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13 落ち込んだ精霊を褒めて慰めようとしたができなかった

 バーンシュタイン伯爵の館から帰る馬車の中でメモリーが雪月花に謝ってきた。

(無駄骨を折らせてごめんなさい)

「無駄骨って腐葉土のこと?」

(うん、いっぱい食べたらいっぱい成長して雪月花の役に立てると思ったのにごめんなさい)

 その申し訳なさそうな声に、役に立って欲しいとは思っていない、そう言ってしまいそうになったが雪月花は堪えることができた。

 メモリーが食べているとき、腐葉土を背負って運んでいるとき、それ以外の時も折に触れてメモリーとどんな魔石ができるのかしらと将来の話をしていたのだ。

 いまさら口先だけのこの場を適当にやり過ごすためだけの否定をしてもメモリーの心に届かないばかりか、これから先ずっと心が離れても不思議ではなかったところだ。


「領主様の話びっくりしちゃったよね。二人で話し合っていた野望があっけなく終わっちゃった」

(うん。あんなに雪月花が楽しみにしてたのに僕……)

 メモリーの声が尻すぼみに消えてしまう。

「私もメモリーの言うことを聞きすぎました。美味しい美味しい言うので嬉しくなって言われるままに土を用意してしまって。そういえば美味しいと言うのを聞いたことはあっても、食べたいとか食べると魔石ができるとか聞いたことはありませんでしたね」

(うん、食べると美味しいけど食べたいとは思ったことはないよ。魔石も食べたらできるかなんて考えたこともなかった)

「あら? どうしてそのことを言ってくれなかったのですか?」

(ごめんなさい。僕が魔石を作ることができるって雪月花が言ってて、僕自身はそんなこと知らなくてそれでステータスを見たら本当に魔石が作れるって出てたから、雪月花の言うことは正しいんだって思い込んでいて、それで)

「腐葉土を食べていれば魔石ができると思い込んでいたのね。メモリーは謝らなくてもいいのよ、これは二人とも悪かったの。きちんと話し合って周りの人に相談してこれからのことを決めていかなくちゃいけなかったの。これからは小さなことでも相談し合いましょう。だからもう謝らないで、メモリー」

(うん)


 雪月花は腐葉土を背負ってクランホームに帰るのが嫌いではなかった。

 荷物を背負った様は赤ちゃんをおぶった気分にさせ、メモリーが雪月花にかける身体強化はメモリーの働きを体感させるものだった。

 雪月花がメモリーのスキルの違和感のなさを褒め、メモリーが雪月花のスキルの効率の良い使い方を褒めた。

 そのメモリーの声は心に直接語りかけてくるのであって、空気を震わせて耳に伝わるものではなかった。

 だから今聞こえるメモリーの声が震えているのはあってはならない現象で、雪月花はこのクエストを絶対に解決しなければならないと自分自身に誓った。




 バーンシュタイン伯爵が3人娘に紹介した廃坑は昔は鉄鉱石を産出していて、それは始まりの街で使われる金属製品の原材料となっていた。

 だが現在産出できる鉄鉱石の鉄分含有量は低く鉄の仕入れ値が高くなったため、他所から仕入れたほうが安くなっているのだ。

 結果、ここで採掘しても事業としては赤字なため採掘を無期限休止しているが、再開の見込みは立っていないのが現状である。

 3人はこの使われなくなった坑道がモンスターに占拠されないように見張る仕事を伯爵に紹介してもらい、その対価としてここの鉄鉱石を含めた岩を好きにしていいと3人に言ってくれたのだった。


「戦い方を学ぶにも順序というものがある。最初に学ぶのは相手を傷つけることができるようになることだ。野生の動物やモンスターは自分の傷を治すことができないから、もし傷つけられた場合数日後に死ぬ。傷ついたら死ぬことがわかっているから自分たちを傷つけることができる相手と戦おうとはしない。逆に自分たちを傷つけることができない相手はなぶり殺しだ。お前たちも傷をつけられない相手に出会ったらとっとと逃げるのだぞ」


 バーンシュタイン伯爵から始まりの街の南にある廃坑を紹介してもらったフェアリーズ・ガーデンの3人娘は、その翌日に早速訪れたのだった。


「次に学ぶのは相手の攻撃を避けることだ。相手を傷つけたが自分も傷ついたとか可能な限り避けるべきだ。そしてここで重要なのは相手を傷つけることができる状態を維持しながら避けなければいけないということだ。簡単にいうと避けた時に転ぶのは駄目だということ。お前たちは近接戦闘スキルを得ているが、この二つを頭に入れて訓練することにより実戦も効率的になり、レベルを極めた先にある上級スキルもお前たちにとって最適なものが選べるようになるだろう」


