04 審問〜無抵抗〜
「新人、或いは死人...」
目に入ってきた、目が離せなかった。それは、アンティークな、落ち着いた雰囲気の部屋でも、壁に掛けられた、目がチカチカするような色彩の絵画でも、美しく身なりを整えられている観葉植物でもなく、枯れ木の様な、老人だった。
「貴方が、、ボスと呼ばれていた方ですか?」
「そう、だ。」
彼の声は、かすれや艶を孕み重厚感を醸し出している。しかし彼は、それや、身分にそぐわぬ、しけた格好をしている。
「桃井、やれ。」
バッ
「!?」
なんだ!?何が起きた!?一瞬で手足が縛り付けられた。服も剥がされてる。まさか...
「騙したんですか?天城さん!あんた言ってたよな!ボスと話すだけだって!」
「………………」
何も言わずに立ち去って行った。ダメだ、まんまとしてやられた訳だ。
「クソ…」
老人が渇いた唇を、ゆったり開く。
「これからにお前に、2つ、質問する。嘘吐いたら、横の女が指を削ぐ。」
「っっ.....!!」
突然、背中に刺される様な激痛が走る。
「いっ!ってぇ...」
「返事しろ、ヘボ。」
吐き捨てる様に、冷たく。振り下ろされた鞭は背中に影を残す。僕と同い年、それよりは少し年上に見える女、桃井というらしい。
縛り付けられた俺の横に立ち、これからの執行人を託された彼女には、僕に恩赦を働かせるなんて考えは、毛頭なさそうだ。ここは嘘無しで、乗り切ってみせる。
「それじゃぁ、一つ目。」
「....はい。」
「お前は、今どっちや。」
「それは、どういう意味ですか...?」
「お前は今、生きとるんか、死んどるんか。どっちや。」
「それは...」
言葉に詰まる。
死んだのか、生きているのか。
今はどちらとも言えない。
ただ、死んでいるのなら僕はここにはいない。
なら、こう答えるしかないだろう。
「生きて、います。」
「やれ」
「は?」
嘘はついていない。そうか、こいつらはヤクザだ。僕を生かす気なんて最初から無かったんだ。
「はい。」
女が返事をする。
僕の指は、スッと切り落とされた。
「あ゛あ゛ぁああ゛ああ゛」
僕は反射的に叫んだ。
心のままに叫んだ。
壁に掛けられた絵画が揺れる。
叫べば叫ぶ程、痛みを忘れられると思ったから、叫ぶ。
「はぁ、はぁ、」
絵画は元の位置に戻っていた。
そして気づいた。
「ふん。」
僕の指を通ったナイフ、それには血がついていなかった。
「どうゆう、ことだよ...」
「魂には当たらんナイフで斬らした。」
「は?僕が、魂?」
「しらこいな、知らんかったんか?まぁ、そんな訳ねぇだろうな。」
知らない訳ではなかった。
ただ、2度も死んで、今こうして意識がある。
自分は生き返れたりする、そう思えても仕方ないだろ。
それでもなんで、僕は平然と大地を踏みしめられているんだ。
分からないことだらけで、腹が立つ。
ただ、質問には真面目に答えよう。
「次、妄言ゆうたら、それで吐かせるけぇな。」
枯れ枝の様な、情けない指で刺した先には、女がいた。手には実の様なものをぶら下げている。
「....はい。」
昔、本で読んだ。
それは苦悩の梨という、拷問器具だ。
そこまでして僕の持つ情報が欲しいのか。
僕は何も知らないのに。
逆に教えて欲しいくらいだ。
老人の目は皺深く、されど鋭くこちらを覗く。
「ここに辿り着く前、何があった。」
概ね、予想通りの質問だった。僕は縛られた両拳に、力を入れて言った。
「うるせーよ老害が。」
----ー----ーー----
ガチャ
僕の魂にぴったりハメられた鉄製のその器具は、温もりを身勝手に奪っていく。
「準備、完了しました。」
女の顔が目の前にくる。切れ長の目に、等しく整えられた前髪。よく見ると眉毛がない。
「っ....!」
女と目が合い、きまづくなったから、少し目を緩める。彼女はジロジロ見るな、と言わんばかりにこちらを睨んでくる。
「回せ」
「はい。」
4枚の葉が、揃って立ち上がる。
「あがっっ、がっ、ぐぁ」
少しずつ、少しずつ僕の魂を崩す。
「吐け。」
開く。
「吐け。」
裂ける。
「吐け。」
崩れる。
ガチャ
僕の口が閉じる。梨は床に転がっている。
「....!!」
「桃井、何勝手なことしよる。」
彼女は耐えられなくなり、器具を外してしまった様だ。僕は今、そんなにグロテスクなのか?
「ごめんなさい、組長。あ、あたしには無理。」
膝から崩れ落ちた彼女の目には、涙が浮かんでいた。何やられる側がメンタルにきてんだよ。泣きたいのはこっちだ。
「全く、使えん売女じゃ。桃井、またあそこに戻りたいんか?ああ?」
「あ?」
突然、僕の中で何かがプツンと切れた。キレるつもりなんかなかったのに。何かが僕の地雷を踏んだ。
「おい!クソ枝!使えねぇのはどっちだ?こんなチンピラからすら情報抜けねえってのは、なかなかだぜ!?」
他者を守り、傷つける様な言葉が溢れてくる。僕には多少、裂けた口を使い熟す才能がある様だ。少しビブラートをかけて煽ってみた。アイツの眉間に飛び出た血管が見える。なんだ、この歳で思ったよりキレ症なんじゃないか。
「お前、何言って...」
女は俯いたまま、怯えながら声を出した。
(殴る。)
「うっ....」
またあれだ。脳内に直に響く声。殴る。ということは、僕は殴られるのか。まあ殴られても仕方ないだろう。
「残念だ。」
そう呟いた老人の姿はなかった。そのコンマ数秒後、強い痛みを孕んだ衝撃が僕を襲う。
「ガハッ」
両手が縛られ、受け身が取れないまま、すぐ後ろにあった観葉植物に激突する。
確かに、今殴られた。あの声は、未来、或いは相手の心の内なる声なるものなのか。
それなら、行けるかもしれない。




