19.溢れ出る想い。(ベベル視点)
ーーベベルーー
「いまの王妃フランシソア様は人ではありません」
キシリアナお嬢様がたどり着いた真相に驚愕する。お嬢様はそれを信じるか信じないかは私次第の判断に任せるという感じだ。
現王妃フランシソア様は十数年前に中身が全くの別人に入れ替わっており、今の王妃の中には悪しき魔女が入っており、人心を操ってやりたい放題しているとの事だ。
・・・もしかしたら私の調べたフランシソア王妃の過去が役に立つかもしれない。
「その確証はあるのですか?」
私の問いかけに少しの間考え込む、そして何かを決心したようにフランシソア様本人と入れ替わると言い出した。
長い年月で魔女の魔法が弱まっており、お嬢様の左指にはめたグリーンパールの指輪に閉じ込められたフランシソア様が喋れるようになったと言う。
何の前触れもなくお嬢様の雰囲気が大きく変わる。
一瞬気を失ったような白目になり、今度は上目遣いに怯えた表情になる、こんなお嬢様は未だかつて見たことがない。
本当に別人に入れ替わっている?
にわかには信じられないが、目の前で実際にそれが起こっている。
「・・・はじめ まして、フラン シソ アと申します」
辿々しく喋り始める、声色は一緒なのに喋りは全くの別人だ、その姿に底知れぬ恐怖を覚える。
本当に事件の真相が解明できるかもしれない、私は愛用の手帳を取出し、過去のフランシソア様を調べた際のメモを確認する。
「失礼ですが、お母様のお名前は覚えていますか?」
「え?母 ですか? ベリアンヌです。みんなからアンヌと 呼ばれて ました」
最初の質問で確信した、フランシソア様の母親はアンヌという名前でしか知られていない。ベリアンヌという名前はごく一部の人間にしか知られていないはずだ。
ベリアンヌとミゼット卿はあまりの身分の違いの愛故に、強引に引き離されたと聞く。以降ずっとミゼット卿を想い続けたベリアンヌは迷惑をかけまいとアンヌと名乗り続けたと聞いている。
「・・・あの、そろそろ キアと代わってもいい ですか?」
ここでフランシソア様が苦しそうな口調で申し出てきた、その姿がまるでお嬢様が苦しんでいるようで、苦い過去を思い出してしまう。
すると再び気を失ったような顔になり、すぐに立ち直り血色が良くなる。
「・・・ふう、で?何か分かったの?」
先程までのお嬢様に戻ってくれて一安心する。あのまま戻らなかったらと思うとゾッとする。
そして私が調べた内容を掻い摘んで話すことにする。母のベリアンヌが病で亡くなり、ミゼット卿に引き取られた経緯を話し、その前後での突然の変化があったことを調べた内容を教える。
何より平民としてい生きてきたのに、なぜかマナーや座学、ダンスなどを完璧にこなす才女の姿を見せる。幼少期を知る人はとても信じられない話だと語っていた。
彼女を知る人は口を揃えて、ごく普通の子供だったと証言している。
そして今、お嬢様の話を聞いて妙に合致を覚える。これは再度検証する必要があると言える。上手くいけばお嬢様の汚名も覆すことが出来るかもしれない。
「それじゃあ、この指輪を渡すので王妃様につけてあげてくれない?」
お嬢様が突然の申し出をしてくる。どういう意味だ?もしかして・・・
「お、お嬢様!?」
つい声が漏れてしまう、情けないが泣きそうになってくる。
お嬢様が周囲からの視線を感じ、理由を色々と聞かされて納得がいった。王家からしたら汚点を知るお嬢様が生きていることは困る、ローゼリア家で守れば再び諍いの原因となってしまう。
・・・しかし、それではキシリアナお嬢様だけが犠牲になってしまうのではないか?本当にそれでいいのだろうか?
