第11話 魔王城1
魔王城は想像通りの風貌をしていた。
やけに尖った塔が立ち並び、なぜか空には黒い雲と稲光、辺りはどんよりと嫌な空気が立ち込めている。
不吉な雰囲気のせいか、何もしてなくても気が滅入るようだ。
ノームから聞いたその魔境の入口に、中角と懐の鳴狼はひっそりと佇んでいた。
辺りを見回しながら鳴狼がボソッと呟いた。
「いかにもそれっぽい感じになってきたな」
それを聞いた中角も大きく頷く。
「うむ。魔王とやらはやはりこのような暗い感じを好むんじゃな。
天気も悪いし、単純に気分も悪い。
それに、足元を見てみろ、こんなやせ細った土地では何も作物が育たんぞ。
意外と魔王は困窮しているんじゃなかろうか?」
だが意外にも鳴狼は声を潜めた。
「あまり大声で言うなよ、誰かいるぜ」
鳴狼が示した方向を見ると、入口と思われる場所に門番らしき男が立っている。
「忌憚の無い意見のつもりだったんじゃが、無用な争いは避けるべきじゃな。
まずは様子見と行くかのう」
中角はにこっと笑みを作ると、気さくに話しかけた。
「ちとお尋ねしたいが、ここが魔王城であっておるかの?」
「何だ貴様、ここを魔王城と知っての狼藉か?」
「おお、やはりそうであったか。実は魔王とやらに話があってのう」
「何だと!?貴様人間か?事と次第によってはただでは済まさんぞ」
門番らしき男は語気を強める。
「おい中角、もうちょっと遠回しに行けよ」
「ワハハハハ、わしの真っすぐな性格が出てしまったかのう」
紙型の鳴狼が思わず声を掛けたが、男はそれを見て驚いた。
「なんだ!?紙?の人形がしゃべっているのか?貴様の魔法か!?
どうも怪しい奴らだ」
門番の男が手に持った槍を握り直し、警戒を強め始めたことを見て取った中角は、満面の笑みで続けた。
「おっと、これは失礼した。
ワシは役中角。旅の召喚士で、各地を回っておる。
こっちの紙型は、鳴狼。ワシの召喚する精霊のようなものじゃ」
「なるほど。そう言う手合いか。
それで、魔王様に何の用だ?
あの方は一介の召喚士に会うほど暇ではないぞ」
中角はノームから聞いた話には触れず、とぼけた調子で応える。
「見た所、お前さんも人間のようじゃが、魔王とは一体どう言う存在で、何を目的としておるんじゃ?
わしらは、ただ、魔王という存在がおる事だけを聞いてやってきたんじゃ」
それを聞いた門番は、なぜか急に腕を組んでしたり顔で頷き始めた。
「フッ、あのお方の深淵なるお考えは我々普通の人間には理解できぬ。
俺は、あのお方の底知れぬ大きさに憧れて、仕えておるのだ。
おっと、自己紹介が遅れたな、名乗っておこう」
そう言うと、男は手に持っていた槍をくるくると器用に回し、両手で持ち、構えを作ると名乗った。
「俺は魔王軍四天王が一人、地獄のトーマス!!」
バッと華麗に槍を構えるトーマスを前に、鳴狼は呆れ果てたようにボソッと呟いた。
「四天王は仏教の概念だろ……。
つーか自分で地獄って言うのはどうなの?
一応お前らはお前らで、それがいいと思ってやってるんだから、せめて肯定的な名前を付けろよ……。
それに、トーマスって……。 お前、絶対もともと普通の村人だろ 」
「貴様ーッ、魔王様から頂いた高貴なる役職名を愚弄する気かぁっ!!」
トーマスが顔を真っ赤にして怒るのも気にせず、鳴狼はさらに畳み掛ける。
「だいたい、四天王が一人ずつ出てくるのもわからん。
それぞれが別の職務に就いていて、同時に仕掛けられないのなら分かるが、どうせ中に控えているんだろう?
