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妹は魔界の姫君様!?  作者: 鬼夢羅ふぁぶれ
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第二章 倉の導き

倉持家の歴史は古いらしい。なんでもその名字の由来ともなっている庭にある倉はかつて古文書を保管していた場所らしく、幕府お抱えの家だったとか。らしい、というのは賢作がとりたてて興味がなかったというのもあるが、それ以前に肝心の倉がもうそんな言われのあるような機能を果たしていなかったからである。かつてその中にあったと思われる古文書はとっくに政府の管轄下に入って国立博物館などに展示されてしまい、賢作が物心つく頃には「古文書を保管しているほど価値のある歴史的建造物」から「昔は言われのあったらしいボロ小屋」にまで価値が下がってしまっていたというのがそれの真相なのであった。ただ、せめてかつての威信を忘れじとするそんな祖父の見えざる涙ぐましい努力や先人達の栄華もどこ吹く風と言った風情で、賢作は自室に学生鞄を置いてからまたいそいそとその倉へと戻ってきたのであった。観音開きの扉を開き、慣れた手つきで扉のすぐ横に取り付けられたスイッチを入れた。天井に取り付けられた裸電球が、暖色の明かりをその倉の中へと投げかける。そして賢作が向かったその棚に、現在のその倉が成り果ててしまった全貌が白日の下に晒されたのだった。


「さあて、漫画漫画っと……」


かつて古文書が保管されていたその場所は、賢作の手によって漫画喫茶のような姿となり果ててしまっていた。何年も前の週刊誌や、ロングセラーすぎて部屋の本棚に収まりきらないコミックは全てこの倉に収蔵されているのだ。管理している祖父は何も言わないが、きっと先祖は嘆いていることであろう。所せましと並ぶ棚にぎっちりと詰まった漫画の中から吟味し、目に留まった本を取る。もちろん彼とて一介の男子学生、いつまでも少年漫画しか読んでいない訳ではないわけで。


「捨てれずにとっておいたとはいえ、別にこういう事をしたいわけじゃないんだよな」


そこには所謂アニメ絵の、妹を恋愛対象とするオトナ向けのコミックがあった。一人前に異性に興味があり妹という存在への憧れもあるとはいえ、こういった18禁的なことをしたいわけではない。やはり法に触れるリスクは犯したくないし、何よりこういった兄妹というのは愛でたりするものだというのが彼の言い分なのであった。そんな考えを強くしながら、賢作は棚にそれを戻した。


「……ん?」


すると、その拍子に一冊の本が棚から滑り落ちた。床に溜まっていたらしい埃が舞い、少し咳込みながらそれを拾い上げてみると、明らかに漫画ではない黒一色の装丁で、なかなかの厚さの本であった。もしかすると親父が勝手にここにいれたのかもしれないなどと思い、賢作はその本をひっくり返して題名を見た。そして、若干背筋が冷たくなるような奇妙な感覚を覚える。


「……『悪魔召喚大全』?」


大仰な六芒星が刻まれ、その上に金色の縁取りでそんなおどろおどろしくも胡散臭い文字が並んでいたのを読み上げ、賢作はなんともやるせない気持ちになった。確かに彼の父は科学オカルト雑誌を定期購読するほどオカルトが好きだが、まさかここまで胡散臭いものにまで手を出していたなんて息子としては何とも言えない気分である。しかしくだらないものだとはわかっていても、賢作は何故かその本に引き寄せられて仕方がなかった。そしていつのまにか読んでみたいとまで思っていたのだ。


「す、少しだけなら…いいか」


そして賢作は表紙に積もった埃を手で払うと、近くのパイプ椅子に腰かけ、そう古くもないらしいその本を開いた。




~*~

もし目を通した所で、古くて印刷状態が劣悪だったり言葉が読めなかったりした場合はどうしようなどと考えてもいたが、それは杞憂に終わった。見た目は古そうだが、中の印刷はかなりしっかりしていた。それどころか頁にも虫食い一つなく、かなり保存状態は良いように思われた。文倉としての役目を如何なく発揮したこの小屋に感謝しながら、賢作はその文章を指でなぞりつつ読み上げる。


「何々…。まず、悪魔に捧げる供物として書物を6冊捧げよ。その書の内容に深く共鳴した悪魔を、口寄せできる可能性がそれで多いに高まる。また、無知なる悪魔が出た場合でもその書に関する知識を貪欲に吸収しようとする…か。へぇ、オカルト本にしては結構凝ってるな」


