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強がって行こう! 後

 「……恋バナ?」

 話しかけられて、柏木の存在を思い出してびくりとなる。

 「あ。清、いたんだっけ?」

 「いましたとも。話に夢中になってて存在完全に忘れられてたけどな」

 柏木はのんびりお茶などをすすりながらそんな事を言う。制服の準備はもう終わったらしい。小春にもお茶を差し出すので小春は受取って柏木の対面に座った。

 「ね。夢中になっちゃった」

 「恋愛相談? お前好きな人いないんじゃなかったっけ?」

 「いなかったけど、できたよ」

 ちらりと柏木の顔を見て、でも直視はできなくてすぐに目の前にある座卓に視線を落とす。本人の目でも見つめて言えたらもしかしたら少しは伝わるかもしれないけれど、まだそこまで開き直れないらしい。案外自分の性格も奥ゆかしいんだと変な新発見。

 「……へえ。それ相談してたんだ?」

 柏木はちょっと黙った後そう聞いた。

 「ん? まあ、色々と」

 相談されていたのは自分なのだけど、なんだか結果的に自分にも良い方向にも転がったのだからそれはそれで合っているのかもしれない。

 「どう? そいつは落とせそう?」

 「難しいかも。その人、すごく好きな人がいるらしいんだよね」

 「ふうん」

 「でも、頑張ってみようかな、って」

 「そっか」

 そうか、と柏木はもう一度呟いて。湯飲みをテーブルの上に置く。カタンという小さな音がやけに響いた気がした。

 「じゃあ、小春。俺たち別れようか?」

 「へ!?」

 それはまるでなんでもないことのように、さらりと柏木は言った。

 驚いて。ショックで。小春の心臓がぎゅうと鋭く痛くなる。

 「冗談?」

 首をかしげて聞いたら、柏木は「いやいや」といつもの調子で簡単に否定する。

 「最初からそういう話だろ? お前に好きな人が出来たらふってやるって」

 「……そっか」

 頭が上手く働かない。どういえばいいんだろう? どう引き止めれば、別れないでいてくれるのだろうか? 泣いて頼んだら?

 (……無理だ)

 だって自分は本当の彼女じゃないんだから。別に好きな人がいるのにそんな事されたら、重くてむしろもっと別れたくなるのは必至。ここはいったん引くが良策。

 「分かった」

 小春は頷く。

 (大丈夫。振り出しに戻っただけ。戻っただけだから。また一からアプローチしていけばいい)

 胸の中で何度も自分に言い聞かせる。強気で行こう。強気で。綾音のように。

 名ばかりの「彼女」じゃなくなったってバイトが一緒なのは同じだし、柏木は小春のことを送ってくれるし。一緒に居る時間は前と変わるわけじゃない。

 「……まあ、その好きな奴とやらにふられたら胸ぐらい貸してやるよ」

 「どうもー」

 柏木は立ち上がって、自分の湯飲みを持って休憩室を去って行った。

 (大丈夫、大丈夫……)

 ずっと心の中で呟いているのに。本人がいなくなったら、緊張の糸が切れたように急に目に涙が溢れてきた。

 (大丈夫、だけど。やっぱ偽者でも、彼女、良かったなぁ)

 ぽろぽろと、涙は目から零れ落ちる。普段殆ど泣く事のない自分が! 泣けると評判の恋愛映画でケロリとして女友達の顰蹙を買ったこの自分が!!

 (もしかして、「好きな人」が清だってバレたのかな?)

