第9話 丸太小屋2
ノームとの戦闘が始まった。
中角は3体の精霊をそれぞれ呼び出し、鳴狼も含めて命じた。
中角を中心に、雲泥濘、沙羅曼蛇、死流婦、そして鳴狼の四人が四方を守る形で陣形を組む。
某帝国の十字陣形を彷彿とさせる、鉄壁の布陣だ。
「――というわけで、鳴狼よ、一番後ろのお主の立ち位置が一番安全だ。
安心して戦え」
「いやいや、あいつはまだどんな攻撃を仕掛けてくるか全くわかってねーだろ!
それにここだとよく見えないし、おまけに後ろからじゃ俺の足の速さが活かせねーって!!」
「全くワンコ君はうるさいわねえ。早く構えなさいよ」
「そうですよ、いつ攻撃が飛んでくるかもしれませんよ」
「……判断が、遅い……」
「フォフォフォ、言われておるぞ鳴狼よ」
「て、てめーら、勝手なことばかり……!」
相変わらず統率の取れない一行である。
だが、そんないつものやり取りをあざ笑うかのように、ノームは不敵な笑みを浮かべた。
ノームは全身から濃密な霧を吹き出し、辺りは一寸先も見えないほどの霧の中へと閉ざされていく。
鳴狼がぼそりと呟いた。
「何か、あいつの見た目のせいか、汗の蒸気に見えるな……」
「やめんか!あえて言わなかったことなのに、想像してしまうではないか!」
「俺だっていやだぜ!
……だがこいつは単純だが結構効果的な技じゃねーか?何も見えねーぜ」
「フッフフ、いくら濃いとはいえ、しょせんは霧じゃ。
それに、属性相性を覚えておるか?
つまり、こういう事じゃ!」
中角は勝ちを確信したように、カッコよく印を切る。
そして死流婦に向けて命じた。
「死流婦よ、お主の風の力で、この霧を吹き飛ばすのじゃ!!」
「なるほど、そう言う事か。確かに属性相性バッチリだぜ!
頼むぜ、シルフのお嬢ちゃん……って今はお姉さん?なのか?」
命を受けた死流婦は手に持った包丁を、霧を追い払うかのように振り回した。
が、全く効果がない。
「あ、あれ……?シルフ、さん……?」
「死流婦よ、一体どうしたというのじゃ」
相変わらず包丁を振り回しながら死流婦が答える。
「……駄目……。この姿だと、風を上手く操れない……」
「何と、顕現した姿によって、使える能力に差があると申すか!?」
それを見た鳴狼は大きく頭を抱えた。
「だから言わんこっちゃねぇ!
中角、お前が変な漢字を当てはめて召喚するからだぞ!
もっと、こう、風っぽい要素が必要だったんだよ。
つーか、出会った時の姿のままでよかったんじゃねーのか…!?」
「うむむ、まさかそんな弱点があるとはのう。
じゃが今更どうしようもない、この状態で勝つ方法を考えねばならん」
その時、霧の中からいきなりノームが現れ、中角に向かってあの巨大な斧を振り下ろしてきた。
「うおっ、あぶねえ!!」
間一髪、鳴狼が中角を突き飛ばし、斧はたった今まで中角がいた空間を切り裂いた。
「ちっ…!」
攻撃が外れたノームは、追撃をせず再び霧の中に消える。
どっと噴き出してきた冷や汗をぬぐいながら、鳴狼は霧の中をキョロキョロと見まわした。
「今のはやばかったぜ!ああいう戦い方をするのか!
ガタイに似合わず、堅実な奴だぜ!!」
「うむ、実に見事な作戦じゃ。このままでは新しい作戦を練る間もないぞ!」
中角は感心したように頷いている。
「とりあえずアクア・シールドの影に隠れてろ!
半分は防げるだろ、もう半分は嬢ちゃんの包丁で守ってもらえ!」
「……ひとまずはそうするしかなさそうじゃな。雲泥濘、死流婦、頼むぞ!」
「はいはーい、あたしにお任せ。アクア・シールド!!」
「……分かった。がんばる……」
二人が前後から中角を守る形で並び立った。
その横で陣形から外れた沙羅曼蛇が手持ち無沙汰になっている。
「あのう、僕はどうしましょう?」
中角は少し考えると、すぐさま新しい作戦に切り替えた。
「沙羅曼蛇よ、お主は辺りに炎を発生させ、この霧を蒸発させるんじゃ!」
「わかりました、やってみます」
沙羅曼蛇がいそいそと炎の塊を発生させたが、あまりの霧にほとんど効果がない。
宙に浮いた炎は、霧の中でまるで篝火のように光っていた。
鳴狼は頭を掻きながら、うんざりしたように息を吐き出した。
「参ったなこりゃ……」
その時霧の中から再びノームの巨体が現れると、またもや斧が中角を狙って振り下ろされた。
アクア・シールドが素早く受け止めるが、あまりの威力に、斧の先端は分厚い水の盾を貫き、中角の懐に食い込んだ。
「キャーー、オジサマ!?」
「中角さん!?」
「……まずい……」
「うおっ、中角!?……やろう、やりやがったな!!」
鳴狼が即座に反撃するが、ノームはさっと霧の中に身を隠してしまう。
「おい、中角!大丈夫か!?勝手に死ぬんじゃねーぞ!?
