07 争い〜群像〜
「それじゃ、アンタも出てって。」
「へ?」
「何驚いてんのよ。まさか、ホントにアタシと暮らそうと思ってたわけ?」
思っていた。だが、望んでいたわけではない。
それをまるで、こっちから求めているかのように言われると、少し苛立つ。
「思ってるわけないじゃないですか。僕も、できることなら早くあなたに出て行ってほしいですよ。」
「はぁ? 喧嘩売ってる? アタシに?」
額の傷――罰印と呼ばれていたそれが、蠢いている。
今なら、心が読めるのだろうか。
まぁ、使うまでもない。
「まさか。あなたが勝手にキレてるだけでしょ?」
椅子と床の奏でる、不愉快なハーモニー。それと共に、彼女の不機嫌そうな顔が目に入る。
「うっざ。死ねよ。なんなら殺してあげようか?」
彼女の燃え盛るような顔を見て、しかし僕は平然を貫き、一言だけ返した。
「試してみます?」
「お言葉に甘えさせてもらうわ。どうせ、任務はアタシだけで充分。足手纏いは、いない方がいいもの。」
――あのザマを見せておいて、僕を足手纏い呼ばわりか。
「どうします? 今、やりますか?」
「あたしの部屋が、アンタの魂の残骸で穢れるなんて、たまったもんじゃないわ。21時、牛刻亭の路地裏で、また会いましょ。」
「分かりました。僕の部屋が、あなたの血で染まらないようで安心しました。」
「ふんっ」
僕は、それから何も言わずに外へ出た。
――さぁ、どうしようか。
勝てる算段はある。だが、それは彼女の実力次第だ。
時刻は21時。取り敢えず、金も何も持っていないから、武器などを買うことはできない。
生身でプロの殺し屋と相対するのは、どう考えても分が悪い。
「うーん。」
考えに耽りながらエレベーターへ向かって廊下を歩いていると、突然、体が吹っ飛んだ。
「いってぇ……」
「お前さん、前向いて歩いたほうがええよ。」
声のする方を向いてみると、男が立っていた。
広い肩に、厚い胸板。それに、太い腕。
スーツに覆われたそれらは、今にも布を突き破りそうなほど、必死に存在を主張している。
「って、見ねぇ顔だな。どうした? 新入りってやつか?」
僕に優しく笑いかける彼。
短く刈り込まれた髪に、整えられた顎鬚。柔らかく細められた目の下には、深い隈が刻まれている。
間違いない。おじさんだ。
「そうです。昨日ここに来ました。まだ体験入社って形ですが。」
「ここに来たって……あぁ、漂着かぁ!」
彼の顔が明るくなる。
「そうらしいですね。僕には、何のことやらって感じですよ。」
地球から、この謎の世界へ辿り着いた僕。
だが、故郷のことを知っている人は、他にもいるのだろうか。
「その……漂着刻印者って、他にもいるんですか? そ、その、良ければ会ってみたいのですが……」
男は顔を若干顰めた後、にやつき始めた。
おじさんの笑顔は、なかなかグロテスクだ。
桃井は耐えられるのだろうか。
いや、腹が立つので、あいつのことは今は考えないでおこう。
「俺も、漂着だ。漂着刻印者の、鉄尾陽大だ。」
「え?」
意外な回答だった。
こんな意外なところに、仲間がいるものだ。
「ぼ、僕は、深山憂っていいます。ってことは、米酢犬歯とか、知ってますか? いや、世代じゃないか。そ、そうだ! the残オールスターとかは!?」
彼の返答が待ち遠しい。
こんなにも、この数秒のラグにそわそわするのは初めてだ。
目を輝かせる僕を見ながら、男は恐る恐る口を開く。
「すまんな。俺には、ここに来る前の記憶がない。」
「あ……」
そっか。
転生したからといって、記憶が残っていると約束されているわけじゃないよな。
「そうですか。すいません。」
「はっ。だが、俺とお前は言葉で通じ合っている。そして、それは俺だけじゃないだろ?」
「てことは...」
「そうだ。紡刻組は、過半数がお前さんの同郷によって組織された組だ。どうやら組長は、ここに来る前の記憶を持っている輩を見つけ出したいらしい。」
なるほど。だから僕は拾われ、審問されたわけだ。
そして僕は、あの老人が望むものを持っている。
切り札として、これ以上に強力なものはないだろう。
――このおじさんは、役に立つ。
今のうちに、聞けることを聞いておこう。
「それとな、ここで生活する上で、最も重んじるべきことを教えてやる。」
「お願いします!」
「まず、天城って奴は信用するな。あいつほど胡散臭い奴はいねぇ。」
天城さん。僕を助けてくれた恩人だ。
だが、話を聞く限り、それは善意から来たものではないようだ。
「なぜですか?」
「あいつはな……」
「おい、鉄尾。あらぬことを吹聴するのは辞めときや。」
「..........!」
天城さんだ。いつもの優しい顔ではなく、今は、少しだけ目つきが悪い。
そして、彼の声を聞いた瞬間、鉄尾さんの顔が大きく歪んだ。
「おお、天城か。良いタイミングだ。丁度、お前のことについて話していたところだ。」
「どうでもええ。憂はまだ正式な構成員ちゃう。そいつを知ってて、まさか組の秘密とかバラしたりしてへんよな?」
「ははっ、大丈夫だ。こいつなら絶対にウチの組に合格するさ。」
天城さんは非常に喧嘩腰で、鉄尾はそれに少しの臆しを見せる。天城さんの方が、役職が上なのだろう。
そして、僕のことで争わないでほしい。どんな顔をすればいいのか分からなくなる。
「あんたぁ、それは規約違反や。どうする。それの処罰について、組長から任されとるのは俺や。」
天城さんの顔つきが、また変わった。
先ほどまでの怒りではない。
――仕事の目だ。
そして鉄尾さんも、本当に不機嫌そうな顔をしている。
このままでは、二人は衝突するだろう。
「すまなかった。本当に申し訳ない。」
横を見ると、情けなく頭をカーペットに擦り付け、小さくなっているおじさんがいた。
「謝って許される世界ちゃうわ。ここは、殺し屋じゃ。どう償えばええか、あんたはよう知っとるはずや。」
秘密を少し流してしまった。それだけで、死を与える。
ここは、そんな残酷な世界なんだ。
「俺が、こいつを育てる。そして、絶対に合格させる。どうだ? それなら問題ないだろ?」
鉄尾さんは、必死に生きようとする。戦っても天城さんに勝てないのか?図体的には、簡単に捻れそうな気もするが。
「おぉ、余計なことすんな。組長から憂を任されたんは、お前ちゃう。」
天城さんは依然として冷静で、それでいて残酷な対応に徹している。
「チッ。俺は頭がかてぇ奴は嫌いなんだ。なぁ、天城。ここは力比べで決めないか?」
鉄尾さんは、ゆっくりと立ち上がった。
「あんたは子供すぎるんや。なんでこんな奴を幹部にしたんか……組長さんも分からんなぁ。」
うねった髪を擦りながら、不満そうに呟く。
――僕は、もう帰っていいのだろうか。
「こうしよう。」
突然。
喉元に、鋭利で冷徹な刃物を突きつけられた。
「なに、するんですか! 鉄尾、さん……」
彼の筋力によって、僕は完全に身動きが取れない。
「俺を見逃さねぇなら――こいつを殺す。」




