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妹は魔界の姫君様!?  作者: 鬼夢羅ふぁぶれ
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第一章 妹に焦がれて、嗚呼安寧の日々よ

一人っ子というものは、何かと寂しいものである。他の兄弟持ちの話を聞くと愚痴ばかりだが、それでも年の近い他人と同居できるというだけでも彼にとっては未体験の領域。今となっては愚かしい願いだが、やはり子供の時は兄弟が欲しいと親に懇願し困らせたものである。冷静に考えればそれは親に性行為を強要している訳で、無邪気さ故の踏み込んだセクハラではないだろうか。「赤ちゃんってどうやって生まれるの?」に匹敵する、「子供のどう答えたら良いか悩むきわどい質問ランキング」の上位ランカーなんじゃないかと、彼はそんなくだらないことまで考えていた。


幼い頃ほどではないとはいえ、やはりまだ兄弟姉妹の存在を捨てきれない彼ももう高校生で、近所にある目立った功績は特にない、至って平凡な公立高校に通い、一人の剣道部員としてひたむきに青春を謳歌していた。友人も少ない訳ではなくごくごく平凡で平和な日々を過ごし、部活で汗を流す。文句ないまでの青春であるが、それでも彼はどこか憂いを帯びたような瞳で、教室の外に広がる、嫌味とすら感じられてしまうほどに晴れ渡った青い空を窓越しに眺めていた。


「どうした倉持くらもち、そんなにつまらなさそうな顔してよ」


「ああ、前田か」


倉持と呼ばれた青年は、胡乱げに背後から肩を叩いた青年の前田を見る。同じ中学から進学したということもあり、こうして級友として仲良くできているのだ。前田も倉持と同じく、特にこれといって打ち込んでいることもないごく平凡な男子学生で、そのうえ帰宅部という、倉持以上に自由奔放な人間であった。


「勉強も至って平凡平均点、人間関係にも波風はない。部活も目立つ功績はないが特に行き詰まりを感じている訳でもなし。普通万々歳の世の中で、それだけ普通を極めたような生活しているのにどうしてそんなに不満げなんだ」


「普通だからこそつまらないっていうのは、やっぱりエゴなんだろうか」


そういって倉持は、答えを期待するでもなく外を仰いだ。雲はいつもと変わらぬ空を意志もなく漂っている。自分が雲ならと考えると、何も考えず風に流されて生きていくのもそれはそれで悪くないなどと現実逃避めいたことすら考えていた。

そんな思考を遮るように、前田は再び声を挙げる。


「そうさな。でもよ、普通じゃないからってそれが幸せかというとそんなことはないよな。例えば…ほら、あそこの七瀬ななせもそうだ」


そして後ろ手の親指で器用に指した先には、セミロングの黒髪を肩に垂らした生真面目そうな少女・七瀬菜都奈ななせなずながクラスメイトと談笑していた。確か何かのクラス委員をやっていたかと思うが、さしてクラスの内政に興味のない彼はそんなことはすでに忘却の彼方である。姿勢を戻してじっくり見る限り見た目も名前も普通だが、確かに唯一他の女子の追随を許さない点が一つだけあった。


「……まぁ、そうだよなぁ」


「何食ったらあんなんなるんだか。体育の時とか局地的大地震だぜ」


机の上に、ブレザー越しでも隠し切れぬその重量感ある二つの膨らみがのっしりと乗っかり、しかしその体勢をさして苦でもなさげに話を続けている。そう、七瀬は我がクラスきっての恵体なのだ。


「巨乳の子はよく男の目線を感じてよい気分がしないという。いやだがしかたないとは思わんか倉持よ」


「ああ。おっぱいの前に男の理性など紙クズ同然だ」


「だよな!さすが倉持話がわかあだっ!?」


すると次の瞬間、意気揚々と話していた前田が大きくつんのめって机の天板に顔を強かに打ち付けた。後ろでは明るい栗毛のショートヘアの、どこか勝気そうな表情をした少女が正拳突きの構えで立っていた。