 ぺッタン子はちょっと、とか言ってたし。本気になられたら迷惑だったのかもしれない。もしそうだったら立ち直れない。でも、それも推測だし。強気に強気に、と心の中で呪文のように繰り返す。

 「おい、三崎! いつまで休憩入って……」

 恐い声で言いながら入ってきた翔人が小春の顔を見て硬直する。

 「ど、どうした!? 柏木になんかされたか!?」

 原因はその人だけど、何かをされたわけではないので小春は首を横に振る。翔人はちょっと安堵したようにほう、と息を吐いた。

 「じゃ、どうしたんだよ? 図太いお前がそんな号泣してんなんて」

 「ず、図太いとか……他に言い方が……」

 翔人が差し出してくれた箱ティッシュからティッシュペーパーを引き出してそれで目を押さえて、ついでに鼻もかみながら小春は反論する。

 「文句だけはいっちょまえに言うな」

 翔人は呆れたように、でもちょっと安心したように少し笑った。

 「で?」

 「……清に、別れようと言われてしまいまして。ちょっと、急にだったもんで色々ショックで泣いてしまいました」

 「は? 柏木が? 別れよう?」

 翔人は混乱した顔をした。

 「あいつが?」

 「はあ」

 翔人の意外な反応に、小春はちょっと呆れてしまう。つい昨日、彼女設定は偽装だと話したばかりなのに。

 「だってあいつ、今朝ここでお前に……」

 言いかけて、翔人は慌てたように片手で自分の口をパッと覆った。

 「なんですか?」

 「いや。なんでもない。忘れろ」

 「えー?」

 「とにかく、そんなに気を落とすな。一から関係築き直すつもりなのかもしれないしな」

 「そのポジティブさが今の翔人さんを作ってるんですね」

 何度ふられても茉莉香を想い続けるような。

 「何が言いたい」

 「なんでもないです」

 「生意気な口きいてる暇あったら、仕事もどれよ。休憩終わってんだろ」

 「はーい」

 泣いたら気分が大分楽になった。翔人に話していたら更に気が軽くなった。人に話すと楽になるらしい。涙も止まったし、気分も落ち着いた。小春は「よしっ」と自分に掛け声をかけて、立ち上がる。

 「あ。翔人さん。近々空いてる日、私にメールしといてください! 綾音と私と三人でご飯行きましょう!」

 「は? なんで俺がお前と。大体綾音って誰だよ?」

 「腕時計の子ですけど」

 言ったら思い出したかのように翔人が嫌な顔をした。

 「その時返せば良いじゃないですか。いいですよね?」

 「お前、強引だな……」

 「たまには茉莉香さん以外の息抜きも必要ですよ」

 言ったらちょっと睨まれた。

 「さっき泣いてた奴の言葉とは思えねえ」

 「あはは。こういう人間ですって。……駄目ですか?」

 聞いたら翔人はため息をついた。

 「いいよ。助かる。後でメールしとく」

 「やった。お店探しとくのでリクエストあったら一緒に書いといてください」

 言い残して、慌てて小走りに厨房に戻る。

 「遅くなってすいません!」

 「ん? どうしたの?」

 言いながら紺野が振り返ってちょっとぎょっとする。

 「ミサちゃんどうした!? 目ぇ赤くね!? 翔人になんか意地悪された!?」

 (紺ちゃんはでかい声でいらんこと言う名人だ……)

 小春はややげんなりする。ちょっと目が赤いくらい気を使ってそっとしておいてくれてもいいのに。柏木だって紺野の大声に驚いてこちらを見るし! 柏木のせいで泣いた事がばれたらなにかと気まずい。更に重い女と思われても嫌だし。

 「間違えて、メンタム塗った手で目の周り触っちゃって」

 「マジで!? そりゃ痛いわ。悶えただろ」

 「悶えた悶えた。……ごめん、せ、柏木君準備やらせちゃって」

 適当に紺野に相槌を打ってから柏木の方に向く。いつものクセで清と言いそうになり、仕事中は苗字だ苗字、と慌てて言い直した。

 「いえいえ。大丈夫だよ三崎さん。向こうの卓お願いできる?」

 柏木は何故かにっこりと笑って猫被りモード。

 (し、翔人さんもいないのに何故……!?)

 思いながらなんとなく聞きがたく、大人しく従った。

 (そういえば、メニュー表と座席表の事、報告したかったのにな)

 そんな事を考えながら。

 帰り道にでも報告すればいいやと思ったのに、その日は帰り道も柏木は言葉少なで、なんだか話づらくてできなかった。

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