第12話 魔王城2
「足労である」
そう言うと、玉座に座っていた男は立ち上がり、ゆっくりとこちらへ歩いてきた。
だが、その姿を見た瞬間、鳴狼は紙型の中で激しく動揺した。
「おいおいおいマジかよ……!?
魔物か精霊だと思っていた魔王が人間だったなんて……。
それによ、どこはかとなく、マジで信長に似てやがる。
中角、お前の冗談、意外とバカにならんぜ!
『嘘から出た実』とは、まさにこの事だぜ」
その言葉を聞くと男はふと足を止め、どこか懐かしむような、それでいて呆れたような声で呟いた。
「まさかこんな世界の果てで、我が故郷の諺を聞くことになるとはな。
――『人間五十年、下天のうちをくらぶれば、夢幻の如くなり』
……懐かしいものだ」
その歌を聞いた瞬間、鳴狼は完全に血の気が引いた。
「まっ、待て待て待ておい!! その歌、やっぱりお前……っ!!」
男――魔王の正体は、なんと歴史の彼方からこの異世界へと流れ着いた転生者、織田信長その人であった。
「あえて聞くまでもないが、この異世界に日ノ本の民と、そしてうぬは……ほう、珍しい、自然霊の式神か。
……ここにいるという事は、うぬらも『鳴狼転生』の使い手であるか」
『鳴狼転生』―――。
この世界に来るきっかけとなった、鳴狼が奥義としていた転生術である。
そのことを信長は知っていたのだ。
「……その術を知っているという事は、お主も?」
中角の疑問に、信長は鷹揚に答える。
「左様。これは我が家の家伝でな、色々と便利なものだ。
だが、我以外にもこれを使えるものがおったとはな。
それも同郷の者であるか。うぬら、いつの時代の人間か?」
「時代というのはよく分からんが、ワシは役中角というものじゃ。
そしてお主が見抜いた通り、この紙型に宿っているのは、今のワシの式神、鳴狼じゃよ」
それを聞いた信長の目がスッと細くなる。
「役中角か。
かつて飛鳥の頃に、役小角という陰陽道の達人がいたと聞く。その者の縁者か?」
役小角の名を聞いた中角はわずかに眉をひそめた。
だがすぐにいつもの表情に戻ると飄々と答える。
「その名を知っているなら話が早い。
まさに役小角はワシのいとこのはとこじゃ。
名前が中途半端に似ているせいで、いつも苦労しておったのはワシじゃがの」
信長は豪快に笑った。
「ワッハハ。面白いことを言う。
そうか、確かにうぬの名を聞いたものは、最初にそのいとことやらを思い出すであろうな。
ある意味有名税のようなものと言えよう。ワハハハハ」
「フン、お主は他人事じゃから、笑っていられるんじゃ。
結構めんどくさいんじゃぞ……」
「おお、すまぬ。決してうぬを笑ったわけではない。
自慢ではないが有名税についてなら我に一日の長がある。
だが、それにも理由があるのでな。我はそれを受け入れておるだけだ」
「理由じゃと…?」
「俺にはわかるぜ」
黙って聞いていた鳴狼が口を開いた。
「ほう、面白い。鳴狼とやら、申してみよ」
「要するに、信長、あんたは『鳴狼転生』を使うのが初めてじゃないってことだぜ。
恐らくだが、何度も使いながら、この世界だけじゃなく、あらゆる世界を回ってるんじゃねーのか?
だから、次第にいろいろな世界であんたの知名度が上がってきたってわけだ。
そんなあんたなら、名が知れる事なんて慣れっこだろうぜ。
……いやもしかすると、既にそんな事には興味が無いのかもしれないがな」
「ふむ」
信長はひげをいじりながら静かに耳を傾けている。
「あんたが詠んだあの歌、あんたの代名詞みたいになっているが、あれってつまり、
『50年くらいしたら飽きるから、次の面白そうな世界に行く』
ってことなんじゃねえか?」
そこで一息入れると、鳴狼は一気に続けた。
「日本でのあんたの最後と言われる、本能寺の変。
あの火事の後に、あんたの死体は発見されなかった。
当時は、建物と一緒に焼けてしまったことにされていたが、今ならカラクリが分かるぜ。
あんたはあの絶体絶命の危機を『鳴狼転生』を使って切り抜けたんだ!
だから死体はもともと存在しなかったんだ!」
鳴狼の推理を聞いた信長は、じっと腕を組むと何かを考えこんでいる。
次第に体が震え出した。
「……う…」
信長の体の震えがぴたりと止まる。
中角と鳴狼は思わず身構えた。
次の瞬間――
「ウワーーハハハハハ!!面白い、面白いぞ!!
