【14】地産勇者の守る世界
――――ダンジョン実習から数週間。
身体もすっかり元通りだ。
自らの血について悩んだこともあった。しかし今ではたいしたことじゃない。
『今は弟子たちに囲まれながら幸せに暮らしているよ』
そう、何気ない文を故郷の育て親に当てる。
「さて、と」
今日は気合いを入れないといけない日である。
古武術用の道場にて。集まるのはシーザーに数少ない弓道男子の弟子たち。
「お前たち……覚悟は出来てるか!」
『はい、先生!』
「え……ええと」
「その」
その一方で戸惑っている男性冒険者たち。
しかし構わず俺は告げる。
「いいか、武道を修めるものならば覚悟を持たねばならない」
『はい、先生!!』
「そう……ぶん投げられる覚悟を」
『はい、先生!!!』
「よーし、気合い十分、行くぞおおおぉっ!」
『おおおぉっ!!』
「お前らも!」
冒険者たちに告げれば。
『はいいいぃっ!』
よし、いい気合だ。
そうして暫くして、普段は弓道着に身を包んでいる女子たちが袴ではないスポーツウェアや冒険者装でやって来る。
「何が始まるの?」
今日招いておいたレンリも不思議そうにやって来る。その格好はいつもの勇者装備ではなくスポーツウェアである。
「まぁまぁ、レンリは体術は出来るか?」
「うーん、小さい頃に空手なら」
「なら見本だ。俺をぶっ飛ばせ」
「……はい?」
レンリの目が点である。
「マリー、見本だ」
今日の練習メニューを見て喜んで飛んできた弟子を呼ぶ。
「よっしゃぁっ!じゃぁシーザーさん、不敬罪はナシよ!」
マリーの相手はシーザーのようだ。
「もちろん。妹弟子の修行のためだからね」
相変わらずヘラヘラしているが。
「はあぁぁぁっ!」
マリーが柔術でシーザーをひっくり返す。
「おっと」
それでも難なく転がり着地するところが憎々しいっ!
「ま、こんな感じだ」
「ええとその、回し蹴りでいいですか」
そ……そんな受け身が取りにくいものを。
「まぁいいぞ」
今日は男のプライドをへし折って彼女らの鍛錬に付き合うサービスデーである。
「はあぁぁぁっ!」
ズコンッ。
リディアにさえされたことのない強烈な回し蹴り。
「ぐほっ、や、やりす、ぎ……」
「ええぁ、ごめんなさい!」
「いいのいいの!治療チームもいるから」
「はい、お任せを!」
エルナがサナを連れ颯爽とやって来る。
「治療魔法を使う子にも優しい授業だわ」
エルナは弓道も楽しんでいるが、治療魔法の修練にも熱心だ。ちなみにこの治療チームを立ち上げたのは彼女で、今ではギルドからヒーラー仲間たちも招いてる。
所々に治療チームがスタンばっているので安心である。
俺もサナにヒールしてもらう。
「うんうん、いい腕前だ。流石だな」
「はい、先生!」
「だけどサナちゃんも投げたくなったら参加していいよ」
「え」
サナがエルナの言葉で固まる。いやいや、その、護身術は身に付けてほしいがもう少しだけ!サナにはかわいらしい天使でいて欲しい!
「ま、そんなわけだ。レンリもそっちのチームで好きに鍛錬を……」
「え、ずるいですよ!」
「男なのに女チームに入るなんて!」
男子メンツから抗議の声が上がって驚く。
「いや、お前ら。レンリは女だぞ」
その言葉に女子メンツの目も点になったんだが。
「待て、お前ら気が付いてなかったのか!?」
「いや、俺は知ってたけど」
と、シーザー。
「貴族たちも完全に男の子だと思ってたよね。熱心に婿入り目当ての縁談送ってるの面白かったから放置してたんだけど」
シーザーはシーザーで新手のドSかよ!
「いや……コーデリアも気付いてたし」
「骨格とかね、女の子だよね」
シーザーがクツクツと笑う。
「え、そうだったんですか?それで縁談に女の子をたくさんよこしてたんだ」
本人も無自覚ってオイ。
「ほ……ほんと、女の子だわ」
「ええ、そうね」
姉弟子たちが驚愕しつつ確かめてる。どこを……とは言わないが。
「な……なら問題なく女子チームね!」
リディア。冷や汗かいてんの、バレてんぞ。
「さぁーてみんな!順番に男どもを投げるわよー!」
気を取り直したリディアの言葉に弓道女子たちの体術でぶん投げられていく男子メンツ。
「今回も順調だなー」
「ほーら、先生!」
気が付けばリディアがちょんちょんと俺の道着を引っ張ってる。
「今日はツバメガエシをやりたいので!」
「……どうぞ」
師範たるもの、弟子の練習に付き合ってやらんでどうする。
「ヤァ――――ッ゙」
「ギャーッ」
容赦なくぶん投げられる。
そして門下生だけではなく、自身のパーティーのヒーラーに付いてきた男性冒険者たちも投げられる。
投げられないのは男性ヒーラーだけである。
「ねぇねぇ、さっきの回し蹴りってやつ?どうやるの?」
マリーが恐ろしい何かをレンリに習ってる。
「こうやって」
「ほうっ!」
「初めてなのにお上手です」
「体術講座のお陰かなぁっ!他に何かない?」
「んー……かかと落とし」
そして体術講座に空手の技が加えられることになる。
「負ける……ものか」
「ここで負けたら男が……廃る」
男子メンツも気合いで何とか持っているようだ。
「ふぅ、汗かくっていいよねぇ」
そんな中シーザーだけが涼し気な笑みである。
「レンリー!次はシーザーにかかと落としだぁっ!」
そう叫べば。
「いやでもその、王弟殿下って聞きましたけど!」
いや、それはそうなのだが。
「えええっ!?」
サナの驚く声が響く。そういや教えるのは初めてだっつか?
