第22羽 オーガ
朝廷からきたのだろう。伝書鳩が持って来た手紙には、バニラを生け捕りにするよう書かれてあった。
従わない場合はリラを地下室送りにするとも。
返事を伝書鳩に持たせたソアラは、拳で壁をなぐりつけた。
「何もかもお見通しか、ふざけやがって」
殴られた壁は黒い炭となっていて、ボロっと崩れた。
それから数日後、やってきたバニラ達は何も知らない様子だった。
従者がリラの正体に気づいたが、何ごとにも準備というものがある。ソアラは怒ったフリをして追い払った。
問題は森に配置されたメメタアを倒す程の戦力。
ソアラにも切り札はあるが、まともにやりあいたい相手ではなかった。
夕刻がさしせまって、ソアラは手筈通り多目の食事を老婆に頼んだ。
「配膳はオレがする。料理が終わったら出て行くがよい。奴等の話が本当なら森のアヤカシはもういない、ちと遠いが都までいくことも出来るだろう」
「ソアラ様、わたくしは最後まで……」
「くどいぞ、何度も話はしたはずだ。婆やは今までよくやってくれた、このままこの里に居てもろくなことにはならん」
――ライガー達は今日の調査を終えて、誰も住んでいない城に向かった。門の前には昼間に会った男はおらず、代わりにソアラがいた。
「お前達、昼間はすまなかったな。お詫びというわけではないが、夕食を用意してある。参られよ」
日中に訪れた部屋とは別の部屋に案内される。疲れるほどではないが、階段の多い城の構造にライガーは嫌気がさしていた。
高いうえに無駄に広い。こんなだから管理も維持も莫迦にならぬのだ。言葉にこそしないが、城に住むということがそもそも愚かであると、ライガーはとらえているのだった。
案内された部屋にはライガー達、人数分の食事が用意されていた。
「さて、座ってくれ。酒をついでやろう、自分で言ってしまうが大名じきじきの酌なぞ滅多にないことだ。生涯の誉れとするがよい」
バニラは未成年なのでと、やんわりと断る。それではと注がれた酒を、ライガーはどうも、といいながら一向に口をつけない。
「どうした? 呑まぬのか?」
「大変申し訳ありません、いまは酒の気分ではないので」
「わかった。わかった」
そういったソアラはフクオカを見て、酒の入ったひょうたんをかかげてみせるが、フクオカがやんわり首をふったのを見て、ああそうかと納得した顔を見せた。
「なんにしても長旅で疲れたろう、これぐらいのもてなししか出来ぬが楽しんでくれ」
朗らかにそう言うソアラ、ライガー達は箸をとろうとしない。
「どうしたのだ? 昼間のことならもう怒ってはおらぬ、ほら飯を食え。今年取れた白米だぞ」
「ソアラ君とリラさんは食事はとらないの? もしまだなら一緒にどう? きっとみんな一緒のほうが美味しいわ」
「お、オレとリラはあとで食うから気にするな、ほれ、早く食え」
そう促されても誰も手をつけようとしない。
ライガーはもの言わぬ料理を眺めたあと、やり合うソアラとバニラの間で、視線をいったりきたりさせた。
「どうした! 食え! 食えと言っている!!」
「どうしてそんなに興奮しているの? それとも……焦ってる?」
昔から熱しやすいソアラであったが、大人になって歳を重ねても本質的には変わっていなかった。大名になり力を得て、表面的には色々考えて行動してみても力押しで物事を進めてしまう癖があった。本人もそのことを無意識に自覚しており、結局感情に任せてしまう自身を発見し、なおさらフラストレーションへと繋がるのだった。
「五月蝿い!」
床に穴ができた。木片がささった拳から、血の雫がぽたぽたと落ちる。
「もうよい。手間だ」
「なにがいいの? 説明して」
「だまれ! もうわかっておるのだろう? こいッ! オーガ!」