せめてローゼリア家の人間だけは、お嬢様が生きていると知らせたい。病に伏している大旦那様も、ずっと悲しみに暮れている奥様も、気丈に振舞われている旦那様も皆がずっと後悔を抱いて生きている。
「せめて大旦那様に一目だけでもお会いして下さい!現在、大旦那様は病に伏せております。どうか、どうかお願いします!」
祈る様にお願いする。生きている姿を家の者全員に見てもらいたい。
お嬢様はしばらく考え込む様な仕草を見せる。そして大きく息を吐く、
「なら平民のキアとしてなら行きます」
・・・平民のキアとしてなら?
それは、もう貴族には戻らないという宣言だった。
目を見ると真っ直ぐに私を見据える。とても強い意志だ、あくまで犠牲となるのは自分だけという意味なのだろうか?
私にはその強い意志を覆させることは無理なのかもしれない。それでも大きく前進したと前向きに考えた方が良いと思えた。
そして私は命の恩人である2人に目を向ける、長身の方の女性ヨヒムさんはその佇まいから只者ではなさそうだ、きっとお嬢様をずっと守って下さったのだろう。そして交易センターの受付女性のクララさんも心底お嬢様を大切にして下さっている。間違いなく2人はお嬢様の心の支えとなっている、是非とも2人にも礼をしたい。
お嬢様の助力を得て2人にも同行を了承してもらい、王都への路銀を手渡す。
すぐにでも帰って報告しなくては。はやる気持ちを抑えつつ別れを惜しむ。
すると感極まったのかカリムがお嬢様に抱きつく。
長い付き合いの友人だ、別れのハグなのだというのは分かっている。だがなぜか許し難い感情に襲われる。無理やり引き剥がしてカリムの軽薄な行動を窘めてしまった。
「ベベル、今日は会いに来てくれてありがとう」
唐突に改まって感謝をされる。その顔は強ばり、緊張している様子だ。それでも真っ直ぐに私を見つめる。
「あの時、私はフランシソアに負けて苛立ち、周りに八つ当たりしてばかりいた。特に貴方には酷いことばかりしてしまった。本当に申し訳ありませんでした、謝って済むことではありません、全て私の弱さゆえの言い訳です」
突然頭を下げてあの時の謝罪を口にする。フラッシュバックするようにあの時の光景を思い出す。
静かに泣きながら、悔しさで唇を噛みながら耐えていたが。ついに心が決壊して感情のままに当たり散らかした、あの苦しく暗い過去が甦ってくる。
心がズシリと重くなる。
今になって思う。あの時に何も出来なかった自分が情けなくてしょうがない、苦しんでいる敬愛する主を助ける事が出来なかった。
謝りながら自分の弱さゆえと、お嬢様は今もなお自身を許せないでいる。
唇を噛みしめる・・・私が1番許せないのは何も出来なかった私自身だ!
「主人が苦しんでいるのに何も出来ない自分を、私は今でも許せません!」
相手は私の主なのに語気が荒くなってしまう、涙がとめどなくこぼれ落ちてくる。
それでもどうしても言いたい事がある。
「本当に、生きていて・・・良かった。生きる事を選んでくださって・・・本当にありがとうございます」
地に膝をついて感謝をする。全てを失い、命を狙われ、絶望の淵に立ち、そのまま自害する選択肢だってあったはずだ。でもこうして私の前で生きている、よくぞ生き延びて下さった、感謝と共に喜びをどうしても伝えたかった。
「うあああああああ!!!」
お嬢様が地面に突っ伏して声を上げて泣き始めてしまった。声にならない嗚咽だ、聞き取れないような声で「ありがとう」「ごめんなさい」と繰り返し呟いている。
しばらく経ち、お嬢様は顔を隠して無言で家の奥へ入って行った。
どうしよう?追いかけた方が良いのだろうか?
「悪いけど、ここから先は関係者以外立ち入り禁止だよ。アイツは私らが責任持って連れてくから、今日はもう帰りなよ」
ヨヒムさんが私の前に立ちはだかる。間違いなくお嬢様を思っての行動だ、ここでカリムから肩を叩かれる。どうやら潮時のようだ。
後を彼女達に任せて私達は酒場から出る。
いまだに心臓の動悸が止まらない、さっきの涙で濡れたお嬢様の顔が目に焼き付いて離れない。
このような気持ちは初めての体験だ。