まるで本当の黒魔術みたいだ、と呟きながら賢作は適当に本棚から漫画本を六冊引き抜き、本の挿絵の配置通りに並べる。それらは円形状に並べられ、見た目では本当に魔法陣のようである。ちなみにそこに置いたのはもう読み飽きたが保存状態が劣悪で、古書店に売っても値がつかなさそうな古い少年漫画4冊に、表紙が取れて痛みすぎていた雑誌が一冊。そして気の迷いで持っていてしまった妹ものの大人向けの漫画を一冊、そこに静かに置く。


「さあ、やったぞ。どうせ捨てても良いモンだし、失敗したってなんてことはないな。んで、次はっと…。それぞれを円で囲んだ後白線でそれを結びつつ呪詛を六度唱え……げっ、これマジで言うのか?」


そこにはご丁寧に片仮名で呪詛が書かれていたが、良い年をしてそんな真似をしたくないというのが本音である。だが不思議なことに、何故か賢作はそれでもしなくてはいけないような気がして、子供の時道路に書いて遊んだチョークを発見してその場に白線を引きつつその呪詛を唱えた。


「……ま、マクーアマクーア…イコテディマクーア…」


恥ずかしい。ご丁寧に片仮名で書かれているその呪詛を唱えるその度に、賢作は顔やら耳の端やらが赤熱していくのがありありとわかった。こんな馬鹿馬鹿しいことなどすぐにでも放棄してしまいたかったが、そこには彼一人しかいなかったことを良いことに、ぼそぼそながらもしっかりと六回、その呪詛を唱えきった。もう一生の三分の一くらいの恥はここでかききってしまったような気がする。


「い、言ってやったぞ…! 後は思いを込めた一言を述べて、悪魔の顕現をイメージすれば、召喚は完了するんだな。これで嘘っぱちだったらこんな本、古本屋に叩き売ってやるぜ…!」


賢作は恥ずかしさから解放されたやや強気な気持ちで、その漫画が並べられた奇妙な魔法陣に向かって手をかざす。ここで漫画やアニメだったら魔法陣が輝いたりするのだろうが、これは現実だ。その白線から燐光が湧くようなオカルトはそこにはない。それでも彼は、ここまで大がかりなことをしたのだからどうせなら最後までやってやるという、彼自身でも不思議で珍妙な使命感に突き動かされていた。


「契約のよるべに従い、出でよ魔の物よ!」


よく召喚の台詞で耳にする口上を口にしてから、賢作は一度大きく息を吸った。

そして、吐き出す。己の魂を、欲望を、願いを込めた、裂帛の叫びを。


「俺を兄と慕う、超可愛い女の子の悪魔! 出てこれるもんなら、出てきやがれーーっ!!」


思いの丈を吐ききって、肩で息をする賢作青年。そんな彼を迎えてくれたのは、呼び声に答える魔法陣の光でもなく、今まで通りそこにあった沈黙だけだった。賢作は制服の下の肌に鳥肌が無数に発生し、また顔が熱くなるのを感じる。


「…ああ、もう! 何やってんだ俺はこんなバカらしいこと! あー、恥ずっ!」


彼は無造作な黒髪を乱暴にかきむしると、その魔法陣に背を向けて後にしていった。漫画が散乱していたが、彼の恥ずかしさに攻めあげられた今の精神状況ではそれを顧みる余裕などなかった。裸電球のスイッチすらも切るのを忘れて、賢作は後ろ手で戸を閉めて自宅へと駆け足で戻っていった。

そのため、彼は気が付くことができなかった。その人気が消えた薄明るい倉の中で取り残された六冊の漫画が、隙間風でも入ってきたのか、音もなく静かに捲りあげられていっていたという事に。




~*~

「ああ…。何やってたんだ俺…。今更死にたくなってきた…」


彼が恥ずかしさに身もだえている内に陽はとっぷりと暮れ、夕食をとった後もベッドの上で転げていた。冷静になってみれば、あれは若気の至りなどという範疇を超えていた気がする。あれでは小学生の悪ふざけの方がまだマシだ。まるで中二病全盛期の時の黒歴史ノートを発掘してしまったような身を焦がさんばかりの恥ずかしさが、青年の体をチリチリといたぶっていた。


(…けど)


