第7話 森林2
蔦は女の子に向かって一直線に伸びていく。
「いかん、あの子が!」
中角は素早く懐から鳴狼が宿る紙型を取り出すと、蔦と女の子の間に投げつけた。
「鳴狼!!」
「おうよっ!!」
ズバババッ!!
瞬間、顕現した鳴狼の爪が触手状の蔦を切り裂く。
切られて地面に落ちた蔦はまだ蠢いている。
「うぉっ、気持ちわりぃ奴だな。だが、つい姿を現しちまった。
こうなったら仕方ねえ、精霊に見つからない事を祈るしかないが……、おい中角!」
「ああ、わかっとる!もはや手加減して戦える相手ではない。
しるふの領域内かも知れんが、やるしかないの!」
中角は素早く印を切ると、念を込めた。
「顕現せよ、『雲泥濘』!『沙羅曼蛇』!」
ぶわっと霊気の霧が発生し、その中からおどろおどろしい粘液のような不定形なスライムと、角が四つある緑の巨大なコブラが出現した。
「あーら、オジサマとワンコ君じゃなーい」
「お久しぶりです。この姿になりたくて、待ち遠しかったですよ」
「ウンディーネ!、サラマンダー!、話はあとだ。
あの蔦の化け物に三位一体攻撃を仕掛けるぞ!俺の攻撃に続け!」
鳴狼はそう言いながら素早く駆け出すと、蔦の根元に向け勢いそのままに低空の飛来刃を放った。
雲泥濘、沙羅曼蛇も素早く戦闘態勢に入ると、鳴狼に続きそれぞれ高速の水の礫と、火の玉を飛ばす。
魔物の蔦は、その触手で防ごうとしたが、同じ場所に間断なく撃ち込まれては堪らない。
地面に根差したその生え際を破壊され、巨大な蔦は根元から倒れ伏した。
「油断するな!恐らく本体は地面の中じゃ!」
中角の叫びに呼応するかのように、周囲には地面から無数の魔物蔦が生えてきた。
「まじかよ、囲まれちまったぜ」
周囲を取り囲む蔦をにらみつけながら、どこか不敵に鳴狼がぼやく。
油断なく辺りを見回しつつ中角が答えた。
「というより、元々ここはあの植物の住処なんじゃろうな。
ワシらは地獄の窯の上で踊っておったわけじゃ」
「フン、そういうことかい。煮炊きするなら、その前に野菜を切らなくちゃなァ!」
周囲から襲い来る魔物蔦を避け、切り裂きながら鳴狼は再び力を貯めた。
「むっ、この技は……、皆伏せろーー!!」
中角が叫びながら身を屈めた。
雲泥濘は平たい水たまりのようになって地面に広がり、沙羅曼蛇はその巨体を地面に伸ばした。
「回転飛来刃!!」
鳴狼が飛来刃を放ちながらその場で一回転する。
まるで手に一本の光の帯を持って舞うかのようであった。
放たれた帯状の飛来刃はそのまま周囲の全てを切り裂きながら同心円状に広がっていく。
『回転飛来刃』
飛来刃を細い帯状にして、長く出力することにより、効果範囲を広げた強力な技だ。長さに比例して霊力を消費するが、範囲攻撃としては抜群の効果だ。
身を屈めた中角たちの頭上すれすれを通過した回転飛来刃の光の帯は、周囲の魔物蔦を全て切り裂いて行った。
「やるじゃないワンコ君、私のアクア・ジェットみたいなものね」
雲泥濘が拍手の代わりに全身を振るわせて音を出しながら称賛した。
「ケッ、もうその呼び方にも慣れちまったぜ。
あんたのは威力が高い代わりに溜め時間が長い、俺のはその逆ってところだな」
鳴狼はいつものぶっきらぼうな口調で返したが、その響きにはどこか嬉しさが見え隠れしていた。
ストレートに褒められて嬉しかったのだろう。
「凄いですねえ、僕もお二人のように強くなりたいです」
沙羅曼蛇も尻尾を振ってカラカラと拍手をしている。
「おめーは十分強いぜ……って、まだ話してる場合じゃねーぞ。
中角、次はどうするんだ!?」
鳴狼が中角を振り返ると
「た、大変じゃ!」
中角はあわてた顔で頭を抱えていた。
「あの子がおらん!!」
