05 抵抗〜インポシッブル〜
いける。相手の未来、または心を掌握していれば、そうそう負けることはない。そして僕の肉体は、今、人生の中でもピークに近い。
「来いよ。どうした? 終わりか?」
(頭、飛ばす)
頭に響いたその刹那、僕は身体を伏せた。アザラシみたいに、しかし必死に、上体を地面へ擦り付ける。
頭上を、何かが通り過ぎた。
次の瞬間、空気を引き裂くような轟音が響く。
遅れて、床の振動が伝わってきた。
息を呑んだ。怪物だ。
ここまで老いぼれて尚、
……いや。
考えるな。今は、避けることだけに集中しろ。
(掴めば、いいのだな)
反動を上手く使って立ち上がる。そして足だけで、死に物狂いに距離を取った。
ソファーからソファーへ移動する。掴まれたら終わりだから、とにかく、全力で逃げた。が、手も使えない状態の帰宅部の全力なんぞ、たかが知れていた。
次の瞬間、赤子の手を捻るが如く、首根っこを掴まれた。
「――ッ!」
身体が浮き、そのまま地面へ叩きつけられた。肺から空気が抜けて苦しい。
女に助けを求めようと視線を走らせる。しかし、そこに彼女の姿はなかった。
「生意気な小童や。」
老人の声が、うつ伏せになった僕の後ろから聞こえた。
「まあええ。おどれがどうなってもええって覚悟あっての行動やろな。」
首が締まり、息が出来ない。
今、己の身が、危機的状況にあるにも関わらず脳は呑気に、尿道を緩めようとしていた。小二の頃までは、よく漏らしていて、それに本気でコンプレックスを抱えていた時期もあった...
いや、今は、そんなことどうでもいい。
「好きにしろよ」
「.......」
「どうする?死人の俺を殺すか?ああ?」
自分でも笑っちまうくらいのカラ元気に、老人は、呆れたように、ただ僕を見下ろし、吐き捨てるように言った。
「お前の罰印は、何のために刻まれたもんや。なっさけない。」
『罰印』それは間違いなく、僕の額の傷のことだ。
「最後に一つだけ、教えちゃる」
首にかかっていた圧力が、重力のみとなる。
僕は反射的に息を吸った。そして、これ見よがしに脱出を図った。
だが、当然それは失敗に終わり、苦闘の末、僕は仰向けになった。
そして、老人と目が合う。その時、初めて気づいた。彼の手の甲にも、罰印というものがあった。
「刻理」
老人の手が震える。
「それは、刻まれた其のエネルギーから生まれし【理】」
「っ……!」
老人の手のひらから、何かが落ちた。
液体。
それは少し濁りながらも、透明と呼べる色だった。
空気に触れた瞬間、熱を奪い、霜を墜す。
そして、
僕の頬に、優しく触れた。
「あっ......」
僕の魂が凍てつき、壊死する様子をありありと感じさせられる。
古びた手から液体が次々と溢れだす。
それは、僕の体を覆い、そして崩す
「あっ……あ、ああぁ……」
死んでいるはずなのに。
死んでいるはずなのに、何故か僕の脳が、これから死ぬための準備をしている。
逃げたくても、どうすることもできない。
今はただ、痛みと絶望に喘ぐことしかできないのだ。
「最後に、言い残すことは。」
「ぼ、僕は!人の心が読める!」
凍らされた皮膚が痛み、言葉が流れ出た。
「今更命乞いか。まるで中途半端な奴だ。」
「だ、だからぁ!お前の秘密だって!分かる!」
「.......ふむ。」
徐に、老人は顎をさする。
「ならば、バラされぬうちに、ここで殺してしまおう。」
液体が集まる。
「待てよ!僕は!心が読める、だから!あんたが知りたい情報も盗んでやれるんだぜ!」
液体が少し小さくなる。
「さ、さらに!僕はまだ17だ!将来性だって!充分に見込める!」
また小さくなった。
「しかも!特別に桃井とかいうあの女を!貰ってやってもいい!」
大きくなる。
「すいません。」
「確かに、あんたのその能力は、使えるかもわからん。」
老人は静かに言った。
「てことは…」
「やが、あんたが使える奴やとは限らん。」
「………………」
そりゃそうだ。
僕は数時間前まで、一介の高校生だった訳で、何か特別なことができるわけでもない。
「結果、残せや。」
老人が呟いた。
「残せんかったら、その時は、分かるな?」
「へ?は、はい。」
思いもよらなかった返事だったので、間抜けな声が出た。
あれだけケンカを売ってしまっては無理かと思っていたが。
いや。
今だって、殺されない保証なんてどこにもない。
それでも生き残った。やはり人生、勢いである。もう僕は死んでしまっているが。
「あんたの面倒は、天城が見る。いいな?」
「あいよ。」
「天城さん!?」
ガラの悪い男が、のっそりと扉から出てくる。どうやらずっと居たらしい。
「すまんかったのう、憂。」
「いえ、ちょっと皮膚が裂けただけなので大丈夫です。」
ちょっとどころの被害ではないが、もうそんな事どうでも良いくらい、安堵している自分がいた。
「お前が、ボスにえげつないことゆうた時は、もうホンマ終わりかと思ったわ!」
天城さんは、ガハガハ笑いながら僕の背中を叩く。
「そんじゃ、ボス、こいつ連れてくんで、また後々指示出してください。」
僕は手を引かれるように、天城さんについて行った。




