バッタが、ヒーローになる時。
桐谷さんが俺の目の前で突然泣き始めた。おい、俺、泣かせるようなこと、言ったか?
なんで彼女は泣いている?バイト入りした時から顔色が悪いなと気にはなっていたが…
そこへ店長が来て、彼女は早退することになった。腹痛だって言ってたけど…大丈夫なんだろうか。
彼女は、いつも蝶の様だ。店の中にいるだけで あたり一面がパッと華やかになる。それは彼女のルックスだけじゃなく、いつもピーク中だって絶やすことのない笑顔が、人目を惹きつけるからだ。
その、絶やすことのない笑顔のまま、まっすぐ人を見つめる。そしてその屈託のない笑顔のまま、話し手の受け答えをする。そんな素直な人柄を象徴するように、仕事もいつも真面目で一生懸命…。彼女がサボっているところは見たことがない。
そんな彼女は人として、すごく魅力的だと思う。ただ淡々と仕事をこなすしか能がない俺とは違う。だから…彼女とは恋愛に発展することはない、そう思っていつも彼女のことを見ていた。
なのに…あんなに泣いてるところは始めてみた。そんなに…辛かったんだろうか。
彼女の顔色が悪いことは分かってたんだ。だったらなぜもっと早く…優しい言葉のひとつも掛けてあげられなかったんだろう。
…あぁ、そろそろ彼女は…家に着いただろうか。
彼女の事ばかりが気になって、仕事が手につかなかった。
彼女が早退してから約1時間半が経ち、バイトの上がり時間になった。なんとなく、更衣室まで足早に急ぐ。そして、真っ先にケータイをチェックした。
…着信は…ない。
“何かあったら連絡して”そう言って昨日、俺のケータイを教えた。彼女が心配だったから渡した連絡先。けれど、仮にも俺に好意があるというのなら、なにか一言くらいメールしてきてもいいだろう。
それがないということは…やはり…
いや、それよりも…彼女は無事に帰れたのか?大丈夫なのか?それだけでも知りたい。
けれど、俺は彼女の連絡先は聞いていない。だから、俺から彼女に連絡する手段は…ない。
なんとなく、いつもより急いで更衣室を後にする。駅までの道中、いるはずがない彼女を無意識に探してしまう。
気付けば駅まで着いていた。彼女の姿はなかった。なんだよ、俺。なにをそんなに心配しているんだ…
彼女が帰ってから、もうずいぶん経っているんだ。もう、家に帰っているに決まっているじゃないか…
そう思い直して、ゆっくりホームへと向かおうとした。その時
数メートル先のベンチに座っている彼女の姿を見つけた。
あれから随分経つのに、なぜあんなところに?
具合が悪いのだろうか、そう思って声を掛けようかと近づいて行く。すると、爽やかイケメンが彼女に近づいて行くのが見えた。
なんだ、待ち合わせしてたのか?そうだよ。華やかな彼女には、あんなイケメンがよく似合う…
そう思いながら見ていたが、どうやら様子が違う。
はじめは爽やかなイケメンに見えていた男が、突然人相を変えた。彼女が、ヤバイ!
即座にそう感じた俺は、反射的に彼女の元へと走った。
そして、彼女の腕をグッと掴むと、その場から連れ去った…




