【1】地産勇者はやる気ない
召喚勇者は魔王を倒して世界を救う。
救われた世界にはただ聖剣を奪われた地産勇者だけが残った。
一体何のための救いなのか。
「魔王、遂にこの時まで来た」
この手に聖剣はない。
ただの剣をグサリと突き立てる。
「俺は俺の大事なものを守れりゃそれでいい」
吹きさらしの城、青空の下、玉座の跡だけが虚しく残ってる。
――――ピピピピピ。
朝の聞き慣れた魔法音が響く。
「……ん、あぁ……身体の節々が痛ぇ」
「そんなところで寝るからですよ、ロシュ先生!」
眼前に揺れる懐かしい琥珀色のペンダント。そのまま見上げればリディアが仁王立ちになっている。
「せめてベッドで寝てくださいと何度も」
「うう……ソファーで酔い潰れるのは醍醐味で……」
「酔い潰れるまで飲まない!少しは健康に気を……」
「おっさんになるとなぁ……飲まないとやってられねえんだ」
「片付けるこっちの身にもなってくださいよ」
見れば昨日放ったらかした酒瓶が綺麗になっている。
それから目に入った故郷からの手紙。封筒に入れ直してたっけ。
「いや自分でやるのに……」
「酒臭いんです!」
「……その、すまん」
「女の子がいるんですから、そこら辺きっちりしてください!」
「は……はい」
これじゃどっちが保護者か分からん。
――――とは言え俺はロシュ・ベイジ独身。人間で言えばもうアラフォーである。おっさんである。ダークブラウンの髪にベージュの瞳。
平凡な顔立ちに二日酔いのやる気のなさそうな表情。
対して純粋な人間ではないと示唆する短く尖った耳を持つプラチナブロンドのツインテールに黒い瞳の活発そうな少女リディア・ハッター。
彼女は俗に言うハーフエルフである。
「そういやお前、今年何歳だっけ」
「22です」
「あー……そうだった」
混ざりものと言うのは時に年齢が分かりづらい。しかしどんな種族も混ざりものも18歳くらいまでは純粋な人間と同じ速度で成長する。混ざりものや長命種はその後成長が緩やかになる。
まだ見た目20歳に行くかどうかほどで変わらぬ少女だが、実年齢は中身に見合うしっかりものだ。
「今週の道場のスケジュール、ちゃんと確認してくださいね!」
「はいはい」
ええと……何々?
「なぁ、リディア。スケジュール、弓道ばっかだぞ」
一応うちの道場では弓道、古武術(刀)、体術を教えているはずだが。
「弓道の門下生が多いんです」
と言うリディアも若くして弓道の師範代である。
20代の平均レベルは20前後と言うのにレベルも30。なかなかに優秀だ。
「古武術と体術は何故こんなにも……」
「弓道女子限定で護身術講座も入れてますよ」
「あー……お前が発案したやつね」
門下生の中でも数少ない男性メンツと師範の俺が生贄になるあの講座ね。
「だからって古武術はぁ」
数少ない男性メンツも99%が弓道の門下生だ。
「先生の唯一の古武術の弟子が来る時間に入れてます」
「……あ、確かに」
まぁアイツも忙しいし、アイツの都合に合わせてやるのも必要だが。
「しっかし……何故増えない」
「こっちじゃ刀は珍しいんですよ」
「まぁ、一般的なのは両刃剣だもんな」
道場と聞いてうちを訪れても、獲物が刀だと知れてやっぱいいですとなる。
「あと、今週はシーザー、来れないかもって」
「忙しいのか?」
「……召喚が行われたそうです」
「……」
何が、なんて決まってる。
「そうみたいだな」
魔族が希少種族になって幾星霜、しかし未だ勇者召喚は無くならない。
「ご存じだったんですか?」
「んー、何か剣を指南してくれって依頼がな」
「受ける……んです?」
「まさか。やらねーよ。でも……」
わざわざそんな話をって。
「……お前は興味があるのか?」
「いいえ、私には先生がいますから」
「けど」
だからその話を?
