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自分発見 後

 小夏から頼まれたウェルカムボードは、ちょっと前に完成していた。でも、デザインを描いた時から感じていたなんとはなしの物足りなさはどうしても消えなくて。今出来る一番最高を、と思って作ったものなのに、思い通りのものを作った筈なのに、何故だか今ひとつ何かが足りない気がしてならなくて。なんとなく「出来ました」と連絡できないでずっと小春の部屋の片隅に置いてあった。

 家に帰ってから小春はそれをもぞもぞと引っ張り出す。

 (今なら、描ける気がする)

 何でなのかよく分からない。でも、柏木の事を好きだと自覚したら。苦しくて辛いはずなのに、それでもどこか甘くて幸せな気持ちが胸の中にあって。そういう色々な気持ちが小春の何かを掻き立てた。頭の中に突然イメージが色鮮やかに湧いてきて、デザインを形作る。

 (ああそっか。ウェディングだもんね。こういう恋心が分かってない私には敷居が高かったのかも)

 額はそのままで良い。ただ、中身が問題だ。小春は額から中の紙を引っ張り出して抜くと、ぐしゃぐしゃと丸める。白い紙を出してきて、デザイン画を描き始めた。


 「おはようございます」

 大きなボードを持ってGrain de rizにの前に立つと、丁度来たばかりであろう紺野と店の目の前で遭遇した。紺野は「うわ」と叫んで驚いた顔をする。

 「どうしたの? こはにゃん。早くない? 忘れ物?」

 「早くない?」は「バイトには早くない?」ではなく「朝早くない?」という意味だろう。結局徹夜でウェルカムボードを仕上げてしまった。まだ期日寸前というわけではないのだけど、すぐに形にしないと湧いてきたイメージが逃げてしまうような気がして。そして仕上げてすぐにここに来た。これはもう、午前中は学校を休んで寝るしかないと諦めている。でも、とりあえずこれだけは。

 「ううん。ちょっと確認だけしたくて」

 「確認?」

 怪訝な顔をする紺野の前で小春は手を伸ばして、自分の描いたウェルカムボードの紙を広げてみる。店を背景にして、それを見てみて。

 「うん。完璧」

 思わず自画自賛してしまう。

 「お。できたんだ!」

 紺野も横から興味津々に覗き込んで、「うぉ!?」とまた驚いた声を上げた。そのあと「すっ」と言って黙ったのでどうかしたのかと小春が紺野の方を振り向こうとしたくらいの間を置いて「っげえーーーー」との感嘆。

 「うわ。洒落てんなー。かっけー。すげえ。正直こはにゃんがこういうの描けるとは思わなかった。美大生って予想以上だな」

 大袈裟な賛辞にちょっと恥ずかしくなる。

 「ありがと紺ちゃん。……小夏さんに気に入って貰えるといいんだけど」

 「絶対なっちゃん喜ぶと思うよ、これ」

 「そうかな」

 ちょっと安心して小春は笑って、それから帰ろうとして紙をゆるくまるめて「じゃあ、紺ちゃん……」と言ったら「待った」と止められた。

 「こはにゃん、お忘れでないかい? 君は一人で行動してはいけないという事を。しかもこんな人通りの少ない早朝に」

 「……あ」

 お忘れだった。興奮してすっかり。

 思い出したような小春の声に、紺野は呆れたようにため息をついて苦笑する。

 「そのクマの様子だとどっちにしろ学校はサボるつもりでしょ? 休憩室でちょっと寝ていきな。そのうち誰かに送らせるから」

 「いや、紺ちゃんと二人っきりに店とか危ないから」

 本当は思ってないけれど。流石に私用で来た小春をざわざわ送るのは誰にしたって迷惑だろうと断ろうとする。

 「うおぉ、俺信用ねー! 大丈夫だ。翔人もすぐ到着する。それでもヤローだけじゃ不安だと思うなら俺の奥さんを呼ぶ」

 「お、奥さんは見てみたいけど悪いからいいよ! あ、じゃあもうちょっとお店で寝てていい? 8時頃になったら起きるだろうから弟かお兄ちゃんに迎えに来てもらう」

 「おおそうかい。じゃあそれまで寝てな」

 交渉が成立して、小春は店の中に招き入れられる。休憩室でいつぞや茉莉香が寝ていた布団に横になったらすぐに眠りが降りてきた。

 