「いやなんの、かかと落としくらいどうとでも」
この余裕が恨めしいっ!
そしてレンリの本気がこだまする。
「ハァッ!!」
ゴツンッ。
こ……恐えぇっ!?昔やってたレベルじゃなくて黒帯とか取ってんじゃねぇの!?あれ!
「ふう……っ」
しかしかかと落としを食らってもなおシーザーは涼しい顔で身体を起こす。
「ほんっとどうなってんのお前はぁっ!」
「はっはっはっはっ」
シーザーが愉快そうに笑う。
「まだまだかかっておいでー」
「くっ、やっぱりシーザーさん、強い」
リディアがジリッとシーザーを見やる。
もう男子メンツが投げられてヒーラーに回復してもらっても這々の体なので残りのシーザーに女子たちの気合がひとつになる。
「よっしゃぁ、やるぞーっ!」
リディアの掛け声とともに各々の体術が炸裂する。最後は至高の体術発表会みたいになってしまったが。
「こ……今後は逆らわないようにしよう」
「ああ、そうだね」
女子たちにシメられた冒険者たちがそうボソリと呟いていたのを聞いた。
※※※
鍛錬の後に相応しい軽快な音楽と食欲をそそる旨そうな匂いが漂っている。
『カーンパーイ!』
ビールジョッキを合わせながら、もちろん未成年はジュースを片手に声を上げる。
「はぁー、鍛錬後の打ち上げサイコーだなぁ」
「ええ、先生。みんな楽しそうです」
リディアが隣で微笑む。
冒険者ご用達の酒場は今日は女性客多め……と言うかうちの門下生が女子多めだからな。
そして一緒に参加したヒーラーたちや男性冒険者たちも招いている。
うちの門下生たちとも一緒に投げられたからかすっかり意気投合したなぁ。
「今日は女が多いじゃねえか」
「なぁ俺たちと飲まないか?」
その時店に居合わせた冒険者と思われる男たちがマリーたち女子メンツに話しかけ男子メンツの表情が強張る。
「なぁに?アンタたちも投げられたいの?」
マリーの言葉に男たちは訳が分からないと言った顔をするが。
「おやおや、せっかく若い女性たちが仲良く過ごしているのに邪魔する男は野暮ですよ」
その時割って入った渋イケオジの姿にナンパ冒険者たちが固まる。
『すみません、ロバートさぁんっ!!』
「さすがは顔が知れてるなぁ」
「座ります?」
俺の逆隣のシーザーがロバートの席を空ければ、ロバートもしれっと加わってくる。
「私よりもロシュの方が知れているのに」
「やめろって、その話は」
「そう言えば先生は何ランクなんですか?」
ふと、レンリが問うてくる。
「私も気になってました!」
サナまで。
「その、大したランクじゃ」
「先生ったら、言わないなら私から」
「いや、リディア、待て!その……あまり大きい声で言うなよ」
「みんな知ってますから構いませんよ」
「ロッバートッ」
お前な!もう……。
「……えs、えすです」
レンリとサナの目がキョトンとする。
「先生ったらもっと自信持ってくださいよ、先生は世界にたったひとりのSSランク冒険者よ!」
『えええぇっ!?』
「うう……恥ずかしいんだってば、それ。できればAランクに籠もってたかったのに」
「させませんよ」
絶対Sランクに推したのはロバートたち同期で、SSに推したのは元Sランク爺たちに決まってる。
今度冒険者ギルドに抗議してやるぅっ。
ぐびっとビールを煽る。
「んもぅ、今日は飲む!」
「抱っこは任せてよ、先生」
「やめろシーザー」
酔い潰れない程度に飲まないと……飲まないと。
「ふふっ、あははっ」
「……リディア?」
「楽しいなって」
「……」
この賑やかさに身を委ねるリディアはとても満たされたように笑む。
「これからも一緒に道場を盛り上げていきましょうね」
「そんなこと言ったって……お前だってそのうち好きなやつのひとりやふたり出来んだろ。ひとり立ちしたっていいんたぞ」
視界をビールジョッキの底に落とす。
「道場の名前」
「え?」
驚いて横を見る。
「何のためにハッター道場にしたんです?」
「……ならそれをお前にやるから」
「逃げないでください、先生」
顔が近い。何で何でもバレるんだ。
「いや、その……」
「私、知ってるんですよ」
「……」
「先生のことだもの」
「それは」
「私たちは混ざりものだから他のみんなよりほんの少し寿命が長いんです。私の寿命は、いずれ先生の寿命に追い付く」
「どこでそれを」
ハッとして目を見開く。
「手紙の返信」
「え?」
手紙の返信と言えば。
「先生の故郷の神官さまから」
「よ……読んで」
そういややけに丁寧に封筒に入れてあった。
「酒瓶と一緒に広げておく先生が悪いんです。隠し見たんじゃなくて……その、見えちゃったんですから!」
そう慌てて弁明するのも根は真っ直ぐな彼女らしいというか。
「いや……いいよ、読まれても。お前になら」
「先生……」
どこか心にしんみりと沁みる。
「俺の血は特殊だからな」
普通の境界の寿命ならハーフエルフと違わないが俺の場合は半々だから少しだけ長い。
「だから一緒にいます。私はあなたの側に」
「リディア」
「あの時迎えに来てくれたのは先生だったから」
「……」
誰かの言葉と重なるのは……いや、違うんだ。いいや、違わないのかもしれない。
【完】




