【13】魔人勇者は聖魔剣を抜く
――――魔物の咆哮が事態の重々しさを表している。
「先生、大量の魔物が!」
リディアの指さす先には初級ダンジョンでは有り得ない量の魔物である。
その魔物と戦っているのは。
「引率で付いてきた冒険者……せいぜいC〜Dランクと言ったところか」
それでも彼らは後輩たちを守るためにここに残ったのだ。
「俺たちは下層に向かう」
「先生、だけど彼らは」
「しのいでもらうしかない。その間にリディアたちは下層に残った怪我人を運び出し彼らに託して引き揚げてもらえ」
「私たちが代わるんですね」
「そうだ」
こんな初級ダンジョンだ。AランクもBランクも俺たちくらいしかいないだろう。
「でもその間下層は……まさか先生、ひとりで」
「それしかないだろう」
「だけど」
俯くリディアの頭をぽふりと撫でる。
「先輩冒険者の指示には従うのが鉄則だ。今目の前にいるのが誰だか忘れたか」
「いいえ」
「なら信じろ。俺が必ず決着をつける」
「分かりました」
その目にはもう迷いはない。
「それからレンリ!」
「は、はい!」
「お前は引き返せ」
「え……っ」
レンリはその言葉に戸惑いを隠せない。
「セーフティーエリアに戻り、セーフティーエリアに残った冒険者たちと1回層へ退避しろ。そしてダンジョンを脱出するんだ」
「で……でも」
「ここの魔物たちが追い上げたらセーフティーエリアはもうすぐ効力を失うだろう」
「そんなっ」
「活性ってのはそういう事だ。活性化した魔物がダンジョンを出てくるのは……セーフティーエリアも通ってるってことだ」
「……!」
レンリもその事実に愕然とする。
「上にはエルナがいる。門下生たちもEランクやDランクがいる。彼女らが引率して逃げろ。逃げた後はエルナが分かってる」
「は……はい、でも、ぼくは勇者なのに……逃げるのは」
「何言ってんだ。カッコよく敵を倒すことだけが勇者じゃない。より多くの命を救うことも勇者の役目だ」
「先生も……先代もそうだったんですか?」
「ああ、みんな通ってる道だ」
「……はいっ」
その悔しさがいつかバネになってお前を強くするから。
レンリは階段を駆け上がる。
「俺たちは魔物どもの道を突っ切る!」
「はい、先生!」
リディアが魔法弓を生じさせる。
「お任せを、まだまだ現役ですよ」
ロバートの魔法銃もバッチリだ。
「私も先輩としてやったろうじゃないの!」
マリーもガッツポーズを取る。
「それじゃぁ道を……空けてちょうだい!」
リディアの豪速球の矢が魔物たちの間を抉り取っていく。
「私たちも救護者を引き揚げたらすぐに駆け付ける!」
リディアが叫ぶ。
「もう少しの辛抱だ!」
そう戦う彼らに声をかけてリディアの切り開いた道を突っ切る。
「は、はい!」
「でもあの方は……」
「いいからここを凌ぐんだ!」
冒険者たちの力強い声が響く。
刀を抜き去り魔物たちを斬り伏せていく。
リディアとマリーも魔法弓をぶん回して蹴散らしている。魔法弓は遠距離攻撃用だけじゃないのだ。熟練者なら物理にも……普通に使える。
「私の経験からすればボスが発生して活性化しているのかと」
「ああ、ロバート。ソイツは俺がやる」
「ええ、私たちは負傷者を上に運びます」
「おうよ!」
魔物たちの暴れるなかで倒れる影は……3人。小柄な男性をリディアが抱え、残りをマリーとロバートが担う。
「マリーさん、平気ですか」
「あったりまえよ!道場でどんだけ男をぶっ飛ばしてきたと思ってんの!」
その言葉通り、3人は急いで階段を駆け上がる。
「よし……ここは俺が防ぎ止める!」
セーフティーエリアの連中は1階層に向けて駆け上がってる頃だ。上の連中もリディアたちと交代できれば退避できる。
襲い掛かる魔物たちを刀で斬り伏せていく。その奥にいる巨大な魔物。
「ボスってことか!」
しかしダンジョンが活性化していることでいつも以上に魔力を溜め込んでいることは明白。蹴散らしても蹴散らしても魔物が湧いてくる。
「くそ……耐えてくれよ」
勇者には出来ないとされてきた。
だけど俺は守りたいものがあるから。
胸元の十字架が熱を帯びる。
「はあぁぁぁっ!」
勇者には有り得ない魔力を纏わせながら刀が魔物たちを一掃し、ボスに迫る。
「終わりだぁっ!」
ボスにありったけの魔力と刃を叩き込む。
……パリン。
ウソだろ!?