「前田に倉橋うるさい!菜都奈なずなが恥ずかしがってたじゃない!」


五十嵐いがらし……」


五十嵐 りんは女子空手部の一員で、なあなあで入った俺とは違い子供のころから続けてきた武道少女らしく、その実力は部でも一二を争うらしい。同じ闘技室を分割して練習を行う時、彼女の一際良く通るときの声を聞き続けていれば、嫌でも名前と顔は覚えるというものである。


「お、おお……。武道ってのは暴力の為にあるんじゃないんだぞ五十嵐……」


「わざわざあんたなんかに言われなくてもわかってるっての。それにこれは菜都奈を守るという大義名分があるんだから、決して間違っちゃいないと思うけど」


いきなり背後からどつかれた挙句、全く反省の色のない輪の姿に、前田は勢いに任せて口を開いた。


「へいへい、悪うございました。俺の声で七瀬のバストアップ講座が聞こえなぐっぷ!!」


「覇ッッッ!!!」


次の瞬間、前田の足が床を離れ、そのまま木製の椅子の座面に背中を置くようなエビ反りの形で着地した。あまりに瞬時の出来事過ぎて、踏み込んだ瞬間や前田を殴った瞬間が見えなかったが、その止められた手の形から、掌底で顎を突き上げたということがようやく伺えた。達人のようなその発勁はっけいと、エビ反りのまま痙攣して気絶する前田を交互に見て俺は震撼する。しかしその恐怖は、俺にビシッと音がしそうなほど強く突きつけられた指とその輪の表情を見て少しだけ緩和された。


「び、Bは貧乳じゃないわよ!」


あ、Bカップなんだ。

赤面しながら言い張った輪だったが、どうやら自分の失言に気が付いていないらしい。少しだけ得した気分になった所で、丁度担任が入ってきてその変わり果てた姿となった前田を見やった。


「おいおい、朝から喧嘩は困るぞ五十嵐」


「す、すいません」


「あー、じゃあ俺保健室に連れてくっす」


教師の前でだけは素直な輪を後目に、俺は伸びる前田を背負って教室を出た。


退屈で平凡ながらも、個性あふれるクラスメイトには恵まれていると自覚はしているこの高校生活。やはりもう少し学校生活やこの人生に、もっと刺激を探す努力をした方が良いのだろうかと、そんなことをしみじみと考えながら俺は廊下をひたすら歩き続けていった。






~*~


さて、時が経つのは早いもので気が付くと無機質なチャイムが放課後の到来を知らせていた。倉持 賢作けんさくは一年生の教室から出るとそのまままっすぐ離れの校舎にある「闘技室」という部屋に向かっていた。木造の小屋のようなそれは窓は摺ガラス、床は畳というまさに武道のためにあるような部屋で、入るとい草と汗の臭いが湿っぽく漂ってくる。もうすでにぼちぼち練習を始めていた同級生や先輩達に軽く挨拶をして、いそいそとジャージに着替えた。もちろん賢作はズブの素人で、厳しくはない部活とはいえまだ彼に打ち込みは許されていなかった。彼が竹刀を握ることができるのは素振りの時だけ。しかしそれでも彼は不平不満は一度も漏らさず、それどころか何の不思議も抱かずに黙々と素振りに勤しんでいたのであった。


「精が出るな、倉持」


「七瀬先輩。おざぇっす」


すると、すでに道着に着替えていたスポーツ刈りの好漢が話しかけてきた。この剣道部の主将・七瀬 衛一(えいいち)である。さほど熱心ではなく強豪でもない部活ではあるが、それでもこの先輩には威厳のようなものが感じられ、自然と尊敬している人となっていた。