お前が死ぬのは勝手だが、くだらん術のせいで俺まで死んじまうじゃねーか!!」
鳴狼はとっさに駆け寄ると、倒れた中角を必死に抱え起こした。
傷の深さはどれくらいだ!?まさか致命傷ではあるまいな!?
鳴狼の脳裏に最悪のケースが浮かぶ。
だが中角は何事も無かったのようにむくりと起き上がった。
「お、おい、平気なのか……?」
中角は懐に手をやると、何やら取り出した。
その手には、真っ二つに割れた中角の石像が握られていた。
「ふっふっふ、沙羅曼蛇がくれたこの像を懐に入れておいたお陰で、何とか命拾いしたわい。
じゃが、すまんのう沙羅曼蛇よ。今ので折角の像が壊れてしもうたわい」
中角の懐で、石でできた像が斧の切っ先を防いでいたのだ。
「そんなこと構いませんよ!また作ればいいだけです」
「わあ、オジサマ素敵!ラッキーボーイね!」
「……かっこいい……」
「マジか!?何ちゅう幸運だよ!
……だが、二度はねーぞ。このままじゃジリ貧だぜ!?」
中角のあまりの豪運にほっと胸を撫で下ろした鳴狼だが、すぐに次の不安が浮かび上がった。
すでに像は割れてしまった。同じ奇跡は起こるまい。
だが、中角は平然としていた。
「いや、もう二度とあの手は食わん。今のでいい作戦を思いついたわい」
それを聞いた鳴狼はいつも通り眉を顰める。
「……お前のいい考えは、そのまま信じられた試しがねーからなあ。
だが、この際贅沢は言ってられん、どうするんだ!?」
「詳しい説明は後じゃ!
鳴狼、とにかくお主はワシの合図で全力で攻撃するんじゃ!」
「わ、わかったよ!……本当に頼むぜ~~」
中角は素早く印を切ると、3体の精霊をそれぞれ召喚解除した。
全員が煙のように消える。
雲泥濘のアクア・シールドも消えてしまった。
「おい、危険だぞそれは!?」
「この作戦には必要なんじゃ。お主もじゃ鳴狼、紙型に戻っておれ」
そう言うと中角は鳴狼も紙型に戻し、完全に無防備な状態で一人立った。
「一人でどうするつもりなんだ!?」
「いいから黙っておれ、お主の役目は、わしの合図で全力で攻撃すること、それだけじゃぞ!」
「しょーがねえ……、中角、てめーを信じるぜ!!」
すると中角は、鳴狼が入った紙型を一本の木の根元においてその場を去ってしまった。
(中角の奴、一体どう言うつもりなんだ!?)
辺りに誰もいなくなった木の根元で、小さな紙型に入った鳴狼は中角の意図を測ろうとしたが、全く想像もつかなかった。
(合図とやらはいつなんだ。何が起きるのか、全くわからねーぜ)
その時不意に霧が割れると、ノームの巨体が現れ、三度斧を振り下ろしてきた。
だが今回の凶刃は、よりにもよって紙型の鳴狼に向かって振り下ろされた。
当然鳴狼は紙型なので動く事は出来ない。
(ひぃぃっ!!)
斧は鳴狼が置かれた木を直撃し、その幹をまるで羊羹のように割きながら地面にまで到達した。
恐るべき膂力である。
あわや、紙型も真っ二つかと思われたが、僅かにかすった程度で、直撃は避けられた。
「何っ!!木だと!?」
勝利を確信していたらしいノームは、意外な対象に驚き、一瞬動きが止まった。
「今じゃ!!顕現せよ鳴狼!!」
「ちくしょーーー!言われなくてもわかってらぁ!!
