06 覚醒〜意識〜
「……死ぬ。」
先程の鬼ごっこにて、僕は生気を消費しすぎてしまった。今、天城さんの背中に、死にかけながらおぶさっている。彼のパーマのかかったショートヘアは、人を背負う上で、まったくもって邪魔にならず、かなり理想的だ。
「おお、よぉ頑張ったわ。丁度ええ。良い部屋あるけぇ、そこ使ったらええわ。」
窓辺に置かれた観葉植物が、オレンジに照らされ、心地良さそうだ。僕もなんだか眠くなってきた。
「あ…りがと………ござ…」
ドサッ
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「うぅ…」
朝、憂鬱だ。今日も学校に行かなきゃいけないのか…
「いつまでボサっとしてんのよ。」
「うーん…」
意識の覚醒を、人為的に誘発されるというのは、全く腹立たしいものだ。
「母さん…自分で起きるから……うぅ…」
「誰があんたのママよ。」
「ギャッ!」
僕の腹部に、強烈な衝撃が走る。そこは骨もない柔らかな部分だったので、内臓にまで被害が及んだ。
「あ、あれぇ…」
思い出した。僕は異世界に転移したんだった。しかも死んだままに。そして腹が痛い。魂となっても、臓腑は守るべきものらしい。
そう、僕は魂。理屈はわからないが、僕は魂として、この世に存在している。そしてそれは、肉体とは違い、一晩である程度傷も修復できるらしい。これはすごい。
「ったく、天城の奴…」
女性の呟きが聞こえる。彼女は桃井だ。昨日、僕の口を裂いたあの桃井だ。僕を拷問するのに耐えきれず、途中で離してしまった、あの桃井だ。
何故か僕の部屋に彼女がいる。やはりあの組長の意向で、僕と桃井は、結婚する方向で動いているのかもしれない。……なるほど。
しかしながら、桃井は絶対に無しだ。パッツンのボブカット。それは突如転校していった、かつてのクラスメイト、『藤本由衣』を彷彿とさせる。
僕は、彼女に鮮烈な感情を抱いていた時期もあったが、それは彼女が清楚だからだ。
しかし桃井は眉毛もなけりゃ、目つきも悪い。はっきり言って怖い。真逆だ。だからダメだ。
「あ゛?」
机に座って、珈琲を飲んでいた桃井から、槍の様な目線が飛んでくる。僕が、彼女を吟味するような目で見ていたのが、気に障ったのだろう。
「そ、その、なんで君がここにいるんだ?」
必死に言葉をかけてみたが、緊張して、少しばかり丁寧な男になる。
「ソレはこっちのセリフだから。なんで帰ってきたら、あんたが平然と寝てんのよ。死んだんじゃなかったの?」
彼女は、不満げにコーヒーカップを揺らしている。
「悪ぃな、あんたの部屋にこいつ暫く置かしてもらうわ。」
「うわぁ!」
いつの間にか、天城さんが部屋にいた。
「それと愛莉、あんたの処分についてなんやが。」
「…………………………」
桃井の顔が強張る。昨日の失態についての話だろう。
天城さんは、口を開いた。
「あんたら二人で稼業に行ってもらう。」
「え?」
「は?あれは私のミスでしょ?なんでこいつも巻き込むのよ。」
彼女は、怪訝な表情を浮かべる。
「あ?なんか文句あるなら、ゆうてみぃ。」
「チッ………」
桃井の不満げな態度を、彼は卒なく制した。
この任務をしくじったら、桃井は、僕もろとも飛ばされるのだろうか。もしそうなら、流石に申し訳なく思う。
「大熊。」
天城さんは、ソファーに腰を掛けながら、ゆっくりと、そう呟く。
「害獣的な奴…ですか?」
「ちゃう。組や、組。あんねん、ここらへんじゃウチの次にデカい組織が。」
「…………………………」
桃井は、真剣に話を聞いているようだ。
「情報抜いて、始末しろ。」
天城さんは、ファイルから写真が印刷された紙を取りだし、そう言い放った。
印刷された写真には、マスクをした、暴走族の末端の様な男が映っていた。
「最近、うちのこと嗅ぎまわっとるっちゅー話や。まぁ安心せぇ。ただのチンピラじゃ。」
始末、とはどうすれば良いのだろうか。そういえば、ここは本当にヤクザの事務所なのだろうか。
「天城さん、ちょっと良いですか?」
「おぉ、どうした?」
「ここって具体的に、何をする組織なんですか?」
天城さんが、少しニヤついた。
「なんや、憂。今回に限って察しが悪いのぉ。」
天城さんは、少し間を置いて続けた。
「殺しや、殺し。紡刻組は殺しを生業としてんねん。」
「え?」
「そうそう、俗に言う殺し屋って奴。因みにアタシは黒蝶って異名がついてて、そういう界隈じゃ、結構有名なの。」
自慢げに語っているので、ここはおだてて機嫌を取っておこう。この後お世話になるのだろうし。
「桃井さんって、結構すごい人だったんですね!」
「ふふっ」
殺し屋。日本じゃ考えられないことだ。そして、僕は殺し屋になるのか。なんだか少し、胸が熱くなる。
「桃井、憂に色々教えちゃれよ。お前1人じゃこの内容は無理やろ。」
「はぁ?アタシは、一思いに殺せないのが無理なだけなの。」
「まぁ、結果で見せてくれりゃ、それでええわ。愛莉を頼むで、憂。」
「任せてください!」
バチッ
「調子に乗んな。」
「すいません。」
「ははっ、仲良くせぇよ。しくじったらほんまに終わりやけぇな。」
天城さんが部屋から出ていく。その顔は、微笑みながらも、どこか真剣な表情をしていた。
「それじゃ、アンタもでてって。」
「へ?」




