第3羽 大名は17歳
「話は解った。しかし本当にお前が大名なのか? いまのは作り話じゃないのか?」
ライガーはいぶかしんだ、俄かには信じられなかった。
目の前の、自分よりも年下に見える華奢な娘が、娘が今年召喚された大名であること。
彼女が一度、元の世界で不審な死を遂げているということ。
さらに、暴虐の限りを尽くす他の大名たちの代わりに、わざわざ頭を下げて各地を謝罪して回っているということ。
全てが荒唐無稽で信じられなかった。信じられなかったが、娘の見慣れぬ服装、マントのように羽織られた着物は元は上等であったのだろうが、今はぼろで汚れていること、なにより外で待たせてある、大名直属とおぼしき重装騎士二名の同行が、彼女の話が紛れもない現実であることを裏付けていた。
「貴方のお母様も拉致されて長くなると聞き及んでいます。同郷の者として勇者の、大名の一人として、心よりお詫び申し上げます」
そう言って、娘。—―バニラは深く頭を下げた。うねりのある髪がしたたり、髪飾りが窓から射す光で瞬いた。
変わった形をした髪飾りだ。鳥の羽を模した飾りが放射状に並べられ、華を形成している。
「謝罪はいらぬ。お主が大名だと言うのなら、同じ大名のよしみで俺の母上を返してくれ」
ライガーの口から漏れたのは、血を吐くような切実な願いだった。
薄暗い部屋の壁にもたれる父、ソルジャー・虎徹は地蔵のようにじっとして動かず黙り込んだままだ。ただその父の眼が暗がりの中で鈍く光る。
「お願いはしてみたのですが、近郊で女性をさらっている、大名、帝王からは門前払いでした。実は私と他の大名とは仲が良くないのです。先ほど話したように、こちら側に来る大名は、あちらでは近い時期に死んだのですが。死に場所でもある、学校というのは、若い者が集まって学ぶ施設で、あの……その、その施設の中で私は……日陰者でしたので」
言葉をやや詰まらせながらも、バニラは自虐的な笑みを浮かべ、再度頭を下げようとする。
ライガーはたまらず片手を挙げ、それを制した。
「解った、もういい……大丈夫です。大名……様」
最初はやや冷静さを欠いたライガーだったが、何も悪くないのに畳に額をこすり付けようとする娘を見て、秘かに荒ぶる己を恥じた。自分がいらぬ叱責をすれば娘に酷だ。ただでさえ大名である彼女には使命がある。負担はかけられない。母を奪った当人は、大名であっても決して許すつもりはないが、目の前の彼女にはなんの責もないのだ。そして、ライガーの根底にある誇りが告げていた。礼には、礼を以て返さねばならない、と。
「バニラで結構ですよ、ライガー様。では私はこれで」
すくっとバニラが立ち上がる。ライガーは焦った。彼女を見る、里の者たちのあの異常な視線を思い出したからだ。自身を含め、この里の人間は大名に対して強い激昂と嫌悪を抱いている。大名といえば、権力に守られ、下々とは比べ物にならない贅沢な暮らしをしている不届き者。だが、彼女は違う。彼女は本当の――。
「あ、あの、バニラさん」
「大丈夫ですよ」
振り向いたバニラは、困ったような笑顔を見せた。
「大丈夫。私なら大丈夫ですし、ここの人たちのことは絶対に傷つけませんから」
外では案の定、里の皆がいた。それは出迎えているというより、待ち構えていると形容するほうが相応しい。なにしろ手には得物が握られていた。まるで総出で熊狩りにでも行くような出で立ち、ずっと待機していた騎士二名はこうした待遇に慣れているのだろうか、落ち着いた様子でバニラを待っていた。
バニラが外に出てきたのをみて、誰かが「きたぞ」と声を出したが、それ以上の言葉はない。だ、ただじっと、一人の少女を憎悪の目で睨みつける。
この里は大きくない、それでも五十以上の大人が集まって、少女を仇を見る目でみた。騎士がいるとはいえ、たったの二名。もし争いごとに発展したら、いくら大名が不思議な力を持つといえど危うい。
剣呑な気を全身で受け止めたバニラ、逆光で暗くなった背中がおじぎする。
里の者達に深く、ゆっくりと一礼して歩き出す。彼女に気圧されたのか、包囲にひとすじの道が開く、真っ直ぐに歩くバニラの後ろに騎士も続いた。
「待てよ」
その足を止めたのは、切れ長の目をした里一番の美丈夫、ガーベラ・則宗の声だった。バニラが律儀に足を止めたせいで背後の騎士がつんのめる。身体を傾けながら左右に分かれた騎士の間から振り返ったバニラと、いまだ玄関の戸を開けたまま動けずにいたライガーの中間地点にガーベラが位置していた。
