【3】地産勇者は勇者じゃない
――――12歳の洗礼の日。
少年は願った。育った神殿に恩返しがしたいと。しかしその願いは粉々に打ち砕かれた。
「あなたのジョブは……勇者です」
育て親から告げられたその言葉に少年は、俺は……崩れ落ちた。
※※※
――――そうして、何十年。現在。
「あの、勇者さまですよね。私、聖女だから分かります!」
「知るか!俺は召喚勇者さまとは違うんだ!」
この世界において勇者であって勇者じゃない。
「俺は……地産勇者と呼ばれる劣等勇者だ」
様々なチートを持つ召喚勇者に比べ地産勇者は役立たずのレッテルを貼られる。
「そ……そんなことは」
「あるさ。地産勇者は自分でレベルをいちから上げねばならず、またチート能力も召喚勇者に比べて少ない。せいぜいHP1で耐えるというものだけ」
それに比べて召喚勇者は肉体強化、経験値アップ、バフ効果アップ、弱体耐性など追加でもらえる。
「せっかく聖女として生まれたんなら召喚勇者をあたんな」
治癒魔法を使えるものは限られているから聖女はこの世界の出身でも優遇される。
更に召喚勇者のペアになれば優遇処置もそれなりに……。
「わ、私はあなたがいいんです!あなたしか……」
「知るか、そんなもの。暗くならないうちに帰んな」
そう言って厨房にこもる。
勇者なんて……なりたくてなったやつなんていない。
12歳で勇者に選ばれた。
そこからは王城に連れて行かれ来る日も来る日も厳しい訓練。
これだから地産勇者は、勇者のくせにこんなにも弱い。そう罵られながら青春も夢も失った。
しかし恩人のお陰で釈放され、この国に嫌気が差した俺は東国に渡り冒険者ギルドで仕事をもらいながら今の基礎を学んだ。
国に呼び戻され帰ってきた後は……色々あったが念願だった道場を開いた。
俺はここで道場の師範しながら、リディアや教え子たちを見守りながらゆるりと暮らせればそれで良かったのだ。
「勇者なんて……ごめんだ」
「せーんせ」
「……リディア?」
「手伝います。今日はそうめんですね」
「ああ」
「サナちゃんのことですけど」
「帰ったのか」
「いいえ、帰る場所はないって」
「は?神殿にでも行けばいくらでも……」
聖女なんて好きなだけ持て囃される。
「帰る場所があっても帰れない理由があるんでしょ?」
「……リディア、すまん」
「先生が謝ることじゃありません。私は先生に引き取られて幸せなんです。私にとって帰る場所はこの道場です」
「それは」
俺にとっての唯一の救いだ。
「だから……」
「……?」
「あの子もうちの門下生になればいいでしょ?住み込みで」
「はい!?」
「もう決めました」
「いやいや、待て。俺は……」
「賑やかになっていいじゃないですか」
「そう言う問題か!?」
「門下生なら」
「……リディア?」
「勇者と聖女じゃなくて、師範と門下生なら構わないでしょ?」
「それはまぁ」
俺が勇者じゃなくて、彼女が聖女じゃないのなら。それはこの道場の普通だ。
「だがあの子は勇者の聖女になりたがっている」
「そこら辺はお姉さんに任せなさい」
「まぁお前の方がお姉さんだが?」
「そうそう」
笑顔で頷けば、リディアは水で引き締めた素麺を皿に盛り居間に向かう。
「……」
あの子なら、間違うことはないだろうか。
いやしかし……彼女もまた間違ってはいなかったのだと思う。
「トーリ……俺はこれでいいのか?」
ポツリと呟いた微かな叫びは、つゆやお椀を取りに来た門下生たちの賑やかさに消えていく。
※※※
つるりと啜る素麺は旨い。
「その、私も食べていいのでしょうか」
サナはドキドキしながらお椀に手を伸ばす。
「うちの門下生ならな」
「門下生……に、なれるでしょうか」
この子は勇者と聖女にこだわるよりもここに順応しようとしている。
……頭のいい子だ。
「私、弓もカタナ……というものも」
「体術なら出来るだろ?他のみんなもやってるから教えてもらえ。今後の人生にも役立つ」
「は……はい!その、勇者さ……いえ」
「先生と呼べ。門下生なら」
「はい、先生。先生はその……東の国で武術の道を修めたと聞きました」
「ああ、縁あってな」
恩人が行きたがったもんで供をした。
「その、剣はやらないのですか?」
「……お前もこの世界の出身なら、地産勇者が聖剣を奪い取られることくらい知ってんだろ」
地産勇者に持たせておくくらいなら、剣聖や魔法騎士に持たせた方が伸びるからだ。
「それでも……」
「いらねぇよ。俺には、剣なんて」
「先生……」
「ああ、後な。道場に住むなら仕事はしろよ」