『グオオオォォォ』
ボスの咆哮が小柄な身体を吹き飛ばす。
「くそ……っ」
予備の短剣を取り出すが、復活した魔物たちの群れにさらに凶暴性を増したボスの魔力にどう対抗するか。
「やるしかない」
脳裏に浮かぶのはアンジェの最期の笑顔だ。
「アンジェ、どうか」
胸元の十字架を握りしめる。
自らの中に眠る混ざり物の血が煮え滾るように襲い掛かる。
その身に宿る聖魔の血が争い合い、意識すら奪おうとする。
しかしそれに魔物たちは後ずさる。
「よし……いいコたちだな……」
あとはコイツらを倒すまで俺の意識が残れば。
「先生!」
空を切る甲高い声と共に、魔法矢が魔物原を引き裂いていく。
「リディア!?何で戻って来た!」
「私の指示ですよ、ロシュ!」
バンバンと魔法弾が空を舞う。
「ロバート、何で!」
「問題ないわ、先生!」
マリーが魔法弓で同時に3本の矢をぶち込んでいく。
「3階層の魔物は一掃したわ!」
リディアの言葉に驚く。いくらこの3人でも一掃には時間が……いや、そうか。
「先生」
届いた凛とした声に顔を見上げる。
「受け取ってください!」
カチャリと受け取った剣はいつぶりの再会だろう。
「シーザー、お前か」
「ええ、3階層の魔物は一掃、妹弟子たちが手伝いC、Dランク冒険者は退避させました」
アイツらも助けに走ったのか。
「なら上の連中は」
「レンリちゃんとエルナちゃんが引率していった」
「そうか……それなら」
ふうと深呼吸をする。
「後はコイツらを……一掃する」
手にした俺の聖剣の柄を掴めば、その刀身が単なる聖剣ではないことを示唆する。
身体中の血が、聖魔の血が拮抗し合う。しかしそれらはこの聖剣によって……いや黒と白、聖魔の色の刀身によって俺のものになる。
それと同時に普通の勇者にはないだろう魔力の源が発動する。
「先生……角がっ」
リディアに見せたのは初めてだったかな。
金色の魔族角が魔力で身体を満たしていく。
「レベル限界……突破あっ!」
人間の限界値をゆうに超える3桁の数字が脳裏に羅列する。
――――9――――9――――9――――
「さぁ……いくぞ魔物ども!」
魔物たちの咆哮を裂く。後ろからは剣聖の剣と弓手とガンナーの魔法が支援する。
大地を駆け、ボスが魔力を暴れさせる波を断ち切り斬り込む。
「これが……聖魔剣の力だ!覚えておけ!」
『グオオオォォォ』
ボスの断末魔の叫びと共に、ダンジョン内の狂うような魔力が落ち着いていく。
「すごい……先生」
リディアの呟きが聞こえる。
「ええ、あれがこの世界の、魔人の勇者と呼ばれる真の姿です」
「やっぱり、そうだったんだ」
ロバートったらまた余計なことを。昔、この角を見たロバートたち同期は俺をそう呼んだ。
しかし……リディア、お前は気が付いていたのか?