 なんだか幸せな夢を見ていた。柏木が猫被りじゃない本当の顔で笑っていて、小春に「好きだよ」なんて言うのだ。笑ってしまうくらい幸せな夢だ。ありえない夢だ。ああ、あり得ないから夢なんだと妙に冷静考えてしまう。夢の中でも自分は若干甘いものとは程遠い。でも、甘い夢はそれでは終わらない。柏木が大きな手で小春の顔にかかった髪に優しく触れて、それをきちんと顔の脇に整えて、その手で小春の頬に優しく触れる。顔が小春の顔にどんどん近づいてきて、唇に柔らかい感触が……。

 (やばい、私、妄想がすぎる……!)

 夢なのに自分につっこんで目を醒ます。これじゃあ痛い人だと自分を戒めながら目を開けたら目の前に柏木の顔があったので二重でびっくりだった。小春がぱっちりと目を見開くと柏木はちょっとぎょっとしたような顔をした。手が何故か宙に浮いている。

 「うお。急に目を開けんなよ。びっくりすんだろ」

 普通だ。

 柏木は小春の方に傾けていた上半身を起こして言う。

 「こっちこそびっくりなんだけど。なんで覗き込んでんの?」

 小春も身を起こし、髪を手櫛で整えながら文句を言う。

 「お前がなんか寝言言ってたから聞き取ろうと思って」

 「げ。何て言ってた?」

 後ろめたさで思わず背筋がひやりとする。柏木に対する告白的な事を言っていたらアウトだ。

 「聞き取ろうとしたらお前目ぇ開けんだもん」

 (セーフだ……)

 無意識に唇を押さえながらそう思う。若干罪悪感。目の前の人を勝手に夢の中に登場させてあまつさえ、自分に都合の良い展開の夢を。肖像権侵害申し訳ない。

 (それにしても、リアルな夢だった)

 まるで、感触がまだ唇に残っているような…。

 「ところでもう睡眠は充分か?」

 柏木の問いかけに小春は慌てて頷く。

 「うん。っていうかなんで清がいるの?」

 「店長に彼女を引き取れと呼び出された他にどんな理由が」

 「……す、すいません。ちなみに今何時?」

 「10時半」

 (お兄ちゃんもアキも家出ちゃってるなあ)

 まさかこんなに寝坊するとは。

 「睡眠が充分なら荷物を持て。これからウチ行ってついでにウェルカムボードをイツ兄に届けるぞ」

 「へ!?」

 「店長が早速イツ兄に絶賛メールを送ったからイツ兄にばれた。すぐにでも見たいんだと。変なトコで我侭なんだよ」

 「でも私、額とイーゼルは家に置いてきちゃったよ。重いから」

 言ったら柏木は面倒くさそうな顔をした。

 「しょうがねえな。じゃあ、お前ん家寄って、それをピックアップしてくか」

 小春は上着を着て荷物を持ちながら思い出して言う。

 「あと、家帰ったらちょっとシャワー浴びていい? 昨日から浴びてないんだ」

 「汚ねーな」

 「だってなんか、夢中になっちゃって。シャワー浴びてる間、リビングで母が相手しててくれるよ」

 「荷が重い」

 「じゃあリビングでDVD見ててよ」

 「せめてお前の部屋通せよ」

 「乙女の部屋は秘密の花園だから」

 「お前さては部屋汚いな」

 図星だ。

 「……も、モノが多いだけなんだよ!?」

 言い訳しても、柏木は半信半疑、というより九割疑という感じの目で小春を見てくる。なんかもっといい言い訳はないものかと考えようとして小春はふと気づいた。

 「清、お酒臭い?」

 「ばれたか」

 「朝からお酒飲んでるの?」

 小春が非難するように言ったら、柏木はちょっと顔をしかめた。

 「違う。夜から」

 「は!?」

 「友達ん家で。なんか気づいたら徹夜だった。ちょっとうとうとしてたら店長から電話かかってきてお前迎えに来いとか言うからそのまま来た……酒抜けてねーから車じゃなくて徒歩な」

 「えー。護衛として酔っ払いってあてになるのお?」

 「任せろ」

 柏木は自信満々に言って歩き出した。

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