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大学校内を駆けまわる。
時には人にぶつかりそうになったり、ぶつかってしまったりしたがそれでも止まらない。
流れる景色に目が行くことはない。
見てもぼやける視界で何も見えないんだから。
それでも足跡はしっかりと残していった。
道に落ちた滴のシミ。
それは彼女の今の気持ちを訴えるものであった。
あれからどのくらい時間が経ったのだろう。
日の傾き具合は殆ど変わっていない。
それにただ走っていた私には現在地が把握できていない。
目の前は壁で行き止まり、足を止めざるをえなかった。
壁に背中をつき、それを磨くように崩れ落ちる。
足を抱え丸くなり、流れ続ける涙で地面の色を変えていく。
誰かが駆け寄ってくる足音が二人分。
これらは冒険者ギルドから飛び出した時からずっと追い回してきた。
そのテンポは音が大きくなるにつれ遅くなり最後には音が無くなり聞こえなくなる。
二人分の気配。
それが私のすぐそばで佇んでいる。
どちらも口を開ける気配はなく、時間だけがただただ過ぎていく。
これが心地よいとは全く思わなかったが、落ち着くことは少しできた。
溢れる涙をぬぐい、目を上げる。
金色の髪の少女と紫色の髪の少女が私を見つめていた。
「ユリシア、もう立てる?」
金髪の少女が腰をかがめ手を差し出している。
その瞳はとても優し気で心配されているのがすぐにわかった。
差し出された手に向って手を伸ばそうとして少し出すが、躊躇していったん戻しまた伸ばす。
そして手と手が触れあおうとしたとき私の手が振り払われた。
突然の出来事に目を見張る。
手を差し伸べていた金髪の少女も私と同様に驚いていた。
そう金髪の少女が私の手を振り払ったのではなく、その隣にいた紫髪の少女が手を振り払ったのだ。
「リア、何するの!?」
金髪の少女が紫髪の少女、リアに声を放つ。
少し声が荒々しいものであったのにもかかわらず屈したような感じはなく、むしろ先ほどの態度は当たり前だと言わんばかりに泰然としていた。
「レティシア、あなたは甘いわ。こんなことで手を差し伸べる必要はない。こういうことは自力で立ち上がらないと意味がないの」
「そうだとしてもさっきのユリシアへの対応はひどいでしょ!?」
金髪の少女、レティシアがリアに反論する。
冷たい風が頬にぶつかる。
まだ春先と言うのもあり温かい風だけでなく冷たい風も吹いてくる。
その冷たさと同等ほどの冷ややかな視線が私とユリシアに向けられていた。
「別におかしくないわ。妥当な判断でレティシアが甘いだけのこと。それにその甘さにすがるユリシアもダメ。今回のことの本質を全然理解できてない。何でこうなったか分かってるの?」
リアが二人を否定するが声は優し気に聞こえた。
どこが甘いのか私には判断できなかった。
私とユリシアの二人とリアとの違い。
それは今現在彼氏がいるかいないか、恋愛経験があるかどうかの二点だ。
私は一目ぼれでの片思いはあるがお付き合いの経験がないからそういうことに疎いのかもしれない。
それにユリシアも恋愛経験はないに等しいだろう。
私たちには見えていないことがリアには見えているのかもしれない。
分からないなりに考えてみる。
何がダメだったのか。
どうとらえるべきだったのか。
どうユリシアに接するべきだったのか。
空白の時間が続く。
「ハアー」
漏れる溜息が耳に入りそちらに目を向けると、リアが肩を落として落胆していた。
「ねえ、ユリシア。あなたは何年レイナルド・スミスディアのことを想い続けたの?」
「八年ほど、ずっと想ってた」
「それは長いわね。どれだけ好きかその年数で分かるわ。じゃあその間どれくらい会ってたの?」
「会えてない。初めて会って好きになって別れた後は一度もない」
「そう。ユリシアは今年でいくつになる?」
「十五歳になる」
「そうよね。ここにいる三人とも今年で十五歳になるわ。じゃあ十五歳になったら何が変わる?」
リアが変わらず優しく問いかけてくれる。
なぜこうなったか分かっていない私に合わせて一つ一つ丁寧に話してくれる。
十五歳になって変わることと言えばいろいろある。
成人したり、大学校に通える大体の年齢であったり結婚することができたりと……
結婚?
心の中で呟いたこの言葉に反応する。
それが表情にも出ていたのか、リアがすかさず聞いてくる。
「ユリシア、何かわかった?」
「結婚?」
「そう。ユリシアが最近よく言っていたお嫁さんになる条件、結婚よ。結婚したら何が変わる?」
「一人の生活から二人の生活になる」
「その通り。一度結婚すればずっとその人と寄り添うのが世の人の考え。もちろん例外もあるわ。けれどそんな考え方をするのが普通なのに何年も会ってなくていきなりどちらかを選べなんて無理よ。それにユリシアが愛している人は人の皮を被ったような化物よ。そんな人が会えていなかった期間に許嫁ぐらいできない方がおかしい。どんな事柄でもその分野で秀でてる人がいれば求婚をされるところは多々見て来たでしょう?」
ユリシアは思い返す。
第三王女の率いるメンバーであり友人。
そんな立場のせいかよく優秀な方を目にすることがあり、男女問わず求婚されたり許嫁がいたりする。
目の前にいるリアだってそうだ。
ネオティウス・イヴァンという優れた才知に実力を兼ね備えた次期侯爵家当主と目される人物が許嫁なのだ。
そんなネオでもレイと敵対すれば死ぬと言っている。
それほどまでに隔絶した実力を兼ね備えているのであればネオとリアのように長年愛しあい余生を添い遂げたいと思い描く関係の人がいてもおかしくないのだ。
なぜならこの世は力さえあれば何でもできる世界。
レイにとって様々な選択肢が存在する融通の利く世界なんだから。
そこまで思い至り気が消沈する。
私が一人で盛り上がり一人で悲しんだだけなのだ。
生徒間で広がっている噂。
レイが大学校内で青い髪を持つ美しい女性と腕を組んで歩いていたという話。
レイ自身が嫌がっている様子はなくむしろ見せつけるようにしていたとのこと。
火のないところには煙は立たない。
ならその人がレイの好きな人なんだろう。
顔の分からない人に嫉妬する。
だがそれでも悲しい。
嫉妬よりも悲しい。
レイは私にとって初恋の相手で他の男にわき目を振ることなく想い続けた相手。
好きで好きで好きで好きで好きでたまらない人。
私の頭からつま先、髪の毛一本、己の人生でさえ捧げたいと思える人。
そんな人に選べないと言われ振られた。
それを思い出し目頭がまた熱くなる。
これに関してはもうどうしようもなかった。
「ユリシアったらまた泣いて」
「だってレイに振られたこと思い出しちゃったんだから……」
「泣く必要なんてないの。まだ何とでもなるんだから」
「ほえっ?」
泣きじゃくり裏返る声で聴き返す。
その声にはわずかながらも期待が混じっていた。
「ユリシア自身がギルドで言ってたよね。私が正妻だって。正妻がいるという状況はどういうものか理解してる? 正妻がいるということは第二夫人や妾がいたりする。つまり複数の女性がいるということ。この世では一夫多妻の家なんていくらでもあるわ。ユリシアは正妻でないとダメ? 正妻以外では無理?」
「私は……」
口ごもる。
リアは新たな道を示してくれた。
何も一人だけしか妻になれないということはないと。
レイのお嫁さんになるには魅力的な提案だ。
しかし女として独占したい、私だけを見て欲しいという気持ちもある。
感情の板挟みにあっていた。
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