戦力の逐次投入は個別撃破を狙ってくれと言っているようなものだぜ?」
「ククク、魔王様の高尚なお考えが分からぬとは所詮下等生物よな。
何を言うか、我々は魔王様に選ばれた高貴な民、魔族であるぞ!」
キリッと格好をつけるトーマスに対し、中角は飄々としたトーンで言い放った。
「それはお主の感想じゃろ?」
「中角……その返しはやめろ」
だが当のトーマスはなぜか大きなショックを受けていた。
「まあそう言われると何も言い返せないけど……、
いいんだよそれで、人生なんて自己満足だろ!!」
すぐに自分を納得させたトーマスに、鳴狼は頭を抱えた。
「認めるんかーい! しかも何やらわかった風なことを言ってやがる……。
じゃあ何か、お前は人生で魔王の配下、四天王の先鋒をやりたかったってことなのかよ!?」
「人生ってのはままならぬものよ。
誰しも、与えられた場所で咲き誇るしかないのだ。
例えそれが、血を吐き肉を焦がす、地獄の底であろうともなァーー!!」
すっかり陶酔しているトーマスを見て、中角が冷静に合いの手を入れる。
「自分で地獄と認めるわけじゃな?」
「う、今のは所謂言葉の綾というやつだ」
鳴狼はさらに追い打ちを掛けた。
「でも自分で地獄のトーマスって名乗ってたしよぉ。
やっぱり気に入ってるんじゃねーのか?」
図星を刺されたのか、トーマスはわずかに目を泳がせた。
「……誰にだって、間違いくらい……ある……」
「そうじゃぞ鳴狼。失礼というものじゃ。謝りなさい」
「どうもすみませんでした……、じゃねーよ!
そもそもトーマスお前、ただの門番じゃねーのかよ!
何で四天王なのに門番させられてんだよ!」
鳴狼の容赦のない突込みに、トーマスはさらにしょげ返った。
そんな二人のやり取りを見ていた中角は穏やかに頷く。
「まあそう落ち込むな。お前さんは良くやっとるよ。
ワシらは別にお前さんを責めるつもりは無いんじゃ。
ただ魔王と話がしたいだけでの」
「うう……。とはいえ、ここを素直に通してしまっては後で怒られるのは俺だからなあ……」
真面目に悩み始めたトーマスに、鳴狼は再び声を荒らげた。
「まあ100歩譲って、お前が四天王だということは認めるとしてだ、何で幹部っぽい奴がいきなりいるんだよ!
魔王軍、どういう組織構成なんだよ!!」
狼の鋭いツッコミに、中角も興味深そうに首をかしげる。
「ふむ、言われてみれば確かにそうじゃな。
地獄のトーマスとやら、そこらはどうなっておるんじゃ?」
『地獄のトーマス』と二つ名を呼ばれたのが嬉しかったのか、トーマスは不敵な笑みを浮かべ、フッと鼻を鳴らした。
「フッ、怪しいものに内情を教えるわけがなかろう。
だが、魔王様の下僕となるなら話は別だ。
我が魔王軍はいつでも人材募集しておる。たとえそれが下等な人間でもな。
魔王様は実に器の大きいお方なのだ」
言われた瞬間、鳴狼は即座に激しくツッコミを飛ばす。
「いやお前も人間だろ!
それに、部下になるなんて俺たちが言うわけないだろ、なあ中角!」
「その申し出、受けさせてもらうぞい」
「はっ?馬鹿かお前……!!相手は魔王軍で……」
鳴狼の抗議はまだ続いていたが、中角は無理やり紙型に声が外に出ないような封印をした。
鳴狼の声が急激に小さくなって聞こえなくなる。
トーマスはちらりと中角の懐(紙型の鳴狼)に視線を向け、怪訝そうな顔をした。
「貴様、本当に魔王様にお仕えするつもりか?
貴様の精霊は反対しているように見えたが……?」
しかし中角は、どこ吹く風とばかりに片手をひらひらと振る。
「ああ、いいんじゃいいんじゃ、あいつの事は気にせんでくれ。
それより、これで魔王について教えてくれるんじゃろうな?」
「様を付けんかァッ!!
……あのお方に仕えるという事は、世界をすべる事と同義なのだ」
「ほう、それは興味深いな、なぜそう言えるんじゃ?」
トーマスは一歩前に踏み出し、両手を広げると天を振り仰いだ。
そして、しばらく何かに心酔した後、おもむろに話し始めた。
「……貴様も召喚士なら知っているだろうが、精霊というものは途方もない力を持っている。人間が束になってもかなわないほどにな。
そして、精霊に認められた者は、その強大な力を借りて行使できるのだ」
中角は目を細めながら要約した。
「つまり、魔王……おっと、魔王様は精霊に認められておって、その力を使えるというわけじゃな?」
「端的に言えばそういうことだ。だが、あのお方の凄さはそこからだ。
あのお方はなんと、同時に何体もの『上位精霊』を従え、人の限界を超えて使役しているのだ。
貴様も召喚士の端くれなら、この異常さが分かるだろう?」
「ほう……? 限界を超えて、か」
トーマスは大きく頷くと、再び両手を広げ、天を仰ぎ見ながら、熱を帯びた声で魔王の偉大さを語り始めた。
「当たり前だ!