「たとえ境界の血を引いていようが、あれが誇るべき私たちの勇者です」
「そうですよ、先生」
ふらふらとよろけそうな身体を抱き締める華奢な身体。
「お疲れさまでした」
「り……でぃあ」
久々の全力は身体に答える。全身の魔力を持っていかれてもう……意識が。
「手伝うよ」
「ありがとう、シーザーさん」
シーザーもついてるんなら、あとは任せるか。
俺はそっと意識を手放した。
※※※
――――懐かしい、あれは境界の村だ。
俺の育ったセロ村だ。
「ねぇ、神官さま」
「どうしました?ロシュ」
眠れない夜。決して広くはないベッドの上で、神官さまが本を読み聞かせてくれた。
「どうして……どうしておれたちは境界って呼ばれるの?」
「それは……私たちが滅びた魔族の血を引くからですよ」
「魔族はどうして滅びたの?」
「……勇者が魔王に勝ってしまったからです」
「じゃぁ俺たちはどうして、生きてるの?」
「境界の外には魔族にしか倒せない強力な魔物がいるからです。勇者は魔王国を滅ぼしてはならなかった」
「勇者なんて……俺は勇者なんて嫌いだ!」
「ロシュ。勇者を怨んではいけません」
「どうして!?勇者なんていなければ……」
「どうかあなただけは勇者を怨まないで」
神官さまがどうしてあんなことを言ったのか。当時は分からなかった。だけどあの日、12歳のあの日この聖魔剣を受け取った時に気が付いたんだ。
――――魔族が滅んで何百年と経つのにどうして俺には両親がいなくて、半魔なのか。
※※※
「う……ん」
むくりと身体を起こせば、頭に既に角はない。消毒液の独特の匂いにここがどこなのか気が付く。
「先生!気付いたんですね!」
枕元にはリディアとシーザーがいる。
「ここはギルド併設の治療院です」
「ここに運び込まれたのか。……他の怪我人は?」
「それは」
リディアが後方を示せば、サナがとてとてとやって来る。
「あの、みなさん元気になりましたよ!」
その顔立ちはどこか一皮剥けたような、芯の通った表情だ。
「そうか、頑張ったんだな」
「はい……その、私」
サナはもじもじしながら口を開く。
「私も、アンジェさまのような聖女になれる……でしょうか」
「ああ、絶対なれる」
ぽふぽふとサナを撫でてやっていれば、次に顔を見せたのはレンリだった。
「レンリ、お前たちも無事に避難できたようだな」
「はい、先生のお陰です。エルナさんに先生の話をしたらすぐに動いてくれました。それに途中で」
レンリがシーザーを見る。
「シーザーさんが来てくれて……実力の差がこんなにあるんだって」
「お前、レベルはどのくらいだ?」
「20です」
「シーザーはレベル50だ。かなわなくて当然だ」
「えっ」
レンリが本気で驚いている。
「そん中でもお前は出来ることをやったんだ。先にお前たちが退避してくれたお陰で他の門下生たちも戦闘で困憊した冒険者たちを支えて避難できた」
「はい、エルナさんが素早く救助を呼んでくれて、ギルド側が呼びかけて多くの冒険者が駆け付けて……本当にまだまだぼくに出来ることは少なくて」
「それでもお前が成長したいってんなら、いつでも道場に来ていい」
「先生……」
「ちょうど、剣や刀の弟子がもっと欲しいと思ってたんだ」
「……はい、ぼくも先生の元で学びたいです」
「そんじゃ、待ってるからな」
「はい!コーデリア師匠にも早速話してきます!」
レンリは嬉しそうに駆けていく。
「ああ、それとこれ」
ベッド脇にしれっとかけてあったものをシーザーに押し付ける。
「ちょっと先生、それ聖魔剣」
「お前のだろ」
「俺は預かっただけなので」
「ならまた預かっとけ」
「全くまだ素直じゃないんだから。いいですよ、預かっておきます」
観念したようにシーザーが聖魔剣を腰に帯びる。
「先生から、預かったんですからね?」
うう……どんどん将棋を詰められてる気がするのは気のせいか。
しかし続いてお見舞いに来たマリーやエルナ、門下生やロバートの賑やかさに、守れたものの大きさにふと、安堵したのだ。