てめぇ!!尻尾の先がちょっぴり短くなっちまったじゃねーか!!!」
至近距離からの鳴狼の恨みを込めた一撃が決まり、勝負はついた。
*
戦闘後。
中角は再び精霊たちを召喚していた。
その中角に鳴狼が詰め寄る。
「中角てめぇ、俺をおとりに使いやがったな!」
「ワハハハハ、それが一番効果的だと思ったでのう。
見事大当たりじゃったろう」
「笑い事じゃねーぜ!
あの一撃が外れたから良かったものの、食らってたらお陀仏だったんだぞ!?」
中角はニヤリと笑う。
「虎穴に入らねば何とらやじゃ。
それに、恐らく直撃する確率は低いと見ておったんじゃ。
置く位置も木の幹の中央から少しずらしたし、少なくとも風圧で少しは吹っ飛ぶと思ったからの」
「くそっ……!まあ言われればそうだがよ、マジで焦ったぜ……」
中角と鳴狼がいつものようにやり合っていると、精霊たちが二人のそばに集まってきた。
雲泥濘が首(と思わしき部分)をかしげながら訪ねた。
「ねぇオジサマ、一体戦いはどうなったのよ?
私たちは召喚が解かれていたから、何も見てないのよ」
「おお、そうじゃったな。一つずつ説明しようかの。
まず『のーむ』があの霧の中で、どうやってわしらの位置を正確に特定しているのかを考えたんじゃ。
あの霧では奴だって視界は効かんはずじゃからの」
沙羅曼蛇が頷く。
「確かにそれはそうですね。
僕たちも同じように見えませんでしたから。
それで彼は一体どうやって位置を知ってたんですか?」
「うむ、奴はワシらの気配を読んでおったのじゃ。
正確に言うとお主ら精霊の気配と、わしと鳴狼の霊気じゃがな。
お主らに初めて出会った時のことを思い出してみぃ。
紙型に入ったままの鳴狼の霊気を、お主らは精霊の気配として感じておったじゃろう?」
今度は死流婦が頷く。
「……確かに、最初から鳴狼の存在を感じていた……」
「つまり、霧の中で気配を読んで攻撃しているなら、逆に攻撃を誘うことも出来ると考えたわけじゃ。
それでお主らを消してワシと鳴狼だけを残した。
鳴狼を紙型に戻し、気配はそのままじゃが、物理的に大きさを小さくする。
ワシは自らの霊力を抑える事で気配を消した。
こうすることで、最終的に奴に見えていたのは、紙型に入った鳴狼の気配だけになったんじゃ」
「それで、俺に攻撃が来たってわけか」
「そうじゃ。後は十中八九、奴の攻撃が外れる事は分かっていたので、そこにこちらの反撃を合わせたというわけじゃ」
中角の説明を聞いた精霊たちは、一斉に感嘆の声を漏らし、感心したように深く頷いた。
「そういうことだったのね。つまり、ワンコ君が紙型になれるのを利用したってわけね」
「いつもながら中角さんの発想には驚かされますね」
「……カッコいい……」
中角はいつものように豪快に笑う。
「ワハハハハ、これぞ年の功というやつじゃよ」
鳴狼は顔をそむけ、小さく舌打ちをしながら、頭を掻いた。
「ケッ、言うほどの年じゃねーって……」
*
「なるほどなあ、さすがの俺様もそこには気づかなかったぜ」
ノームが巨体を揺らしながら現れた。
「おお、戻ってきおったな。ワシらに力を貸してくれる気になったかの?」
ノームは不敵な表情を崩さず、ニヤリと笑った。
「ああ、久々に完敗だぜ。俺様もあんたらに力を貸そう。
それにあんたの戦い方に興味が出てきた。
戦闘に関しちゃ俺様も結構工夫していたつもりだったが、上には上がいたもんだ。
しばらく同行させてもらうぜ」
「そいつは嬉しい事じゃ。となると、まずはお主を召喚する所からじゃな。
実は既に召喚の『いめえじ』は出来ておるんじゃ」
「なんて気の早い奴だ。俺様と戦いながらそんなことまで考えてたのかよ。
こりゃ敵わないわけだぜ」
「いいや、思いついたのはお主の名前を聞いた時、そして完全に決まったのはお主を初めて見た時じゃよ」
それを聞いた精霊たちは盛り上がる。
「へぇー、面白そうね。オジサマのネーミングセンス、あたし大好きよ」
「僕もとても気に入っていますよ」
「……コクコク……」
「それで、俺様は一体どう言う名前になるんだ?」
鳴狼だけが浮かない顔をしている中、皆が興味深く中角の次の一言を待っている。
中角はおもむろに口を開いた。
「お主の名は──」