普通の人間は、たった一体の上位精霊と契約するだけでも命がけだというのに、あのお方は複数の上位精霊を同時に従え、己の力として屈服させている。
並の人間なら精霊の力に耐えきれず一瞬で干からびて死んでしまうというのにな!」
「ほうほう、上位精霊とはそんなに凄いのじゃな。
ちなみに、例えばどんなのがおるんじゃ?」
中角の答えが意外だったのか、トーマスは面食らったような顔をした。
だがすぐに得意げな顔に戻ると続ける。
「貴様本当に召喚士か?……まあいい、知らんのなら教えてやる。
例えば、水の『ウンディーネ』、火の『サラマンダー』、風の『シルフ』、そして土の『ノーム』……これらは世界を司る四柱の大いなる上位精霊だ。
あのお方は、これらに匹敵するような上位精霊を、何体も己の配下として使役されておるのだ。まさに魔王の名にふさわしい所業だと思わんか?」
中角は感心したように頷いてみせる。
「なるほど。確かにそれならお主が魔王様に心酔するのもわかるわい。
じゃが、魔王様は、その力を使って世界を支配しようとしておるのか?」
トーマスは腕を組み、どや顔でふんと大きな鼻息を衝いた。
「恐らくは、だがな。
あのお方は気まぐれで、よほど気に入らないと動かないのだ。
それで代わりに我々四天王が各地を攻める手はずになっているのだ」
「なるほどのう、じゃあ他の四天王もいるわけじゃな」
「いや、俺一人だ。あえて言うなら貴様が二番目の四天王だ」
今度は中角が驚く番だった。
「えっ、まさか他には誰もおらんのか?」
「魔王様の高尚なお考えを理解できるものがなかなかいないのだ。
有象無象がいた所で意味が無いからな。
魔王軍は少数精鋭の選ばれし者で構成されているんだ」
「そういうことじゃったか。
しかし、そんな所にワシが入っても良かったのか?」
「それは問題ない。召喚士なら魔王様も許してくれるだろうからな。
先程の紙型を動かす術で、貴様が召喚士であることは間違いないしな」
「分かったわい。
じゃあ魔王様の所へ案内してくれんか?わしも挨拶しておきたいでのう」
トーマスは満足そうに頷き、背中を向けた。
「よかろう、ついてこい」
四天王が一人、地獄のトーマスと名乗る男の背中を追って、薄暗い魔王城の廊下を進む。
前を歩くトーマスに気付かれないように、中角はそっと懐に手を差し入れ、鳴狼の封印を解除した。
待ってましたとばかりに、鳴狼の小声が中角の耳元に響く。
(……おい中角。それってつまり、何体も上位精霊とやらを連れ歩いてるテメェも大概ヤバい奴ってことにならねぇか?)
(いやいや、ワシは特別じゃからな。
それに、あいつらは自発的についてきとるし……)
(お前なぁ!……まあ、それはいいとしてよ、
お前、この展開を狙ってやがったな…?)
(フッフフ、どうじゃ、うまくいったろう。
少しでも情報を集められればと思っておったが、直接会えるとはの)
(ケッ、話によると、相手は上位精霊を何体も使うやつなんだろ?
なめてるとマジでヤバイぜ?用心しておけよ!)
(ああ、わかっとる。いざとなったら此方の上位4体とお主で同時攻撃じゃ!
まさかあ奴らが上位精霊とは思わんかったがの……)
(どうりで手こずるはずだぜ。
俺だって別に弱いわけじゃねーのに不思議だと思っていたが、案の定だぜ)
*
前を歩くトーマスが、ふと足を止めた。
「……ここだ」
男が指さす先には巨大な扉があった。いかにも魔王がいそうな部屋である。
「魔王様、新たな四天王を連れてまいりました」
地獄のトーマスがそう声を掛けると、扉が重苦しい音を立てながら開き始めた。
中は玉座の間だろうか、長い絨毯が引かれた先に、豪華な椅子があり、一人の男が座っている。
恐らくやつが魔王であろう。
「足労である」
そう言うと魔王は立ち上がり、こちらへ歩いてきた。




