第10話 丸太小屋3
「よし、では行くぞい」
中角は印を切ると、霊力を込めて念じた。
「顕現せよ!……『農務』!!」
ドワァン!
中角の叫びと共に顕現した『農務』は、
身長二メートル、筋骨隆々で、麦わら帽子にサングラス、そして素肌に直接、上下繋ぎのオーバーオールを着ている大男だった。
「おお、これが俺様の姿か!
見たことのない衣装だが、これはどういうものなんだ?」
農務は興奮した様子で自分の姿を確かめている。
「それは農作業に従事する際によく使われるものじゃ」
得意げに返す中角。
「ほう。初めて見るものだが、体を動かすことに向いていそうだな」
そう言いながら農務は色々なポーズを決めながら、体の動きを確かめている。
げっそりとした顔で鳴狼が声を絞り出した。
「……中角、いつもの事だから、今更言っても仕方ないけどよ……。ノームから農務、そしてこの姿は───」
中角はしたり顔で応える。
「農務だけに農夫、というわけじゃ!」
「……お前な、だから雰囲気とイメージだけで漢字を当てはめるんじゃ───」
鳴狼が突っ込もうとしたが、雲泥濘たちが割って入ってくる。
「あらあ、ワイルドでいいじゃない。男らしくて惹かれるわァ」
「うんうん、僕の時もそうでしたが、やはり中角さんのセンスは光るものがありますね。勉強になります」
「……すごく、お父さんっぽい……」
「あー、それ分かるぅ!あたしもこんな旦那が欲しいわね。
あ、でも農務はだめよ、水と地は相性最悪だから」
「となると、逆の意味で死流婦さんも無理ですね。
残りは僕ですが、僕はそっちの趣味はありませんから、悪しからず」
「うるせぇ!俺様だってトカゲ相手はいやだぜ!」
「……私も、いい人探す……」
他の精霊たちも、召喚された農務の姿が、妙にサマになっている事に皆感心し、思い思いの感想を述べている。
ひとしきり皆の会話が終わるのを待って、それまで黙っていた鳴狼がやっと突っ込んだ。
「……だからよぅ、これはいわゆる『カントリー』とか『ファーム』とか言う類の奴だろ!!裸オーバーオールが無駄に似合ってるけどよ!
もっと和風に寄せろ和風に!!」
「何じゃいまさらそんな事か。これだって立派な農夫じゃぞ」
呆れたような中角の顔を見て、鳴狼の突込みはさらに激しさを増した。
「だから農夫じゃなくて農務な!!
それに100歩譲って農夫は認めてるだろ……!
俺が言ってるのは、何で合衆国の農夫なんだよってこと!
しかも結構時代が先なの!!大規模農園かっつーの!!」
だが、そんな突っ込みになぜか農務が嬉しそうに答えた。
「いや鳴狼よ、この格好もなかなか捨てたもんではないぞ。
むしろ動きやすいし、生地も強く、農作業向きだ。
丸太を切る時にも便利だと踏んだね。俺様は気に入ったぞ!」
それを聞いた中角は喜色満面である。
「おお、分かってくれたか。やはり実用性を重視したかいがあったわい」
「一言も実用性のことなんて言ってなかっただろ……」
こうして鳴狼の気苦労はさておき、最後の精霊、『農務』ことノームも無事力を貸してくれることになった。
*
ノームが仲間になった一行は、彼の丸太小屋の庭先へ移動し、歓迎会としての晩餐の準備を整えていた。
「いやぁ、これで水・火・風・土の精霊が揃ったわけじゃな。
実にめでたい!」
満足そうに一服していた中角だが、ふと何かを思い出したのか、顎に手を当てて首を傾げた。
「そう言えば農務──いや、ノームよ。
お主、出会い頭に『魔王の手下』がどうとかと言っておらんかったか?」
中角のその問いに、ノームは指をパチンと鳴らしながら、大きく頷いた。
「オウ、そうだったな。
最近この辺り、あの『自称・魔王』の野郎がやけにきな臭い動きをしてやがってな、用心してたのさ」
その言葉を聞いた瞬間、中角の目がらんらんと輝き出す。
「ほう……この世界には魔王がおるのか!」
それを目敏く見つけたウンディーネが、面白そうに顔を覗き込む。
「なーに、オジサマ、魔王に興味あるの?」
「うむ、魔王といえば──」
大きく息を吸い込んだ中角は、自信満々に続けた。
「──魔王といえば信長じゃろう」
即座に鳴狼が突っ込む。
「なんでお前が信長を知ってんだよ!?
……そもそも時代設定はいつなんだよ!勝手に飛鳥時代だと思ってたぜ」
鳴狼はそこで一旦言葉を切り、直前の自分の言葉を脳内で反芻したが、ハッと目を見開いた。
「……いや待て、やっぱり飛鳥であってるじゃねーか!
お前確か役小角の遠縁で、いとこのはとことか言ってたよな?」
当の中角はあっけらかんとしている。
「そう言われても、わしにもわからん。
なぜか魔王と聞いた途端、『信長』という言葉が、おぼろげながら浮かんできたんじゃ」
「どこぞの貴族の息子かよ!
……はぁ、まあそれでいいけど(よくない)、結局魔王とやらはどうするつもりなんだ?マジで倒しに行くつもりなのか?」
「そりゃあ当然じゃよ!皆が困っているのに、やらない手はない。
『義を見てせざるは勇無きなり』よ!」
「お前のはただ精霊を召喚して試したいだけだろうが……」
「いや違うぞ、これは『noblesse oblige』というやつじゃ」
「……また妙なのを持ってきたな。
それもおぼろげながらに浮かんできたのか?
後妙に発音が流暢なのがムカつくぜ……」
「いや、これは少し前に知り合った、顔の赤い天狗が言っておったのじゃ。
何やら奴は天狗の貴族らしく、それで……」
「わかったわかった。別に詳細は要らん……。
結局この流れだと、行くことになりそうだなあ、……めんどくせえなあ……」
鳴狼がぶつぶつ言っていると、大量の食材を持って精霊たちがやってきた。
「ノームさんに分けていただいた食材を持ってきましたよ、皆ご飯にしましょう」
「……お待ちどう……」
「お前ら、飯食うのかよ?」
「僕たち精霊は、別に食べる必要はありませんけど、折角みんな集まったんですし」
「そうよ、こういう時人間は何かを食べながら団らんするんでしょう?」
「……おいしそう……」
「おお、こりゃ嬉しいのう。
ここんところ、ろくな飯食っておらんかったから大助かりじゃ」
中角はそう言うと、手近にあった肉らしき謎の塊にかぶりつく。
肉のうまさに舌鼓を打つ……と思いきや、妙な顔をした中角は死流婦に尋ねる。
「中身はなんじゃこれ?」
「……知らない方がいい……」
「つーかこのやり取りは必要か!?言いたいだけだろそれ!!」
鳴狼の突込みを尻目に、ごきげんな夜は更けていくのであった。




