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虹徹剣羽 ゼンライガー  作者: 雷然
虹の章
3/33

第3羽 大名は17歳

「話は解った。しかし本当にお前が大名なのか? いまのは作り話じゃないのか?」

 ライガーはいぶかしんだ、(にわ)かには信じられなかった。

 目の前の娘が今年召喚された大名であること。

 その()のいきさつ。

 さらに、他の大名の代わりに、謝罪をして各地を回っていること。

 全てが信じられなかった。信じられなかったが、娘の見慣れぬ服装、マントのように羽織(はお)られた着物は元は上等であったのだろうが、今はぼろで汚れていること、なにより外で待たせてある、大名直属とおぼしき騎士二名の同行が、話を裏付けていた。


「貴方のお母様も拉致されて長くなると聞き及んでいます。同郷の者として勇者の、大名の一人として、心より謝罪申し上げます」

 そう言って、娘。バニラは深く頭を下げた。うねりのある髪がしたたり、髪飾りが窓から射す光で(またた)いた。

 変わった形をした髪飾りだ。鳥の羽を模した飾りが放射状に並べられ、華を形成している。


「謝罪はいらぬ。お主が大名だと言うのなら、同じ大名のよしみで俺の母上を返してくれ」


 切実な願い。部屋の壁にもたれる父、ソルジャー・虎徹はじっとして動かず黙ったままだ。その父の眼が鈍く光る。

「お願いはしてみたのですが、近郊で女性をさらっている、大名、帝王(カイザー)からは門前払いでした。実は私と他の大名とは仲が良くないのです。先ほど話したように、こちら側に来る大名は、あちらでは近い時期に死んだのですが。死に場所でもある、学校というのは、若い者が集まって学ぶ施設で、あの……その、その施設の中で私は……日陰者でしたので」

 言葉をやや詰まらせながらも、そう言って再度頭を下げようとするバニラを、ライガーが片手をあげて制する。

「解った、もういい……大丈夫です。大名……様」

 最初はやや冷静さを欠いたライガーだったが、何も悪くないのに畳に額をこすり付けようとする娘を見て、秘かに荒ぶる己を恥じた。自分がいらぬ叱責をすれば娘に酷だ。ただでさえ大名である彼女には使命がある。負担はかけられない。母を奪った当人は、大名であっても決して許すつもりはないが、目の前の彼女にはなんの(せき)もないのだ。そしてこうも思っていた。礼には礼をもって返さねばならない。


「バニラで結構ですよ、ライガー様。では私はこれで」

 そう言って、バニラは立ち上がる。ライガーは焦った。彼女を見る里の者達の様子を思い出していた。自身を含め、大名に良い印象を持っていない者たちは多い。彼等は権力に守られ、俺達下々とは比べ物にならない暮らしをしている。だが彼女は違う、彼女は本当の――。

「あ、あの、バニラさん」

「大丈夫ですよ」

 振り向いたバニラは、困ったような笑顔を見せた。

「大丈夫。私なら大丈夫ですし、ここの人たちも傷つけませんから」

 

 外では案の定、里の皆がいた。それは出迎えているというより、待ち構えていると形容するほうが相応しい。なにしろ手には得物が握られていた。まるで総出で熊狩りにでも行くような()で立ち、ずっと待機していた騎士二名は慣れているのだろうか、落ち着いた様子だ。

 バニラが外に出てきたのをみて、誰かが「きたぞ」と声を出したが、それ以上の言葉はない。ただ、ただじっと(にら)む。

 この里は大きくない、それでも五十以上の大人が集まって、少女を仇を見る目でみた。騎士がいるとはいえ、たったの二名。もし争いごとに発展したら、いくら大名が不思議な力を持つといえど危うい。