 廃坑で3人が任された最初の仕事は軍人のサンドラさんから訓練を受けることだった。


「では私の足さばきに注目して、左足を左前に出し右足を引きつけて剣を振る。右足を右前に出して左足を引きつけて振る。敵の攻撃をかわすのは体ごと円を描くように移動すること。剣は相手に当たっても空振りしても体勢を崩さないようにするんだ」


 サンドラには歌劇の練習の合間に戦闘術を3人で教わっていたが、その時の内容は護身術としてであり、致命傷を負わない技術・逃げる隙を作る技術・始まりの街付近の動物やモンスターの知識だった。

 その時と今回の一番の違いはフェアリーズ・ガーデン3人の立場からくるものだった。

 3人は現在軍の予備兵という職に就いていて、職務として戦闘術を教わっていた。

 予備ではあるが兵士なのでそれまでの民間人に軍の技能を教える教導という呼び名が訓練と呼び方まで変わることになり、また職なのだから当然だが給料をもらっていた。

 そしてこの訓練の肝は相手を傷つけ殺すことを前提にした戦闘技術であることだが、そこまでは3人はまだ気づいていなかったし、サンドラも表に出すことはなかった。


 この訓練に雪月花が必死に食らいついていた。

「足を踏み込む時滑らないように力強く踏み込みましょう……いい感じよメモリー」

 雪月花は積極的に契約精霊のメモリーに話しかけて、そして頻繁に褒めていた。

 アイリスとヒロは昨日のメモリーの落ち込みを知っているので痛々しいものを見る目で雪月花を見ていたが、彼女の必死さを感じているうちに二人もまた自分の精霊に集中したのだった。


(メモリーの声が硬い)

 雪月花は積極的にメモリーに話しかけているのだが、

(はい)(わかりました)(申し訳ありません)

 このように返事が単調で会話が続かず、またメモリーの声に自信がなく感情を籠らせない機械のようにあろうとする意志を感じて雪月花は焦りを覚えていた。

 雪月花が褒めてメモリーの気持ちを盛り上げようとすればするほどメモリーの心が頑なになっていくように思えるのだ。

 では雪月花はどうすればいいのだろう。褒められることに喜びを感じ始めた彼女には褒められても喜ばないメモリーにどう向き合ったらいいのかわからなかった。




 お昼休みに入り、昼食を食べながら雪月花は二人にメモリーとのことを相談したのだが。

「契約主がわからないのに私にわかるわけないよ」

「メモリーは話せないから話したことないし、普段は雪月花の髪留めしてるか土食ってるくらいしか知らないしなあ」

「外から見てるからわかることとかあると思ったのですが」

 アイリスとヒロは雪月花からメモリーとうまくやっていくためのアイデアを聞かれたが、そもそもメモリーがどんな子なのかわからないので答えられる理屈はなかった。


「私、メモリーのおかげで本当に世界が変わりました。色づいていて煌めいていてこんなに素敵なものだったんだって教えてくれた一人がメモリーだから、メモリーにも同じように世界が素敵だと感じて欲しいのですが」

 雪月花の告白には喜びと感謝があり、それは訓練中の必死にメモリーを褒めている言葉よりも素直にここにいる皆の胸に届いた。

「じゃあみんなで遊ぼうよ、この子たちって生まれたばかりの子供だと思うからさ。その色づいていて煌めいてる素敵なことで遊べばそれがメモリーにも届くんじゃないかな」


「発想はいいけど具体的には何をやる?」

 ヒロに問われたアイリスは雪月花に視線を向けた。雪月花にとっての素敵な世界は彼女自身にしか説明できないのだ。

「私が嬉しいのは頑張って結果が出て褒められた時なので、遊んで嬉しくはならないんじゃないかなと思うの」

 その発言はヒロ視点で突っ込まずにいられないものだった。

「つまり雪月花は私たちと一緒にいても嬉しくないんだ、煌めいてないんだ」

「そんなことないよ、そんなことない。二人と一緒にいると昔から楽しかったよ、なんていうかほんの少しだった楽しいことが今ではすごく大きく広がってるのよ。メモリーにとってもそうであって欲しい」


「じゃあ雪月花の遊びは宿題にして、私たちで午後の遊びを決めよう」

「話の流れ的に精霊と一緒に楽しめるのがいいよね」

 雪月花の話を聞いたヒロとアイリスはとりあえず午後に何で遊ぶか二人で決め始めた。

 訓練は時間をかけすぎるとただの作業となって学習効率が低くなり、場合によっては気が緩んで事故を起こすとのことで、訓練は午前で終わり午後は坑道の入り口が見える近さで自由にして良いと言われていたのだった。


「それじゃあ陸上はどうかな?」

「「陸上?」」

「スキルがあると現実ではできないありえない動きができるでしょ。100メートルを5秒で走ったりジャンプして10メートル垂直に飛んだり、私それをやってみたい」

 アイリスと雪月花は自分が走ったり飛んだりするさまを想像してみると気持ちがワクワクしてきた。

 午後からはヒロが提案した陸上競技をこの世界でやってみることに決まった。

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