ソアラが叫ぶと城が揺れた。バニラは地震だと思ったが、それが間違いであることを直後に理解した。ソアラのあけた穴が、下から突き出てきたアヤカシによって、より大きな穴になったのを見てだ。
床に大穴をあけたアヤカシは勢い余って天井まで到達し、あわや激突という瞬間、身を天地逆さまにして天井に柔らかく着地した。
ギシッと天井をしならせ、落ちてくる埃の中、何事もなかったかのように大穴の前に再度着地。
猿か忍者かを思わせる身のこなしだが、背丈は二メートルを超える大男で、手には金棒を持っている。桃太郎に出てくるような鬼をバニラは想像した。
オーガという名前。心当たりがあった。風貌にもわずかに面影がある。
野球部のエースが桜雅という名前だったハズだ。彼が自殺したときのニュースを沈痛な面持ちで、楽しそうに司会者が話していた。
「まって、どういうこと?」
「そうか、知らぬか、知らないか」
バニラの混乱した様子にソアラは笑い出した。こらえきれなくて仕方がないというふうである。
「ははははっ。まだそこまでは知らなかったか。いや、頭が回っていなかったのだな。カカカッ。これまでどんな闘いをしてきたのだバニラよ」
「ぶじゅるるるるる」
「よし、いけッ!」
バニラが何かを言う暇もなくオーガが動く、人類の限界どころか、アヤカシの速度とはこういうものだろうと思っていた速度を超える速度でオーガが接近した。
一歩も動くことができなかった。かろうじて装甲の一部を展開して、防御姿勢をとろうとする。
「げはッ」
装甲がひしゃげ、腕は曲がるべき方向とは違う方向に曲がっている。口から吐き出された鮮血、内臓や胸骨も傷めているとみていいだろう。
戦いの中で染み付いた防衛本能が機能していなければ、今の一撃で死んでいた。
「――ッ!」
ライガーがバニラの元へ駆けつけようとするが、オーガが間に入って止める。
オーガの向こうから、ソアラがライガーを指さして言う。
「ライガー……とか言ったな? 小僧、それにそっちの小娘もだ。このままコイツを置いて立ち去れ。お前達だけは見逃してやろう」
「バニラはどうなる?」
「殺しはしない。勢い余って殺しそうだったが、生け捕りにしろとの命令だったのでな、治療して朝廷におくる」
「朝廷だと?」
「いかにも、お前達にはどうしようもない話だと理解したか? さぁ! オレとオーガの気が変わらぬうちに早く失せよ!」
ライガーが、何かしらを言い返そうと前に出そうになるのを、フクオカが止める。
「その前にひとつだけ答えてちょうだい、あの人。リラさんは今どこ?」
「なに?」
「上の階でしょ? んー? 角の部屋? あちらからしら?」
そういってフクオカが部屋の端の方を指さす。
「なぜ、わかった?」
「おじさん顔に出すぎ、そのでかいアヤカシが来たとき、全然違う方を向いていたじゃない。お兄様! あちらよ!」
「でかした!」
ライガーが背を向け、部屋から出て行こうとする。
「くそッ! おえ! オーガ!」
「があああああああ」
速度も身のこなしも規格外ではあるが、直線的なその動きを、ライガーは見るまでもなく把握していた。
「熊のほうがまだ知性がある」
背中めがけて振られた金棒は、ライガーに当たることなく部屋の扉、さらには外へと繋がる壁をも破壊した。
「くわばらくわばら。っと」
床に伏せていたライガーが起き上がり、部屋の中央、バニラからソアラを遠ざけるように移動した。
壁を破壊したオーガはそのまま外に飛び出し、地面に強く打ちつけられたことが衝撃と音でわかる。
「あの程度ではオーガは死なぬぞ」
「だろうな。だが俺もまだ、全力じゃないッ!」
ライガーが背中の大剣を止め金から引き外す。
「ウオオオオオオオオオオオオオォッ! 変身ッ!」
ライガーの身が炎に包まれ、瞬く間にゼンライガーへと変身した。




