第4話 火山1
足を踏み入れた途端、肺腑を焼くような熱気が二人を迎え撃った。
足元に転がる黒い溶岩石は、地表で固まってからずいぶん時間がたったと思われるものだ。
だが、未だ冷めやらず僅かに熱を帯び、浅沓の底はほんのりと温かく感じられた。地面そのものも熱を帯びているようだ。
その地面から永続的に発する熱をたっぷり吸いこんだ空気は、とても快適とは言えないほどの温度だった。
「それにしても熱い所だな。暑いというより、熱いだぜ」
鳴狼は紙片の中で舌を大きく垂らし、はぁはぁと荒い息を吐き出している。
中角も額から噴き出す汗を手の甲でぬぐいながら、やれやれと膝に手をついた。
「確かにこいつは堪えるわい。……火の精霊の領域ともなれば、ずいぶんな暑さじゃのう」
そう呟く中角の脳裏にふと蘇ったのは、数日前の青い髪を揺らす精霊の姿だった。
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「あと三体、私と同格の精霊がいるわ。そのうちの一体、火の精霊サラマンダーのことだけど……」
ウンディーネは青い髪を揺らしながら続けるが、その美しい眉はわずかにひそめられていた。
「サラマンダーは、ここから北に行った所の山にいるわ。ずいぶん昔に噴火したけど、今は静かな火山が奴の住処よ。
ただ、あいつは変な性格でね、単純な戦いを受けてくれるかどうかわからないわ。
でも戦闘になったとしたら、私の力が凄く役立つはずよ。なんでかって?それは勿論相性よ。
そうそう、言い忘れてたけど私からのアドバイス、精霊の力には相性があるの」
「ほほう、あどばいすとな?三杯酢みたいなもんかの?」
中角はふふんと鼻を鳴らし、おどけてみせる。
「そんなわけあるかよ。文脈からして助言みたいな意味だろ……」
鳴狼は紙型の中でやれやれと呆れた。
「わかっておるわ、お洒落な冗談じゃよ」
「貴様の冗談は分かりづれぇんだよ!……いやスマン、続けてくれ」
ウンディーネはクスリと笑うと、真面目な顔に戻って説明を続けた。
「……それで、精霊同士の相性の事なんだけど、水>火>風>土って感じかしら。覚えておくといいわ」
「ほう、そいつは興味深い事じゃな。となると、水が一番強くて、土が最弱と言うわけじゃな」
中角はわざとらしく顎に手を当てて首をかしげる。
「ちげぇーよ、その後、土>水って繋がって、ぐるっと輪になってるってことだろうよ!」
即座に突っ込んだ鳴狼に、中角はひらひらと手を振る。
「わかっとるわい、またまたお洒落な冗談じゃよ」
「だから、貴様の冗談は分かりづらいんだって!!」
「まあそう言う事だから、もし戦闘になるようだったら、ぜひ私の力を使ってみるといいわ」
ウンディーネは優雅に微笑みながら言い添えた。
「おお、かたじけない。なるべく戦いたくはないが、わしもその方が簡単でいいと思う。ぜひ戦闘になるように祈っておいてくれ」
「いいわね。ぜひオジサマがサラマンダーと戦えますように……!」
楽しげに両手を合わせるウンディーネに、鳴狼は冷や汗を拭う。
「何ちゅう祈りだよ……」
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やがて、二人は山頂にある火口に辿り着いた。
物珍しさから噴火口をのぞき込んでみるが、そこには誰もいなかった。
当てが外れた二人は、しばしそこで休憩をとることにした。
相変わらず地面は熱を持っていたが、頂上付近は風が通り抜けていたので、道中と比べるといくらかはましだった。
「そういや中角よ、この俺が入っている紙型だがな。
こいつが破れたりしたら中にいる俺はどうなるんだ?」
中角は山頂から遠くの山々を見渡しながら答えた。
「そりゃあ破れ方によってはお陀仏じゃ。
紙型は言わば一人用の部屋の様な物じゃからな。
部屋が巨大な刃物で真っ二つになったところを想像してみろ。
刃物に当たる位置におったら、一緒に真っ二つじゃ」
「なるほどな。単純に小さく軽くなっただけで、本質的には外と変わらんようだな。だが俺は霊体だぜ?刃物じゃあ切れまいが」
「確かにお主自体は霊体じゃ。じゃが紙型の中におる時は、お主の体は紙と一体化しておる。存在を同質化することで、携行できるようになっとるわけじゃからな」
「ふーむ。そういうものかね。じゃあとにかくこの紙型は俺の部屋であり、その中にいる間は、文字通り防御が紙みたいなもんってことか」
鳴狼は紙型の中で、壁のように見える部分をコンコンと叩きながら納得した。