やっと我に着いて来られるものが現れたか!!」
信長は堰を切ったように大笑いを始めた。
「ウワッハハハハッハ!!……ハハハ…ハァ……。
いや、すまぬ。あまりにも嬉しくてな、久々に腹の底から笑ったわ」
すわ戦いが始まるかと身構えていた中角と鳴狼は、思いがけない展開に度肝を抜かれ、お互いに顔を見合わせて目をぱちくりしている(鳴狼は紙型なので目はないが)。
「本能寺の変の真相はうぬの言った通りよ。
だが、一つだけ訂正しておくことがある……」
信長はそう言うと印を切り始めた。
「絶体絶命の危機と言ったが、それは違う。
あれは我が命じて行ったものだ。
……顕現せよ、『佐吉』!!」
ドワァン!と霊気の霧と共に、鎧兜を付けた武士が出現した。
信長と比べてやや小柄ながら、その顔立ちは美しく中性的で、一見すると女性のようにも見えた。
しかしその立ち姿のシルエットが男性であることを物語っている。
「こやつは、我の使う式神の一つでな、名を佐吉という。
……とはいっても、うぬらにはピンとくるまい。
うぬらに馴染みのある名前だと『石田三成』だ。
……ここまで言えばわかるな?」
式神・石田三成こと佐吉を改めて見た中角たちは、ついに事件の全貌を知った。
信長は、各世界で自由に楽しみ、飽きてくると『鳴狼転生』を発動させ、別の世界に移動していたのだ。
その時に、いきなり自分が消えたことを隠すための、隠蔽工作を行っていたのだ。
それが本能寺の変の真相であった。
後の世に知られている石田三成は、本能寺の変以降は影武者か、はたまた光成を担ぎ上げたい勢力の神輿だったのだろう。
鳴狼が絞り出すような声で聞く。
「ってことはなにか?
この世界に飽きたなら、また隠蔽工作をしてどこかに行くわけだな?」
それを聞いた信長は、深く大きく頷いた。
「左様、世界を移動できる我にとって、時間も場所も意味をなさぬ。
勿論富や名声など言うまでもない。
だが、だからこそ初めて同じ力を持つ相手に出会えたことが嬉しいのだ。
うぬらなら、我と共に無数の世界を渡り歩ける朋友となれるに違いない。
どうだ、我と一緒に来ぬか?
そして、無数の世界を楽しもうではないか!?」
思わぬ信長の申し出に、鳴狼は返す言葉が無かった。
「いきなりそんなこと言われてもよ……、
まあ俺は戦いさえ免れるなら別に構わんが、なあ、中角どうする?」
それまで下を向いていた中角が口を開いた。
「……一つだけ教えてくれんか?
ワシは本能寺の変を知らんが、話の内容から大事件であったことは分かる。
お主がこの世界でこれからやろうとしていることも、同じことなのかの?」
中角は目を上げると、信長を真っすぐに見た。
「もしその隠蔽工作とやらで、この世界の者たちが困るというなら、ワシはお主と一緒には行けん。
いや、お主のやろうとしている事を止めねばならん!!」
その言葉を聞くと、それまで上機嫌だった信長のテンションが急に切り替わった。
「我を止める、か。それもまた人間よ。
それで、どうしようというのだ。まさか、力づくで止めるつもりか?
この、魔王信長を……!?」
信長は再び印を切り始めた。
「最後にもう一度だけ考え直す機会をやろう。
我の力の一端を見て、それでもまだ抗うというのなら、掛かって来るがいい。
顕現せよ、『藤吉郎』!!『竹千代』!!」
ドワンドワァン!!
霊気の霧とともに現れたのは、甲冑を付けた猿と狸だ。
「……そういうことかよ……!
中角、トーマスの言ってた、魔王が操るという上位精霊の正体が分かったぜ!
信長が使役している式神は、あいつが元々この世界に持ち込んだものだ!」
「何と!?式神を持ったまま世界を移動できるというのか!?
じゃが、ワシの紀元前鬼たちはついて来られなんだぞ!?」
信長はそれを聞くと、緊迫した空気を意にも介さず、にやりと微笑んだ。
「ここで出会えたのも何かの縁だ。
我の朋友になるかも知れぬうぬらに、我からの贈り物だ。
よいか、式神は身に着けた物質に宿らせておけば、一緒に世界を渡れるのだ。
こやつらは長い間常に我と共に歩んできた、いわば我の近衛のような奴らよ」
式神移動のカラクリを聞き、中角はやっと腑に落ちた。
「そう言う事じゃったか!
あの時は、戦いの途中で、紀元前鬼たちは顕現の真っ最中じゃったわい!
ありがとうよ、信長。礼を言うぞい」
それを聞いた信長もまんざらでもない顔で頷いた。
「フッ、役に立てたなら良かろう。
いくら陰陽師としての能力があろうと、それは所詮日ノ本の世界での事。
世界線を移動することとはまた別だからな」
二人のやり取りを見ていた鳴狼はつぶやく。
「やれやれ、このまま穏やかに終わってくれればいいんだがなあ。
何で戦う必要があるんだよ。
別にこの世界の奴らがどうなったって、俺たちには関係ないじゃねーか……」
その瞬間、鳴狼の脳裏に今まで出会った精霊たちの顔が浮かんできた。
ウンディーネ、サラマンダー、シルフ、そしてノーム。
そうやあいつら、変な奴らだが、いい奴だったよな……。
同時に精霊たちとのやり取りが思い出された。
ウンディーネのアクア・ジェットがかすめた恐怖……。
サラマンダーの火山の暑さと、それよりも熱かった炎の攻撃……。
シルフのツタツタに躓いたことや、包丁が尻に刺さったこと……。
ノームの斧が、尻尾の先をかすめた事……。
「ろ、碌な思い出がねえ……!!」
頭を抱えた鳴狼は、やっぱり別にこの世界がどうなっても構わないと思い直し、改めて中角を振り仰いだ。
だが、そこに見えたのは鳴狼の期待を大きく裏切る、いや期待通りの中角の姿であった。
「顕現せよ、雲泥濘!、沙羅曼蛇!、死流婦!、農務!、……そして鳴狼よ!!」




