち」
「ヨロイです」
「ならレンリか」
「ちょっと」
その時取り巻きの女性軍団が声を上げる。
「いきなりレンリさまの名前を呼ぶなんて!」
「そうよ、生意気だわ。地産勇者!」
「あんたがなんて呼ばれてるか知ってるのよ!この怠惰の勇者!」
「聖剣も持たないジョブだけおっさん勇者!」
随分な言い方だ。
「あんなぁ、ファーストネーム呼びなんて普通だろうが」
東国では昔はファミリーネーム呼びが普通だったが、今では西国に合わせてファーストネーム呼びも普通だっての。
召喚勇者に言われるならともかくお前らに言われるとは。
「とにかく……このおっさん勇者!」
「そうよ。聖女は聖剣を持つ勇者と旅をすべきだわ!」
「聖女を返しなさい!」
「返さないと決闘よ!」
ええー。
チラリと後ろを見れば、サナが脅えたようにリディアの影に隠れている。あれが全ての答えだろ。
「ならお前ら女ども4人VSな」
「はい!?戦うのは勇者さまよ!さ、レンリさま!」
「ええと……まぁ、勇者同士の決闘なら」
レンリが押し負けるように頷く。うーん、こりゃ完全に問題は召喚勇者ではなく取り巻きが問題だろ。
――――召喚されたばかりの勇者に何かできる。
そんなこと知っているはずだ。
「分かった。そんなに挑みたいなら受けてやる」
「え、先生やるの?」
シーザーがギョッとしている。
まさか俺が受けると思わなかったかのように。
「誤解するなよ。勇者としてじゃない。道場破りされた師範として、受けるんだ」
俺は……こんなことで勇者になんてなりたくない。