紙でできているはずなのに、しっかりと固い。内部にいるものにとっては、そう言う風に感じられるのだろう。
「うむ、その認識で正しい。それにしても、かつての『自称荒神』が紙防御とはわしの術ながら皮肉なもんじゃな。
神だけに紙、ってか?ワハハハ……」
「いや笑えねーよ。そもそも冗談だとしても全然面白くねーし…」
「またそうやって……。我慢せずとも良いのじゃぞ」
「いやマジで我慢してねーからな。心底つまらんと思ってるぜ」
その時、中角たちの後ろから声がかかった。
「あのう、こちらに何か御用ですか?」
振り返ると、丸っこいトカゲのような生物が、二本の足で立っておっかなびっくり二人の様子をうかがっていた。
ただ、普通のトカゲでないことは一目でわかった。
何しろ、そのトカゲは全身から微かに炎が噴き出していたのだ。
「これは失礼した。もしやお主は『さらまんだあ』ですかな?」
(おっ、やっと仮名で発音してやがるな……って、どうでもいいけどよ……)
「はい、僕はこの山に住む精霊、サラマンダーです。あなた方は?」
中角はサラマンダーの方に向き直ると、気安く自己紹介を始めた。
「わしは陰陽師の役中角と申す。
ああ、陰陽師というのは、お主らで言う所の召喚士のようなものじゃ。
そしてこれ(紙型)は我が配下の鳴狼じゃよ」
「配下と言っても、一時的に、だがな」
即座に訂正を入れながら、鳴狼は紙型の中で肩を竦める。
「俺は鳴狼。人間が召喚する精霊と同じと思ってくれていい。
って、お前さん自身が精霊だったか」
中角たちの答えを聞いたサラマンダーは、くりっとした目を丸くした。
「なんと、召喚士の方でしたか。と言う事は、僕の力をお求めですか?
それにしても鳴狼さんでしたっけ、確かにあなたから精霊の気配はしますが、紙の人形にしか見えませんね。素晴らしい技術をお持ちです」
「おっ、わしの術の高度さを分かってくれるのか。
そうともそうとも、こいつは見た目は簡単でもなかなか難しくてなあ」
中角は鼻を高くし、顔をほころばせた。
「分かりますとも。僕も似たような趣味を持っていますので。
小さくて精巧なものは、作るのはとても難しいですが、完成したときの喜びはひとしおですよね」
サラマンダーの熱心な言葉に、中角は満足げに深くうなずいた。
「うんうん、お主とは何だか気が合いそうじゃな」
「僕もそう思います。どうです、立ち話もなんですから、僕の家においでください。直ぐ近くですよ」
「おお、それは嬉しい申し出じゃ。それじゃお邪魔するとしようかの」
中角はひょいと足を進める。
「まあ、確かに精霊の家ってのも少し興味はあるな」
鳴狼も紙型の中で、興味津々といった様子で大きく頷いた。
サラマンダーは噴火口の中に入っていった。
中角も後に続く。
それにしても先程は建物など何もなかったのに、と首をかしげる中角たちの目の前にその答えはあった。
火口の内側の壁に、明らかに扉が付いているのだ。
上から覗き込んだ際には、足元の壁面までは見えなかったのだ。
「こちらです。さぁさどうぞ」
サラマンダーに案内されて中に入ると、綺麗に整えられた部屋と、作業場らしき小さな台が目に入った。
壁には備え付けられた棚まであり、その上にはいくつもの岩の塊が並べられている。
辺りを興味深そうに見まわしていた中角が忌憚のない意見を口にする。
「ただ岩をくりぬいただけかと思っておったが、なかなかちゃんとした作りじゃのう」
「貴様失礼だぞ、第一声がそれかよ!」
即座にツッコミを入れた鳴狼とは対照的に、サラマンダーはにこにこと笑っている。
「アハハ、人間の方から見ればそう感じるのも無理はありませんね。
普通、我々精霊は家など作りませんから。
でもこれには訳があるんです。
実は、この家は僕の作品の保管庫になっているんですよ」
「保管庫、作品じゃと……?
もしかして、壁の棚に並べられているあれかの?」
「はい、そうですよ。ぜひ見ていってください」
サラマンダーに促され、作品陳列棚に近づくと、岩の塊のように見えていたものは、どれも驚くほど精巧な像であることが見て取れた。
犬、猫、鳥、牛、蛇……、見たことのある動物たちが並んでいる。
そしてこれは何だろうか、ウサギに角が生えているようなものもあるし、馬に羽がくっついているようなのもいる。
どれも思い思いのポーズで、今にも動き出しそうだ。
「初めて見る形のは、恐らくこの世界固有の動物だろうな。
それにしても見事なもんだ。俺は芸術は分からんが、生き生きとした躍動感が伝わってくるぜ」
鳴狼が思わず感嘆の声を漏らした。
それを聞いたサラマンダーは嬉しそうに言う。
「わかりますか!?