そんな「馬鹿らしいこと」を、その時はやってのけた。否、やらなくてはいけないような気すらしていたのだ。彼の名誉の為に言っておくと、賢作はいつもあのような事に興じては恥ずかしがるのを繰り返すような愚者ではない。いつもはいたって普通の、妹という存在に憧れを抱く一人っ子だ。そんな彼があのような恥ずかしい行動に及んでしまった精神状態は、いつもの心では考えられないことである。


「あの本、何か変な感じだったな…。……ん、本? ……あっ!」


そして賢作はあの珍妙な本の存在を思い出したと同時に、稲妻のような衝撃が体を駆け巡ってベッドから跳ね起きた。


「やっべ…漫画、置きっぱなしだった…!」


賢作は椅子の背もたれにかけてあった適当な上着を羽織り、簡単な外行きの恰好に着替える。時刻はもう日付が変わろうかとしている時で、家族は父以外寝静まっている。しかし、もし明日の早朝にでも彼の祖父が倉の掃除をしに入ってきたとした場合、乱雑に投げ捨てられた漫画やら雑誌やらが目に入ればきっと大目玉を食らうだろう。ましてや中にはやましいものも混ざっているため、もし親に密告されれば家族会議待ったなしだ。賢作は身震いすら覚える心地で、部屋を出ようとする。


すると、次の瞬間、窓の外から何やら異音がしたので足を止めた。何だか重い物が床の上に落ちたような、鈍い音だ。しかも気のせいじゃなければ、それは件の倉から聞こえたように思える。


「お、おいおい…。よりによってこんな時に…か、勘弁してくれって…」


もしかすると、泥棒かもしれない。賢作は自分の動悸を聞きながら、部屋を出かけた足の向きを少し変えて押入れの戸に向かう。観音開きのそれを開けると、その中から長い木刀を取り出した。休日に庭で素振りをする際に使っているものだが、もし泥棒がいたとしたらこいつで引っ叩けば逃げていくはず。そう自分に言い聞かせて彼は抜き足で玄関へと向かった。


こんなにも、自分の家から倉が遠く感じた事はない。賢作はまだ早鐘を打つ心臓を抑えながら、白く煌めく月明かりの下でそんなことを考えていた。彼の木刀をしかと握りしめる掌は汗でじっとりと湿り、もし振り回せばあらぬ方向に飛んで行ってしまいそうで怖かった。それでも賢作はそれが今の自分を守る唯一の手段であるそれを手放すことは出来なかった。


「こ、怖え…。あの変な本読んだバチが当たっちまったかぁ…? うおっ!」


忍び足で倉に忍び込むと、やはり倉の中からもう一度大きな音が聞こえた。気のせいでなければ、中で本が雪崩を起こすような音が聞こえたような気もする。これはもう、気のせいでは済まされない程に証拠が揃い踏みだった。賢作の足はとうとう震え始める。


(…いや、でも。これは鍵もかけずに出て来ちまった俺の落ち度だ。ど、泥棒は俺の手で倒さないと…落とし前はつけられない。この倉持賢作剣道部員、泥棒程度でビビッてたまるか…!)


しかし、思春期男子の意地や男気が恐怖心に勝ったようで、賢作は一息で倉へと続く階段を駆け上る。そして観音開きの扉に手をかけ、まさに恐怖を振り払うように勢いよく開け放った。


「だ、誰だ!」


そして渾身の叫びを放ったと同時に、木刀を握りしめる彼の目にまず飛び込んできたのは雪崩を起こした漫画の山。もうその段階で彼は背筋が冷たくなるのを感じたが、間髪を与えずにもう一つの光景が飛び込んできて、暫しそれすらも忘れてしまった。


彼の目の前、否、漫画の山の前で膝立ちになり、その本をゴミのように後方に放り投げる、極端に露出の多いメイド服のような衣装を身に纏った、長い金髪をポニーテールに束ねる女性がそこにいたからだ。外国人なのだろうか、それともただの変態か。いずれにせよ、彼は直感的に話がまともに通じる相手ではないと悟った。すると、そんな賢作の視線に気づいたのか、目の前のメイド服の女が素早く顔を捻って賢作の顔を見据えて来た。やや吊り気味の紫色のまなざしが心を射抜くようで、賢作は無意識に目を逸らしてしまう。


