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[Arrange] Happy Birthday

 いつもありがとうございます。

 皆様に支えられて『ちゃい・む』は開店一周年を迎えることができました。

 紅茶を通してほっとするひと時を過ごしていただけると幸いです。

「こっち、終わったわ。 お料理はまだ?」


 ぱたぱたと雑巾片手に戻ってくる彼女に彼は手を休めず、応じる。


「まだです。 電話があったからもうすぐ着くでしょうけれど・・・とりあえず、カトラリーのほう、お願いできますか?」

「はぁい」


 手を洗いに行った彼女を見送り、作業に戻る。 手際よく各種フルーツを刻んでボウルに移して。 着々といっぱいになってゆくボウルに目をやってまだ足りないな、と考える。

 普段は休業日の今日だが、開店記念日なのでお得意様や友人たちを招いてのパーティーをする。 その準備で午前中は完璧につぶれそうだった。 店内の掃除は昨日からかかってなんとか終わらせた。 後は飾り付けとお皿や食器の用意、パーティーで出す料理やお菓子の準備を残すのみ。 料理とお菓子は友人のレストラン・シェフがいつも通り全面的に引き受けてくれたので彼がやってくるのを待つだけだ。 だが、店の主人として何もしないのは、と思い立ち、彼はこうしてキッチンに立っているのである。


 りんご、オレンジ、キウイ。 さくさくと皮を剥いて一口大に切って。

 いちご、ラズベリー、ブルーベリー。 ヘタを取り、軽く洗って。


「さて・・・少し甘めにしておきましょうか・・・」


 刻み終わったくだものに少しだけ砂糖を振ろうとして、ふ、と手を止めた。 しばしの黙考。フルーツの山をわずかだけきれいな硝子の器に取り分ける。


「・・・これくらいは、いいですよね」


 くす、と小さく微笑んで自分に言い訳し、作業の続きにとりかかる。 砂糖を振ってざっくりと混ぜたところで扉がしゃらら・・・ん、と透明な音をたてて開いた。


「わり! 遅くなった!」

「いらっしゃい。 まだ時間はありますよ。 こちらこそすみません」

「いらっしゃい。 よろしくね」


 現れた大きな男がよ、と手を挙げてキッチンに直行してくる。 彼はひょい、と大きなボウルと硝子の器を持って場所をあけた。 これから先、ここはこのシェフの独壇場だ。


「お? 何か作ってたのか?」

「ええ。 もう終わりましたから」


 軽い会話を交わしてカウンターに移動する。 後の作業はここで充分だ。 手早く下拵えを終えて彼女の作業を手伝いに行く。


「お待たせしました。 手伝いますよ」

「あら、だいじょうぶなのに」


 ころころっと笑って、それでも仕訳の終わっていないフォークやらスティックやらを寄越してくるのにちょっと苦笑。


「まだたくさんあるじゃないですか。 二人でやれば早いですよ」


 カトラリーを種類ごとに籠やトレイに入れてきれいにセッティングされたテーブルに置いていく。 そうこうしている内にキッチンからはいい匂いが漂ってきた。


「あら、おいしそうな匂い♪ 今日のメニューはなにかしら、シェフ?」

「特製ローストビーフと野菜のプチ・サンドウィッチに温野菜サラダ、キッシュにライス・コロッケ・・・え~とあとは・・・」


 次々と上げられるメニューに、相変わらずすごいなぁ、と感心する。 それだけあれば充分だろう。


「そうそう、ケーキはお楽しみ、な。 レディに受ける特製だから。 全部で五種類だ」

「きゃぁ♪ もちろん紅茶に合うわよね?」

「酒にも合うぞ~」


 楽しそうな会話にくすくすっと笑う。 お酒にも合うケーキ。 それならアレンジティーも用意しなくては、と頭の中で材料をチェックする。 注文次第ではワインティーなどもいいかもしれない。

 やがて出来上がった料理がテーブルに並び始める頃、彼はシェフに断って紅茶を入れる。 準備を手伝ってくれた二人にねぎらいの意味でメニューにはないブレンドティーを、それからもうひとつ別の紅茶を。


「お? それ、なんだ?」

「あ・・・あれ、作るの?」


 カウンター席で休憩しながら彼女とシェフが彼の手元を覗き込む。 ちょっと笑って彼は作業を続ける。

 大きなポットで入れたソフトブレンドの紅茶。 充分に香りがたつまでの間にフルーツのボウルにスピリッツを注ぐ。 そこに静かに紅茶を足して軽く混ぜ、砂糖を完全に溶かす。