そうなんです、僕は色々な動物たちの像を作るのが趣味なんですよ。
あなた方のお持ちになっているその紙の人形も、シンプルですが、非常に洗練された形だとお見受けしました」
「なるほどのう、確かにわしのこの紙型も、ある意味芸術品といえるわい。
こいつはまずこの紙をこうして折っていくんじゃ……」
中角は懐から四角い紙を取り出すと、目の前で手早く人型に折りあげた。
「ほれ、これで完成じゃ。わしのは毎回同じ形じゃから、余り芸術的な要素を突き詰めてはおらんがの」
そう言うと中角は折りあげた紙型をサラマンダーに手渡した。
サラマンダーは慌てて両手の火を消して受け取る。
「わ、わっ。……これ、頂いていいんですか?
紙で作られた人形なんて初めてですよ。ありがとうございます。
……すごいなあ。これは一番の場所に飾ろう」
サラマンダーは嬉しそうに、いそいそと動物たちの像の配置を変え始めた。
太い指を器用に使い、そっと繊細に扱っている。
中角がふと難しい顔をした。
「お主、その人形はどうやって作っておるんじゃ?
見た所、道具も無いようじゃが……。その指では、細い部分などうまく削れまい?いや単純に気になってのう」
「だから失礼だろっ!」
再び鳴狼がツッコミを入れるが、サラマンダーは相変わらずニコニコして答える。
「確かに気になりますよね。興味を持っていただいて嬉しいですよ。
じゃあ今度は僕が制作過程をお見せしましょう」
そう言うとサラマンダーは部屋の片隅に転がっていた小さな岩の欠片を手に取った。
両手で持つと、口から炎を吹き出す。
最初はゆっくり噴出されていた炎だが、サラマンダーが口をとがらせて行くにつれ、その炎は細く鋭くなり、まるでバーナートーチのように変化した。
その鋭い高温のバーナーで岩を削っていくのだ。
少しでも手元が狂うと一気に岩の温度が上がり、細かい形が失われてしまうらしく、非常に繊細な調整が必要な作業である。
「おお、そう言うやり方であったか。確かにそれなら道具は要らんの」
中角は感心したように見とれている。
「それにしても細かい作業だぜ。俺には無理だ。目が回っちまう」
鳴狼は紙型の中で、再び肩を竦めた。
「さすがに火の精霊ならではのやり方じゃのう。
お主、それだけ熱くなった岩を持っていても、火傷などはせんのじゃろ?」
「はい、僕は火の精霊ですから熱さは平気です。むしろ大歓迎ですよ。
でもあまり温度を上げ過ぎると、この岩がさらさらの水みたいになってしまって、うまく形を整えられないんですよ。
この温度調整も腕の見せ所なんです」
サラマンダーは得意げに胸を張り、眩しいほどの熱を纏った指先を器用に動かしてみせる。
(こいつは驚いた。
岩がそこまで解けるという事は、恐らく一千度以上の熱を発生させられるわけか。ウンディーネの時より、よっぽど敵に回したくない相手だぜ……)
鳴狼は一人紙型の中でサラマンダーの脅威を感じていた。
(出来る事ならこのまま穏やかに終わってほしいぜ。
ウンディーネの時は知らずに俺が出てしまったから戦闘になってしまったが、今回は俺がずっとこの中にいればいいわけだからな……)
「……それにしても喉が渇いたのう。朝から歩き通しだったのが響いたわい。不躾なお願いじゃが、水を一杯所望できぬか?」
鳴狼の心配をよそに、中角はのほほんとした様子で水の注文までしている。
「申し訳ないです。ここには人間が飲めるような水は無いんですよ。僕一人の家でしたから」
「そうか、仕方ないのう。……そうじゃ、あの手がある」
「ん?あの手……?お前まさか……」
「『雲泥濘』!顕現し、わしに飲み水を出してくれっ!!」
「おいっ!よせっ!!」
鳴狼が止めようとしたが、すでに手遅れだった。
ポンと現れたスライム状の雲泥濘は、見事な手際で氷のコップを作り上げ、たっぷりと爽やかな水を湛えて中角に手渡す。
「はーい、お冷よー」
「うーーん、うまいっ!もう一杯じゃ!」
「おい中角……お前……精霊の領域内で……」
その先はサラマンダーが引き継いだ。
「……別の精霊を召喚する行為、それは決闘を意味します……。
あなたの行為を、宣戦布告とみなしますっ!いいですねっ!!」
激怒するサラマンダーを目の当たりにし、ようやく事態を把握した中角は、あわてて雲泥濘の召喚を解いたが、完全に後の祭りであった。
中角は残ったお冷を飲み干すと一言呟いた。
「……あちゃあ、こりゃあやってしまったのう」