「今度は何をしにきた。虎徹の家は、母親がお前ら大名にさらわれているんだぞ、今度は何を奪ったんだ、返せッ!」
ガーベラの片手は鞘に当てられ、もう片手は柄を握らないまでも、腰の高さまで上げられていた。
「落ち着け、その人は違うんだ」
「ライガー、ここは任せろ、もう何もお前から奪わせやしない」
本来、大名に牙を剥けば一族郎党ただでは済まない。しかし、お供が騎士二名のみという現状を見て、この女大名にはさほど権力も武力もないのだろうという計算が、ガーベラになかったといえば嘘になる。しかしそれ以上に、権力者の好き勝手にはさせないという、無法者らしい剥き出しの正義感が彼を突き動かしていた。
「そうだ、返せ!」
「返せ!」
「死ね!」
「殺せ!」
里のものたちがそれぞれ叫びだす、彼等を見てバニラはまるでロックアーティストのライブ会場のようだと思っていた、それがひどく的外れで、現実逃避だと分かってはいたけれど、あまりの精神的疲労から、彼女の唇は、ほんの少しだけ歪んだ「笑み」を作ってしまった。
それが、里の者たちの導火線に火をつけた。
「総員! 抜刀!」
叫んだガーベラが率先して刀を抜いた。里の者もそれに続く。騎士が背中合わせに互いを守る姿勢になって剣を構えた。
「やめろおおおおおおぉーッ!」
家から飛び出したライガーは、ガーベラの動きを封じようと、背後からその身体を必死に抱きしめた。
「みんな、聞いてくれ、この人はいい人だ! 俺たちの敵じゃないんだ!」
「ライガー忘れたのか、お前の母親は、ジュズさんは、大名の慰み者にされたんだぞ!」
「ああそうだ、しかしこの人が連れ去ったわけじゃないだろ!」
「どけ、ライガー! お前はそいつの妖術に騙されているんだ、目を覚ませ!」
揉み合いの末、力負けして激しく投げ飛ばされたライガーが、地面を転がってバニラの足元へと転げ落ちたのは、まったくの偶然だった。
しかしそのお陰で、ライガーの視界に、あるものが飛び込んできた。
誰も気づかなかったことだが――バニラの瞳の水分量が、急速に膨れ上がっていたのだ。彼女は今にも泣き出しそうだった。
“この人を守りたい”
何故自分がそうするか、理由も目的も置き去りにした衝動は、素早さを生んだ。彼は即座に立ち上がり、両手を大きく広げてガーベラたち五十人の前に立ちはだかった。同時に、周囲のすべての殺気に神経を研ぎ澄ます。
その光景に、誰よりも驚いたのはバニラだった。彼女は大きく目を見開いた。
だが、彼女が涙を流すことはできなかった。状況が、それを許さなかった。
「みんな、逃げてッ!」
バニラの叫び声に、騎士が焦ったように走り出す。二騎がてんでバラバラの方向へ。
みんなとは今まさに刃を向けている里の者たちのことだった。
逃げる? 誰から?
里の者は理解が遅れた。大名を守るはずの騎士が、熊を狩ることが出来る集団を恐れぬ騎士が真っ先に逃げ出していた。重い鎧をまとっているとは思えない速度で村の外と消えていった。
遅かった。
――ドサリ。
突如として、村の外れの林の方から、何か重いものが転がってくる音が響いた。
それは、先ほどまでバラバラの方角へ索敵に走っていたはずの、大名直属の騎士の兜だった。――中身がついたままの、兜だった。
肉と骨が潰された凄惨な臭いが、秋の冷気とともに鼻腔を刺す。直後、林の奥から、言葉にできない悍ましい咆哮が響き渡った。
「ア、アヤカシだ……!!」
誰かが悲鳴を上げた。一人が腰を抜かして尻餅をつき、十人が得物を放り出して一目散に逃げ出した。残された者たちも、あまりの恐怖に戦意を喪失し、林の奥の暗闇を呆然と見つめることしかできない。
その瞬間、バニラの顔から「気弱な少女」の影が完全に消え去った。
この里に来てから、初めて見せる「大名」の冷徹な表情。
彼女は、泥に汚れた上等な着物を、迷いなくその場に投げ捨てた。
着物の下に隠されていたのは、和装とは対極にある、肉体の線を完全に拾い上げるタイトな特殊戦闘服。見たこともない鮮烈な色彩が、薄暗い山里で異彩を放つ。
髪飾りに手を触れたバニラが短く息を吐いて、告げる――。
「外装――覚醒!!」
次回予告
白いマフラーなびかせて、仮面の下で誰を想うのか。
歩みは戦場、心は修羅場、その魂に安らぎはあるのか。
ゴングは鳴った、拳は唸る。
勝つか負けるか、己はやるのかやらぬのか。
第4羽「いつか見た人のように」
大剣は、美術品じゃない。