「ああ、君! ちょっと手を貸してくれないか、この中に人が埋まっているんだ。いかんせんこの量の本は私一人では捌ききれん、頼む!」


「えっ、あ、はい」


彼が素直に返事をしてしまった理由は三つある。第一に、外国人かと思っていたら普通に流暢な日本語を話したこと。第二に、話し方に教養を感じさせる、妙な安心感のようなものがあったこと。第三に、彼女が本を漁っていた理由が人助けの為という大義名分があったことである。ひとまず賢作は木刀を置き、その散乱した本をどかすのを手伝ってやることにした。本をどかすその度に埃が舞い、幾度となく噎せる。祖父の管理にも限界があることを悟った彼は、今度掃除をしようと人知れず決意したのであった。


「…でも、あなたもその埋まってる人も、どうしてウチの倉に?」


「うむ、私にもわからない」


「はぁ?」


大真面目な顔でそう口走った彼女に俺は怪訝な視線を投げかける。自分から来て暴れておいて、白を切るとはどういう事だろう。


「気が付けばここにいた、というべきかな。私はいつも通りリリスお嬢様の晩酌のお相手をしていて、共に月を眺めていたはずなのだが…」


「…はぁ」


まさかの電波系だったらしい。この改造メイド服を着ている時点で只者ではないということはわかってはいたが、ここまでアクが強いと比較的平凡たる自分のキャパシティでは対応しかねる恐れもある、と賢作は一瞬でも彼女に気を許した自分を責めた。だが、そんな事を思いながら厚めの雑誌を持ち上げた瞬間、その下から小さくて白い手が光を求めるようににょっきりと伸びて来たので、俺は小さく声をあげて後ろに転がってしまった。


「うわっ! ち、小さい手だ…。これってもしかして子供の…」


「お嬢様!」


賢作がその手の小ささにも度肝を抜かされていると、茫然とするその体を体当たりでどかすかのようにその金髪の女性が割って入ってきて、耕運機のような馬力で本をかき分け始めた。たちまちその腕から下の全貌も露わとなり、そこですかさずその金髪の女性が両腕を差し込み、本の山に生き埋めになっていた「それ」を所謂お姫様抱っこの形で救出したのだった。


「よ、良かったですねお姉さん!」


「うむ、君の協力があったおかげだ、感謝するよ少年」


「いえいえ、俺なんてそんな大したことは…」


賢作は後頭部を掻きながら謙遜する。さっきこそ気が動転していたのでよく見ていなかったが、じっくり見てみるとこの女性は、かなりの美人であることがわかった。しかもその過激なデザインのメイド服のようなそれに包まれている肢体はなかなか扇情的で、特にざっくりと開かれた胸元から覗く、まず平凡な生活をしている以上は一生お目にかかることなどできないだろうほどに布地を押し上げる豊満な膨らみに嫌が応でも目が吸い寄せられてしまう。状況が状況じゃなければ、諸手を挙げて喜びたいほどの出会いだったのだが…と、そこまで賢作は考えてから。


「……って、そうじゃなくて! あんたらなんなんだ! 泥棒か!?」


その自分が置かれていた状況を思い出し、飛び退くように後ろに下がってから木刀を掴んだ。もしかすると彼女らは泥棒かもしれないのだ。いくら美女だからといって、容赦することはできない。しかしそう思った矢先、手にしたはずの木刀が真っ二つになり、切っ先が床に転げ落ちた。何が起きたかさっぱり理解できなかったが、いつのまにか彼の鼻先に突き付けられていた、暗闇の中でも冷たく輝く銀色の刃が見えた瞬間それを理解した。

この銃刀法が厳しい昨今の日本の法律を何らかの手段でかいくぐり、漫画やアニメでしか見たことがないようなレイピアで自分の木刀を切り裂いたのだ、と。賢作は見えない手に押されたかのように、その場に情けなくも尻餅をついてしまった。


「いくら救助に助力してくれた恩があるからとはいえ、お嬢様に刃を向けるとは何事だ、この無礼者め!」


いつのまにか本から救出した「それ」を手放し、賢作に肉薄していた金髪の女性。最早吐息が感じられるほどにその距離は近く、しかしいつでもお前など殺せると言わんばかりに喉笛には細剣の切っ先が突き付けられていた。その現実離れした出来事が立て続けに起こるため混乱を起こしかけている賢作の脳内だったが、それでも生命の危機に晒されていることは理解できたようでひっきりなしに警告音のように鼓動が壊れそうなほどに早鐘を打っていた。