最初に魔物蔦から助けた後、全員が戦いに夢中になっていて、誰もあの女の子に注意を払っていなかったのである。
「マジかよ!?……はっ、まさか俺の回転飛来刃で……」
「もー、ホント使えないわねこのバカ犬は!」
「うるせー!犬って言うんじゃねえ!おめーだって忘れてただろうが!」
「私はその子を見てないもの。私が召喚されたときは誰もいなかったわよ?」
「チッ、あいつらが召喚された時点で、もういなかったのか。
しかし俺が顕現してから、ほぼ間もなかったはずだがな…」
「みなさん、あれを!」
沙羅曼蛇が器用に尻尾の先で森の一角(と言っても、周囲の木は広範囲にわたって飛来刃で切り裂かれていたので、空き地ではあるが)を指し示す。
そこは魔物蔦の本体と思わしき、巨大な球根が地面から這い出てくるところであった。
「くそっ!あれが本体か!」
鳴狼が飛び掛かろうと地面を蹴って大きく跳躍した。
ここで一気に止めを刺すつもりなのだ。
だがその攻撃は巨大な蔦に阻まれて止まった。
それだけでなく、先ほどよりもさらに多くの蔦が発生し、全員の体に巻き付いてそのまま宙へと吊り上げていった。
「何ちゅう数だよ!まだこんな力を残してやがったのか!」
「感じる妖気が桁違いじゃ!こやつ、少し甘く見ておったようじゃ!」
「あららー、これはまずいわねえ」
「うわああ、蔦も僕の体も同じ色だから、どこまでが僕か分からないよォ!!」
何やら場違いな悲鳴が混じっているが、それでもやはりピンチには違いない。
その時、一陣の風が吹き抜けた。
風と共に、何やらキラキラと光る石が飛んでくる。
不思議なことに、魔物蔦はその石に注意を引かれた様子であった。
一人と3体の戒めを解くと、全員を放り出した。
さらに蔦は器用に蔦を伸ばして一つずつ掴み上げては球根の中央部に持って行く。
どうやらその石を食べているらしい。
気付くと、近くに消えたはずの少女が立っていた。
「あら、シルフじゃない」
「そういえば、ここはシルフさんの住処の近くですね」
シルフと呼ばれた少女はしょんぼりとうなだれている。
「……ごめんなさいなの……」
「い、一体どうなったんじゃ!?
それよりお主、ケガはないのか?心配しておったぞ、どこにおったんじゃ?」
「全く意味が分からねーぜ!小娘が精霊だったのか?」
「……あのツタツタは、私のペットなの……」
「は!?」
全員の目が点になる。
「……私が飼ってたんだけど、ここに放して餌を食べさせてたら、忘れてたの……」
もじもじしながら少女は続ける。
「……それで、辺り一帯の餌を食べつくして、探していた所にオジサンたちが来たから、餌がほしくてじゃれついてきちゃったの……」
「……私は餌の魔石を取りに戻ってたの……」
「それで姿が見えなくなってたってことね」
「確かに魔獣は魔石を好んで食べますからね。
そうだ、今度魔石を材料にした像を作ってみようかな」
精霊組は今の説明で完全に納得したようだ。
「おいおい、何すんなり受け入れてんだよ。
子供のペットのやったこととはいえ、俺たちは死にかけたんだぞ?」
鳴狼が呆れたように口をはさむも
「大騒ぎしてるのはあなただけよ。ほら、オジサマを見習いなさいよ」
「ワハハハハ、あの程度の魔物でビビるとは、悪霊の名が廃るぞ鳴狼よ!」
「そうですよ、結果良ければ全てよしです」
「……ツタツタは、悪くない……」
皆の笑いを返されてしまった。
「いやお前らよく考えろよ、あの再生速度と攻撃性だぞ?
途中で小娘が止めてなかったらやばかったって!」
「全くお主は心配性じゃなあ。ほれ、紙型に戻っておれ」
そう言うと中角は鳴狼を紙型に戻そうと印を切り始める。
「おいやめろ、戻すな!普段は自由に出られないんだから、今くらい好きにさせろ……って、ちょっと待て、ここは小娘の領域内じゃないのか!?
