【2】地産勇者は怯まない
――――この道場は俺だけの夢じゃないんだ。突然道場破りに来た奴らに潰されてたまるかよ。
「ほら来な」
「フンッ」
ほんっとムカつく奴らだな。
「ああ、あと靴は脱げ。ウチの道場は土足厳禁」
「何だと!?」
「郷に行っては郷に従えっつーだろうが。それともエルフはナタ持って神聖な森に踏み込む人間を許すのか?」
「く……っ」
エルフってのは格式や形式にやたらとこだわる。ナタを持って森に入るだけで怒るのである。
渋々ブーツを脱ぐエルフたち。道場の入口には折れた剣。
それを見てエルフたちはまた嘲るように笑う。
「ちょっと何ですかあれ!」
「まぁまぁ怒るなって、リディア」
「先生が落ち着きすぎなんですよ!」
「おっさんになるとなぁ……」
「もー、また!」
「はっはっはっはっはっ」
そうするうちに弓道場につく。
「な……何なんだこれは」
「弓道。知らんのか」
「我々は弓をやりに来たのだ!」
「だーかーら、あれがウチの弓道!弓!それとも何だ?お前らはあのくらいの的をも矢で射抜けないと?」
「そんなはすがなかろう!」
「だったらはいどーぞ。練習用の矢だ」
「こんなちゃっちいものを……」
「練習用も扱えないの?」
「そんなわけがなかろう!」
コイツら……ははっ、分かり易すぎる高慢チキだな。
どうやら相手はリーダー格のエルフがやるらしい。
俺は弓道着に着替え、いつものように右手にゆがけを嵌める。
「さて、始めよう」
弓を撃つ準備を整え呼吸を調える。
今はもう、何の声も音も気にしない。
「これくらい!朝飯前だ!」
エルフが自前の弓で的を穿つ。
集中、集中。
スコン。
エルフの矢が命中したようたが、俺は俺。
「……」
弓を構え、ギィと弦を引く。
1、2、3、4……
5。
バインと手の内が振動する。
スコン。
矢は的に命中した。
すう……と弓を下げて両手を腰に戻す。
2射目、エルフの矢が的をそれる。
外すわけにはいかない……がプレッシャーは精神をブレさせる。
2射目も集中。呼吸を整えろ。
1、2、3、4……
5。
スコン。
そして3射目。
エルフの矢は……。
カコン。
ブレた……か。
悔しげな声も、関係ない。もう俺の勝利で決まりだが最後まで、集中。
1、2、3、4……5。
バインッ゙。
弓が回転し矢が風を纏うように真っ直ぐに飛んでいく。
スコォンッ!
矢は的を射た。
両手を腰に戻しホッと一息。
「リディ」
「はい!流石は先生!的に命中しただけではなく、見事に的の中心を射てます!」
俺の矢は全て的の中心に突き刺さっている。
「はい、俺の勝ち」
道場を潰す?そんなこと許せるわけないからな。
「こんなの認められん!」
「正々堂々とした勝負だったろうが」
「こんなのはエルフの弓ではない!」
「だーかーら、うちで教えてんのはエルフの弓じゃぁなくて、弓道!きゅ、う、ど、う!!」
着ている装備も、ゆがけも弓の形も違う。
「そんなものは知らん!我らの弓……魔法弓で勝負しろ!」
「ああ言えばこう言う……」
「先生」
「リディア?」
「私にお任せを」
「ハッ。ハーフエルフごときが我ら完全なるエルフに叶うとでも?」
「ハーフもエルフも関係ねえだろ。ほら、魔法用ならこっち」
コイツら……完全にリディアをナメてやがんな。
そして魔法用の演習場にやって来た。
「何だこの狭い部屋は!」
「練習用なんだからいいだろうが」
その分弓道場と刀の訓練場は広い。そっちがメインなんだからいいだろうに。
「ほら、リディア」
「はい、先生」
「見せつけてやんな」
そう言えば門下生たちもリディアを応援する。
「任せてください!」
張り切るリディアをリーダー格のエルフは鼻で笑うが。
リディアは的に振り返れば深く精神を集中させているのだと分かる。
一方でエルフは豪華な魔法弓を顕現させる。その一方でリディアが顕現させたのは。
弓道の弓によく似た無駄のないしなやかな弓である。
エルフはそれをフンッと笑うと豪速球で魔法矢を放つ。
バコン。的が砕け、エルフが鼻を鳴らす。一方でリディアは。
「……」
集中している。精神を落ち着かせ、慎重に弦を引く。
そして。
シュパン!