「パーティーですから、こんな変わったカクテルもいいでしょう?」


 透明なガラスのボウルの中で色とりどりのフルーツがゆらゆらと揺れる、薄茶のカクテル。 今回はウォッカを使ったからかなりきついはずだ。


「おー! これが噂の『ちゃい・むのティーパンチ』か?」

「噂になってるんですか?」


 ちょっと苦笑。 これはアルコール度が高いし、少量では作れないから滅多に入れないのだ。 そういえばこのシェフには出したことがなかったな、と思う。


「食事が終わる頃に飲み頃ね。 やっぱりこれがメインかしら?」

「ははっ、や~っぱスペシャルだろ? ど真ん中にどーん、てな♪」

「や、やめてくださいよっ。 もっと豪華なお料理があるじゃないですかっ」

「真ん中、ティーパンチで~、周りはグラスで飾って♪」

「じゃ、料理はこっちからな~」

「ちょっと! ふたりとも!」


 彼の声などわざと無視してきゃわきゃわとセッティングを変えている二人にため息をつく。 どうせ敵うわけもなし、と半ば諦めてこっそり作業を続けながら。




 そしてにぎやかで暖かいパーティーもたけなわ。 ティーパンチは大人たちの間で絶賛された。 未成年は残念だけど、アルコール抜きのアレンジティー。

 カウンターからホスト抜きでも盛り上がっている店内をみやって彼は微笑む。


 こうして集まってくれる友人たち。

 少しだけでも、と顔を出してくれたお客さまたち。

 カクテルを彩るフルーツのようにいろいろな人たちがいて、この店に関わってくれて。

 この笑顔が、紅茶を楽しんでくれる気持ちがうれしくてこの店を続けてきたのだ、と。

 そして感謝する。 隣に寄り添うパートナーに。

 彼女がいたからがんばってこれた。


「ん? 疲れた?」


 ふわ、と微笑みかけらて微笑みを返し、彼はそっとグラスを彼女に渡す。 きらきらと光を混ぜこんだようなティーパンチ。 けれどグラスから仄かに立ち上る香気は絶賛されているそれとは微妙に違う。 さきほど取り分けておいたフルーツでごく少量作ったスペシャル・カクテル。 ウォッカではなく珍しいブランデーとストレート・ティーで作られたそれが本当の『茶・夢のティーパンチ』なのだ。 受け取った彼女がちょっと目を瞠ってからうれしそうに笑った。


「ふふっ、乾杯しましょ?」


 少女のような笑みに誘われて軽くグラスを合わせる。


「この一年、ありがとう。 これからもよろしく」


 そっと言葉にすると、くすくすっと笑った彼女が彼の肩に軽く身を預け、見上げて囁く。


「ハッピーバースディを『ちゃい・む』に。 これからもずっと、何度も、ね」



             *** 紅茶専門店『ちゃい・む』開店一周年 ***


              *** 一年間、ありがとうございました ***

 いつも訪れていただいてありがとうございます。

 紅茶とともにあるほんのひと時の情景はいかがだったでしょうか?

 少しでもゆるりとしていただければうれしいです。

 『ちゃい・む』で綴られるひと時はダージリンに始まってちょうど一年、このお話で完結とさせていただきます。

 まだまだ奥の深い紅茶ですからある日突然、天啓がくるかもしれませんが、今はこれまで。

 一年間、ありがとうございました。


【ティーパンチ】

 ティーパンチは紅茶を使ったカクテルのひとつ。

 色とりどりのフルーツで作るカクテルで有名なのはサングリア(ワインベース)だが、こちらは癖の少ないスピリッツ系のお酒に紅茶とフルーツを加えて作る。 入れるフルーツや紅茶はお好みで。 甘いカクテルがお好みなら砂糖やハチミツを加えるのもいいかも。

 茶・夢のパーティー用ティーパンチは某ロシアのスピリッツベースで紅茶はマスターのティーパンチ用ブレンド。 『本物の茶・夢のティーパンチ』はギリシャの某ブランデーベースで紅茶は某三大紅茶のひとつ。 応用範囲が広いデザートカクテルなので、ぜひお試しを。

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