精霊の領域内に、他の精霊が出ちまってるぜ!?」
ハッと気づいたように、全員の注目がシルフに集まる。
シルフは注目されていることに気付くと再びもじもじしながら答えた。
「……さっき、ツタツタと戦ってる所を見たから、もう大丈夫……。
オジサンたちの事は認めてるよ……」
「なーんだ、じゃあこれで一件落着ですね。いよっ、中角殿!!」
「キャー、オジサマしぶーい、ダンディー!!」
「……わーわー、パチパチ……」
「ツタツタ、ツタツタ、ツタツタ」
「うんうん、よくやったぞ皆のもの。褒めて遣わす」
中角と、どうやら新しく力を貸してくれることになったらしいシルフも含めた精霊たち、そしてツタツタまでもが加わって盛り上がっている中、鳴狼は一人頭を抱えていた。
(このノリ……、ついていけん……)
バカ騒ぎの空気を振り払うように鳴狼は中角に尋ねた。
「……ところで中角、お嬢ちゃんの名前は何にするんだ?
いや名前ってのもおかしいけどよ、どうせお前の事だから変な漢字を当てるんだろ?」
「おや、気になるか?
よし、それじゃ早速召喚じゃ。娘さんや、準備はええかの?」
「……コクコク……」
シルフが大きく頷いている。
「よーし、ではいくぞ。顕現せよ、『死流婦』!!」
ドゥッ
霊的な煙が晴れたそこにいたのは、白く長い丈のワンピースのような服に、長い黒髪を前後にだらりと垂らし、前髪の隙間から恨めしそうな目を向ける、長身の女性であった。
その手にはどこから取り出したのか、長い包丁が握られている。
「またこういう感じか……。なんかもう大体わかってきた気がするぜ……。
どうせお前ら……」
そう言いながら鳴狼が皆を見回すと、果たして期待通りの光景がそこに広がっていた。
「あらー、いいわねー。おしゃれな服じゃない」
「その包丁、とても使い込まれていますね。岩でも削れそうだ」
「……背が伸びて、嬉しい……」
評判は上々で、どうやら当の本人は高身長になったことがお気に召したらしい。
「ワハハハハ、気に入ってもらえたようじゃの!
それじゃあお主はこれから死流婦じゃぞ」
その光景を見ながら鳴狼はげんなりと肩を落として呟いた。
「あー、うん、いいよもう。
命の危機がないなら、何でもいいことにするぜ……」
*
ひとしきり騒いだ後、中角が口火を切った。
「それじゃあ、次の精霊の所へ行く計画でも立てるとするかの」
「さんせーい、って後誰だっけ?」
「ウンディーネさん、僕、シルフさん、と来たら、後はノームさんですね」
中角を含めた三人は次の目的地を決めるのに夢中だ。
「……フン、フン、フン、フン、フン!……」
これは死流婦が包丁の素振りをしている掛け声だ。
嬉しさのあまり、興奮してはしゃいでいる。
「おいおい、危ないって」
さすがに見ていられなくなった鳴狼は、危険な刃物を振り回す死流婦を止めようと、ズカズカと歩み寄っていった。
――だが、すっかり忘れていた。
足元には、ついさっきまで敵対していた「ツタツタ」が、はしゃいでうねうねと這い回っていることを。
「うわっ!?」
ぐにゅっ、と。
鳴狼の足が、見事にツタツタの体に踏み込んでしまった。
勢い余った鳴狼は盛大につんのめり、大きくバランスを崩す。
「おっとっと…………!?」
バランスを崩したところは丁度、包丁の前後する空間で――
チクリッ
「ぎゃあーーーっ!!」
不運にも、死流婦が振った包丁の切っ先が、バランスを崩して倒れこんだ鳴狼の尻を2ミリほどピンポイントで捉えたのだった。
文字通り、痛みで飛び上がった鳴狼をほほえましく皆が見守っている。
「おお、鳴狼よ、転んでしまうとは情けない」
「あら、ワンコ君たら、そんなにはしゃいじゃって」
「痛そうですねえ、でもはしゃぎすぎて転ぶなんてお茶目です」
「……ふふ、仲間って……楽しい……」
「ツタツタ、ツタツタ!」
相変わらずマイペースな精霊たちと、なぜか自分に懐いているペットの楽しげな声を聞きながら、鳴狼は遠い目をして地面に伏せるのであった――。