魔法矢はまるで風を纏うかのように美しく的の中心を射る。
「さすがリディ……」
その時。
「ガッハッハッハッハッ」
リーダー格のエルフが爆笑する。
「あのような矢で我らに対抗しようと?」
「あ……あんたね……っ」
「リディ」
「でも先生!」
「大丈夫だ」
このリーダー格のエルフ、気が付いてないのか。
「ベリル殿、さすがにそれ以上は」
「何……っ」
リーダー格のエルフ……ベリルは他のエルフたちに睨まれている。
「先ほどの師範殿の弓は素晴らしかった」
「ああ、あのような美しい弓矢は初めてだ」
「まさに芸術に他ならない」
その言葉にベリルは悔しげにリディアを睨む。
「しかしあのハーフエルフは」
「先ほどから思っておりましたが」
「な、何だ」
ベリルがしどろもどろになる。
「この道場はハッター道場と言うそうですね」
「それから類まれなる魔法弓のリディアと名の娘」
みなの視線がリディアに向く。
「姫さまの弓は素晴らしかった」
「……!」
他のエルフたちの言葉にベリルの顔が青くなる。
「この道場への訪問を勧めたのは長老なのですよ」
「……おじいちゃん」
リディアがふと漏らした言葉に、ベリルが崩れ落ちる。コイツ、とんでもない相手に喧嘩売ったことに今気が付いたか。
「今ならば分かります。長老は姫さまが元気にしているかどうかを知りたかったのだと」
「その……私?」
「ええ、長老にはベリル殿の態度も含めて報告します」
「お前ら裏切るのか!」
ベリルは足掻くが。
「あなたのせいで王国とホーリーフォレストの関係にヒビが入るところだった。王弟殿下の取り成しで何とかなったが」
「……」
ベリルが黙る。どうやらその憂さ晴らしにあんな態度を取ったってことか?
「だがやはり弓は私の方が」
ベリルが最後の抵抗を試みる。
「リディアは的の中心を射た。一方でお前は的を破壊し判定不能。つまり判定できるリディアの勝ち」
「何を言っている!我は的を破壊した!」
「破壊したら減点!あと罰金!」
「何だと!?」
「門下生ならともかく道場破りには妥当な判決だ」
その言葉に門下生たちから賛同の声が上がる。さらには仲間だったはずのエルフたちからも。
「請求してください」
「ん、長老に請求しておく」
仲間と俺のやり取りにベリルが蒼白になる。
「とっとと罰金払って出ていきな!」
「くそう……通報してやるぞ!」
「何に」
「ギルド……冒険者ギルドだ!」
そう言ってベリルが道場から出ていく。
仲間のエルフはやれやれと言う感じで一礼していったが。
「冒険者ギルドって……問題になると思ってるんですかね」
リディアが溜め息をつく。
「それよかギルドから危険人物扱いされるって」
「あはは……それはありそう」
「そうそ。しっかし……今日は道場の掃除からになりそうだ」
「任せてください!みんな!やるわよ!」
『はーい!』
張り切って道場の清掃に向かう門下生たち。
「さて、俺も片付けるか」
的の欠片を片付けていれば、続いて来た門下生たちも掃除に加わる。
「しっかし朝から散々だったなぁ」
「でも先生の弓が見られましたよ」
「リディアの弓も見られたぞ。相変わらずの魔法弓の腕だ」
エルフの森にいた頃から同年代の子どもたちの中で一番の腕だった。
「先生のお陰ですよ」
リディアがふんわりと笑う。
「……俺は」
ふわりと揺れる白金の髪に郷愁を覚える。
「先生」
「どうした?」
門下生のひとりがどこが困惑している。
「道場に、お客さまが」
「客?誰だ?」
あの高慢な道場破りはもうごめんだが。
「それがその……来てくださいますか?」
「あ、ああ……」
門下生に付いていけば、他の門下生たちが通してくれたのか小さな影が揺れる。
「勇者さま!」
「……」
その言葉にビクンと肩を震わせる。
そうか……門下生たちが困惑していた理由が分かった。
「勇者さま!私は……その、聖女サナ・オランジェと申します」
シュガーブラウンのセミロングにオレンジの瞳。まだ14かそこらの少女だ。この子……確か朝見かけた!あれはお使いじゃなくて道場を探していたのか!?
「あの……私は、勇者さまの聖女になりたいのです!」
俺の……俺は。
「俺は……勇者なんかじゃない!」
だって俺はこの世界で生まれた……地産勇者だ。
聖剣を奪われ、チート能力なんてまるでない。
ただHP1で耐えるだけの……凡人だ。