「先生が教えてくれますから」
「……それは」
俺が教えてやれることは少ない。
「私は先生の側にいますよ」
「……リディア」
いずれ俺の耳に入るからと心配……してくれたんかな。ほんと一番弟子に心配されるなんて。
「だからこれからも道場経営、頑張りますよ!目指せハッター道場」
「……ま、そうだな」
弓道の門下生は……めちゃくちゃ多いし。
「しかし何故か女子の門下生が多いんだよなぁ」
「あ、それなんですけど」
「何かあんの?」
護身術講座が人気とか?
「私に憧れてって子が多いんですよ!」
ドテッ。いや確かにその……リディアは男女問わずモテる。特に女子に。
「さぁ先生!早く朝の支度をしてください!もう目は覚めたでしょ?」
「ふぁぁ……はいはい」
朝の支度をして、道着に着替えれば。
「……と、これを忘れちゃならない」
形見の十字架を首から下げ道着の中に押し込む。
ドタドタと戻ればリディアは既に準備運動を終えていた。
「さぁ、ランニング!ランニング!」
「ふえぇーい……」
いやぁ……若人は元気だなぁ。
エッホエッホ、と。ランニングも経験値稼ぎにはなるし、やった方が得である。
「ん?」
「どうしました?先生」
「いや……そこ、女の子が歩いていた気がして」
「女の子……こんな朝早くに?お使いでしょうか」
「ま、それが妥当か」
道場周りのランニングから帰れば、道場の入口が騒がしい。
「何だぁ?」
「ウチの門下生もいるようです!行かないと」
「ああ、ちょ……リディア!?んもぅ仕方がないなぁ」
てか誰だ?ウチの門下生にガンつけているのは。
あの耳の長さ……エルフか。しかも金髪に青やら緑やらの瞳の典型的なハイエルフってやつら。
「ちょっと、何事!?」
「リディア先生!」
「道場に入ろうとしたらこの方たちが……!」
リディアの登場に門下生たちが顔を輝かせる。
「ち……っ、またハーフエルフか」
嫌な言い方だな。
「それが何です?私はここの師範代です!」
リディアは怯まず向かい合う。
「はっ。弓の道場があるからと来てやったが……」
いかにもハーフエルフが師範代なんて認めたくないような言い分だ。
「ハーフエルフかどうかなんて関係ないわ!ステータス上にハーフエルフなんて種族はないのよ!」
リディアの言う通り。全人類が迎える12歳の洗礼では、ジョブやスキルなどのギフトと共に種族が定義される。
人間、魔族、エルフの中から、混ざりものは己の意思で種族を選ぶのだ。
「これは女神さまがお認めになったことよ」
「この……っ、生意気な!」
偉そうなエルフがリディアに手を伸ばす。おいおい。
「やめないか」
反射的にバシッとエルフの腕を掴む。
「何だ貴様は……はっ、人間か」
「だから何なんだ。俺はここの師範だが」
道場に乗り込んで師範に喧嘩を売るとはいい度胸だ。
「人間ごときが我らエルフの弓を指南していると?」
「弓はお前らだけのものじゃないだろ」
人間も昔から弓を扱ってきた。この道場の『弓道』だってそれだ。
「生意気な!」
「生意気?お前らが高飛車なだけだろーが」
「貴様はエルフの矜持を踏みにじった!」
「はぁ……」
そんなの初めて知ったが。そもそも昔ながらの知り合いのエルフは高飛車でもなかったし、正義感の強い誰かにそっくりだった。
「いいだろう、せっかく我々がこちらに足を運んでやったというのにこの体たらく」
「そんなこと言われたってなぁ?何なの、お前ら」
「エルフの森ホーリーフォレストとローゼン王国の関係強化のため、我々が訪問してやったのだ」
「してやったって……」
ほんっとコイツらは。
城のやつらも扱いに苦労したろうな。
「さぁ、貴様らがどれだけ無様か明らかにしてやろう」
「ああ、そう。なら弓にする?」
「いいだろう!ただし我々が勝利すれば弓の道場は潰してもらうぞ」
「……は?」
流石にそれは聞き捨てならない。
「私たちは負けません!ね、先生!」
リディアの言葉に門下生たちも続く。
『おーっ!!』
「いやおい、お前らもっと慎重にだな」
「先生が負けるはずがありません!」
リディアがビシッと告げる。
「……ったくお前は」
その真っ直ぐな目……本当にそっくりだよ。