「お、お願いだから命だけは…! ここに宝物なんかないしマンガくらいしかないけど、何でも盗ってっていいから、こ、殺さないで…!」


「刃を収めよ、ペネロペ」


しかし命乞いをしたその刹那、金髪の女性の背後から子供の声が飛んできた。ペネロペは一瞬体を強張らせたが、すぐに表情を正して振り向かずにそれに反した。


「で、ですがこの者は…」


「我が良いと言っているのだ。もう一度言うぞ、刃を収めよ」


「…かしこまりました」


再度に渡る警告に抗う気はないらしく、絞り出すような声を出すと剣を喉から離し、刃と同じ銀色の鞘にそれを収めて賢作から離れた。視界が開けた所で、その声の主と相まみえることができるようになる。


そこにいたのは、さっきまで彼に突き付けられていた凶刃よりも眩い銀色の長髪を少女らしく頭の両端で二つにまとめた小さな女の子だった。その枝毛ひとつない銀髪を束ねる髪飾りには蝙蝠の羽のような装飾が施され、その起伏が見受けられない子供の体には大層似つかわしくない漆黒のビスチェと際どすぎる丈の黒いミニスカートが纏われ、おませにもガーターベルトで留められた白黒のボーダーオーバーニーソックスに包まれた華奢な足は、ショッキングピンクのリボンがアクセントのようにあしらわれた茶色の編み上げブーツが履かれている。近年の小学生はたしかにませていると聞いたことがあるが、どうすればこのような恰好をするようになってしまうのだろうというお節介な感想が喉を突いたが、それ以上に目を引く箇所が三つあった。

その吊り気味の、心なしか瞳孔がやや縦長に見える紅玉ルビーのような真紅の瞳。さらに先端が尖った、所謂エルフのような耳。そしてミニスカートの後ろから一つ飛び出す、黒い鞭のようなそれ。見間違いなどでなければ、まさしく悪魔の尻尾としか形容しようのない物だ。

小悪魔。そんな単語が、彼の脳裏に稲妻のように駆け巡っていった。


「……」


「な、何? あ、そんなことより本に埋もれてたけど怪我とかないか?」


「あの程度造作もない。それより」


ペネロペと呼んだ金髪の女性を押しのけるように賢作の前まで歩み寄ってくると、膝に手を着いて前かがみになって俺をまっすぐ見据えてくる。


「…我とペネロペを、鳥籠から逃がしてくれたのはお主か?」


「…はっ?」


高く舌足らずな声にはにつかわしくない、時代がかった喋り方と共に放たれたのは、ペネロペとやらに負けるとも劣らない電波発言だった。賢作はそんな気の抜けた返答しかできなかった。


「な、何言ってるんだお嬢ちゃん。子供向けアニメの見すぎで頭がゼリーになっちまったのか?…って!わかったわかった!お願いだからその物騒なもの向けないで!」


また剣に手をかけたペネロペが視界の端に入ったので、賢作は慌てて別の答えを探す。別に彼はそんな姫君を救出するなどといった王子のようなことはした覚えがない。強いて思い当たる節があるとしたら、白昼に好奇心から行った胡散臭い召喚の儀式だ。彼の背筋に、今までの物とは全く種類の異なる、じっとりとした汗が一筋伝うのを感じた。


「で、どうなのだ」


「あ、ああ。そういえば昼にちょっと、胡散臭いまじないをしたけど…。も、もしかして君って…ほ、本物の…」


そこまで言うと固唾がこみ上げ、それを飲んで呼吸を整えてから言葉をひねり出す。認めたくない否定の心と、自分はとんでもない事をしてしまったのではないかという背徳感が、その言葉を紡がせた。


「本物の……悪魔なのか?」


そう恐る恐る聞いた質問は、口元から八重歯をのぞかせながら笑ったその少女の声によって返された。


「如何にも!」


指導者がマントを翻すように、銀色のツインテールが倉に翻る。口にされた言葉は現実となって彼の心に突き刺さるのも意に介さず、その少女は高らかに宣言した。


「我が名はリリス! 魔界に住む悪魔の一人! 契約のよるべに従い参上仕ったぞ、わがおにいちゃん、倉持賢作よ!」


「……な」


お兄ちゃん、という言葉が鼓膜に反響するような心持の中、賢作は星の数ほどあるだろう疑問を全て乗せた咆哮を放った。


「っなんじゃそりゃぁぁぁぁぁぁ!?」


倉持家の夜は、まだ始まったばかり。空では銀色の月が星々と共に高く、静かに煌めいていた。

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