「ま、任せてください!その、お食事の準備も覚えて……」
と言おうとしたサナの箸から素麺がつるりと滑り落ちる。
「……ああ……っ」
見れば箸の持ち方もたどたどしい。
「フォーク使うか?」
「ま、負けません!ちゃんと……使いこなして」
「ふ……っ」
「あの、先生?」
「いや、懐かしいなってさ。俺も最初は出来なかったよ」
門下生たちもな。だから。
「こうして」
サナの指を持ち、箸を持たせる。
「こうやって動かすんだ」
「わぁ……」
「出来そうか?」
「は、はい!」
そうしてどうにか素麺をすするサナをみなが心配そうに見守る。
ちゅるり。
「んん、美味しいです!」
「ははっ、そら何よりだ」
みなの顔に笑顔が宿る。
しかしその時だった。
ドン、ドドン。
「ったく、飯時に何だ?」
普通飯時は避けるのが無難だろうが。
「もしかしてシーザーのやつ……」
にしては乱暴だし、アイツなら何時ものようにいつの間にか入って来る。
「はいはーい、どなたで?」
「ローゼン騎士団だ」
騎士団って……。
このローゼン王国の名を冠する花形騎士団じゃねぇの。
「何かご用で?うちは冒険者ギルドご用達の道場ですけど?」
騎士団とは持ちつ持たれつ。過度に干渉すれば冒険者ギルドから苦情が行く。
門下生から冒険者になって活躍するものもいる。冒険者ギルドから指南役のクエストも来るほどだ。
「地産勇者が」
コイツ……俺を知っていて喧嘩売りに来たのかよ。
「ここに聖女さまがいると掴んだ」
サナのことか。しかし……。
「知らんな」
「何?調べはついているんだぞ!」
「だーかーら、知らんって」
「貴様……聞いたぞ!」
「はぁ……何を?」
「此度召喚された勇者さまのご指南を断ったそうだな!」
「あー……それな。教えるやつなんていくらでもいんだろ」
「お前を鍛えてやった恩を忘れたか!」
「……」
コイツ……。当時の騎士団の責任者は左遷されたと聞いたが、まだそう言う思考のやつらは残っていたのか。
「召喚勇者の指南なんざ、二度とゴメンだよ」
「やはり地産勇者は」
「そんな風に吐き捨てる男に指南なんて頼むなよ」
「こちらだって……陛下の命すらなければ……っ」
はぁ……犯人は陛下かよ。後で弟に苦情言うぞ。
「そうかい。文句があるなら陛下に直接言ってくれ」
「何!?」
「それとも会ってももらえないくせに俺に喧嘩を売ると?」
「ああ言えばこう言う!」
騎士が襟首を掴んでくる。
ここはいっちょ、転がしてやろうか?
「待ってください!」
は……?
「何で来た!」
振り返ればそこには小さな少女が立っていた。
「サナちゃん!」
慌ててリディアがやって来たものの既に時遅し。
「貴様、ウソを付いたのか!」
「付いてねぇよ。この子はうちの門下生。ただそれだけだ」
「だが聖女だ!」
「知らん、関係ない」
「私は自らの意思で勇……先生を選んだんです!」
「聖女さま……こんな地産勇者に騙されて」
「そうだ!聖剣も持たぬ勇者が!」
「役目も果たさぬ怠惰な勇者め!」
そんな勇者にしたのは……いや、勇者になんてなりたくなかったのに。
「いいから聖女さまを引き渡……」
「そこまでだ!」
その時、凛とした声が響く。
青髪に紅蓮の瞳。整った顔立ちにクールな表情。
しかしその言葉には不思議と熱が籠る。
「お前たちは誰の命で動いている」
「その……それは」
「聖女さまを連れ戻すべく」
「誰の命だ」
「……その、召喚勇者さまが」
「ならばお前たちは今から騎士団を退団し召喚勇者に仕えるか?もちろん給金は召喚勇者からもらえよ」
「いやそんな!」
さすがのコイツらもせっかく掴んだローゼン騎士団の騎士の座を手放すほど召喚勇者を崇めてはいないらしい。
「なら帰るがいい。兄上は先生に迷惑がかかることは望まない。もしもお前たちが先生に迷惑をかけるのなら兄上に報告せねばな」
「か、勘弁してください!」
「お許しください!」
「ならば帰れ」
『はいいぃっ!』
その満面の笑みに、騎士どもが逃げ帰っていく。
「よう、シーザー。忙しいんじゃ?」
「ま、それなりには。でも先生の方が大事だからね」
「こんなおっさんにねぇ。師範冥利に尽きるわ」
「どういたしまして。しかしまぁ……随分と厄介事を引き受けたね」
「別に。弟子を増やしただけ」
「そういう事にしておこう」
「ん?いいのか?」
「兄上も反省してるんだ。先生に指南役を頼んだこと」
「それな」
既に弟の耳に入っているとは、手間が省けた。
「しかし召喚勇者から聖女が逃げるなんてよっぽどだぞ」
「んー、まぁねぇ」
シーザーは困ったように笑った。