 剣呑な気を全身で受け止めたバニラ、逆光で暗くなった背中がおじぎする。

 里の者達に深く、ゆっくりと一礼して歩き出す。彼女に気圧されたのか、包囲にひとすじの道が開く、真っ直ぐに歩くバニラの後ろに騎士も続いた。


「待てよ」


 切れ長の目をした美丈夫(びじょうふ)、ガーベラ・則宗(のりむね)が声をかける。バニラが律儀に足を止めたせいで背後の騎士がつんのめる。身体を傾けながら左右に分かれた騎士の間から振り返ったバニラと、いまだ玄関の戸を開けたまま動けずにいたライガーの中間地点にガーベラが位置していた。


「今度は何をしにきた。虎徹の家は、母親がお前ら大名にさらわれているんだぞ、今度は何を奪ったんだ、返せッ!」

 ガーベラの片手は鞘に当てられ、もう片手は柄を握らないまでも、腰の高さまで上げられていた。

「落ち着け、その人は違うんだ」

「ライガー、ここは任せろ、もう何もお前から奪わせやしない」

 本来、大名に逆らえばただではすまない、しかし御つきが騎士二名のみとあって、この女大名はさほど権力がないのだろう、そういう計算が無かったといえば嘘だ。しかしそれ以上に権力者の好き勝手にはさせないという、無法者らしい正義感がガーベラにはあった。

「そうだ、返せ!」

「返せ!」

「死ね!」

「殺せ!」

 里のものたちがそれぞれ叫びだす、彼等を見てバニラはロックアーティストのライブ会場のようだと思っていた、それが的外れであることは彼女にも解ってはいたが疲れのたまっていた彼女は少し、ほんの少しだけ笑顔をつくってしまった。

「総員! 抜刀!」

 叫んだガーベラが率先して刀を抜いた。里の者もそれに続く。騎士が背中合わせに互いを守る姿勢になって剣を構えた。


「やめろおおおおおおぉーッ!」

 飛び出したライガーは、ガーベラの動きを封じようと後ろから抱きしめた。

「みんな、聞いてくれ、この人はいい人だ。いい人なんだ!」

「ライガー忘れたのか、お前の母親は、ジュズさんは、大名の(なぐさ)み者になったんだぞ」

「ああそうだ、しかしこの人が連れ去ったわけじゃないだろ!」

「ライガー、お前は騙されているんだ、目を覚ませ」

 

 揉み合いの末に投げ飛ばされたライガーが、バニラの近くに転げ落ちたのは偶然だった。しかしそのことが、ライガーにとっては幸運だと感じだ。


 “この人を守りたい”

 

 何故自分がそうするか、理由も目的も置き去りにした衝動は、素早さを生んだ。立ち上がり両手を広げてガーベラと対峙。と同時に周囲の全ての動きに気を配った。


 その光景に一番驚いたのはバニラだ、誰にも気づかれなかったことだが、彼女の瞳の水分量が急速に増して、そして――。


「みんな、逃げてッ!」

 バニラの叫び声に、騎士が焦ったように走り出す。二騎がてんでバラバラの方向へ。涙を流すことは出来なかった。状況がそれを許さなかった。

 ――悲鳴。

 村の外、林の方に走り去った騎士の兜が転がってくる。――中身つきで。


「アヤカシだ」

 一人が尻餅をつき、十人が逃げ出した。他のものはまだ立ち尽くして林の方向をぼうっと見ている。

 この里に来てから、初めて大名らしい表情をつくったバニラが、羽織っていた着物を投げ捨てる。着物の下の服は肉体の線に張り付くような形をしており、その色も鮮やかだ。

 短く息を吐いて、告げる――。


「外装――覚醒(アクティブ)!!」


次回予告


白いマフラーなびかせて、仮面の下で誰を想うのか。

歩みは戦場、心は修羅場、その魂に安らぎはあるのか。

ゴングは鳴った、拳は唸る。

勝つか負けるか、己はやるのかやらぬのか。

第4羽「いつか見た人のように」


大剣は、美術品じゃない。

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