「面倒がる奴も多いが、素振りは全ての型の基礎だ。やりすぎて困ることはないからしっかりやれよ」


「はい」


賢作はそう短く返すと、すぐに別の会話に切り替えた。


「……もうすぐ、ですね。試合」


「そうだな。俺を始めとする、全ての三年の引退試合だ。せめて花道で飾りたいもんだ」


そう、七瀬先輩は三年生。尊敬する先輩がいなくなるというのはやはり寂しい気分になるもので、俺は思わずそう聞かざるを得なかったのであった。


……しかし、七瀬という名前。ついさっきもどこかで聞いたことがあるような名前だなと、そんな考えがふと賢作の脳裏をよぎった瞬間であった。


「お兄ちゃんっ」


汗臭い闘技室には似つかわしくない、可憐な女子の声が響いた。賢作を初めとする剣道部員達の視線を一手に担ったその扉の所には、クラスメイトで前田が異端の一例として挙げた、控えめな雰囲気とは対照的に胸は主張的な少女がいた。


「七瀬…?」


「菜都奈!」


七瀬という名はなるほど、クラスメイトの七瀬と同じだったからか。そんな思いに至る暇すらなく、七瀬先輩はその少女の名を呼び小走りでそこへ向かって行った。


「どうした菜都奈、こんな所に」


「はいお兄ちゃん、お腹空くと思ってちっちゃいお弁当作ってきたよ」


「お、いつも助かるよ。悪いな菜都奈」


パステルカラーのチェック柄の巾着に包まれた、本当に小さい弁当を渡されて顔を綻ばせる七瀬先輩。すると七瀬もまんざらではなさそうに微笑んだ。


「好きでやってるからいいの。練習頑張ってね、お兄ちゃん」


「おうよ」


そしてまた慌ただしく部屋を出る七瀬に、先輩は力強く答えて送り出した。その後ろでは、彼ら後輩や同級生達から羨望のまなざしが飛んでいるにも関わらず。


「な、七瀬先輩…!」


「うらやま死刑っすよ先輩コレぇぇぇ!」


「ホント羨ましいよな七瀬は!あんな可愛くて気立てが良くて胸のでかい妹さんいてよ!」


「だろー?あと山崎後で体育館裏な。俺の可愛い妹をそんな下劣な目で見るなど許さん」


「か、堪忍やぁ!」


山崎という五厘刈りの副部長が絶叫する中、俺はその二人の関係性に心を寄せていたのであった。


「……妹、かぁ」




~*~

異性の兄弟というものの憧れは決して少なくない。


人並みに思春期であった賢作にもやはり異性への憧れというものがあり、それと兄弟姉妹を欲する気持ちがいつしか合わさっていた。中学生を過ぎた頃には「姉か妹がいれば」と考えるようになり、しかし姉持ちの弟は大抵尻に敷かれ邪険に扱われると聞いたので姉の線が消えた。いつしか彼はまだ見ぬ「妹」の存在について大きく関心を持つ所となったのである。生意気を言われるかもしれないが、やはり一人の男として守るべき存在がいるというのはやはり大きい。年下の女の子を守ってやる年上の男というのはどんなに恰好よく映るだろう。賢作はそんなヒーロー的願望がやや残念で変態的な方向にそれかけているにも関わらず、日に日にその気持ちが強くなっていたのだ。そしてその気持ち(よくぼう)は、先ほど見てしまった七瀬兄妹の絡みで確信へと変わった。


(やっぱり妹という守るべき存在がいたから、七瀬先輩はあんなにも強く威厳溢れる感じになったんだ。もし俺にも妹が…いや妹とは言わず守るべき存在がいれば、強くなれるのだろうか)


若干上の空で練習を終えた賢作は、自宅への道を自転車を押しながら徒歩で進んでいる。そろそろ梅雨を迎えそうな空気は湿り気を帯びているが、空は黄昏の橙色に燃えるように煌めいている。そして賢作は近くに誰もいないことを良い事に、大きな独り言を呟いた。


「あーあ、俺にも妹がいりゃあなぁ」


それをまるで帰宅の挨拶の代わりとでも言うかのように、賢作は一軒の軒先を潜る。旧家の囲いのようなそこを抜けた先には、リフォームをしたのかその囲いには似つかわしくない西洋建築の二階建ての一軒家が建ち、門から入口へと向かう道から右方向にそれたその先には、まるで何百年も前の時代からタイムスリップしてきたかのような古い木造の倉があった。

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