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俺は大学校から出て宿屋に向っていた。
試験の結果は想定通りの合格。
だが、その合格に喜びなど一つもない。
本来ならいくら想定内であったとしても多少なりと嬉しかったはずだ。
「あの試験官どういうつもりだ」
一人呟く。
その声は未だに怒気が含まれている。
そんなレイナルドを慰める者はそばにはいない。
大学校内の時は頭に血が上り、山吹を召喚させ続けていたため山吹がその役を担っていた。
町中ではそういうわけにはいかず、また里帰りをしてもらっている。
機嫌が直ることなく宿屋に着く。
三階建ての建物で一階が食堂兼酒場、二階三階が部屋となっており、俺らは三階の朝日が入り込む東の角部屋を借りていた。
当然条件が良いので宿内での価格は高かった。
それだけでなく宿自体も値が張り、おいそれと簡単には手が出せるところではなかった。
俺はそんな宿屋、しかも良い部屋を取らなくても良かったのだが、ミラが譲らなかった。
人生を左右する日が明日に迫っているのに落ち着いて寝られないなんてありえません。
とのことだ。
まあ俺としても安くてあまり寝付けないところよりかは高くても寝付けるところの方が良いので断る理由もなかった。
宿屋の中に入り俺たちの部屋の戸をノックする。
大きい音が鳴り響く。
強くノックしてしまったのは気のせいではないのだろう。
扉が開き中から黒い髪を持つ少女が現れた。
「兄さまおかえり! 試験どうだった?」
「合格したよ、カスミ」
「おめでとう、兄さま! ミラお姉ちゃん、兄さま合格したって!」
まだ姿を見せていないミラに向ってカスミが嬉しそうに呼びかける。
その声に反応して現れたミラを見て俺は目を見開いてしまった。
この宿はすべての部屋にシャワーが設置されていた。
さすが高額の料金を支払うだけのことはある。
そして先ほどまでシャワールームを使用してました感がものすごくあるバスタオルだけを巻きカーテンを閉めに行くミラの後ろ姿が見えた。
バスタオルでは隠し切れない手足は程よい肉付きできめ細かい白い肌が美しく、膨らむところは膨らみ凹むところは凹んでいる素晴らしいプロポーション。
しかしそれよりも俺の目線が向かったのは普段髪を下ろしているため見ることができなかったうなじだ。
今まで見たことのないヘアアップ姿にシャワーで髪が濡れ、その髪から滴る水がうなじを流れる光景は扇情的なものであった。
目が離せない。
俺はミラを何年も見てきた。
それも他人が聞けば羨ましがられるほどに。
それでも目が引き寄せられる。
視界にミラだけしか入らない。
それほどまでに初めて見るミラの姿は魅力的だった。
先ほどまでの怒りは跡形もなく消え失せ、何も考えられなくなっていた。
「ねえ、レイ……早く……扉閉めてくれない?」
恥ずかしがりながら口を開くミラのおかげで思考が現実に引き寄せられる。
「ごめん、すぐ閉める!」
俺は壊れるんじゃないかと思えるほどの勢いで扉を閉める。
その際に発生した音はあまりにも大きくカスミは耳を塞いでいた。
「兄さま、やりすぎだよ! 壊れちゃったらどうするの!?」
「ご、ごめん。思わずやってしまった……」
「もう、ミラお姉ちゃんに見惚れてるからそんなことになるんだよ!」
「いや見惚れてなんか……」
カスミは頰をパンパンに膨らまし、言い訳無用とばかりに視線を向けてくる。
見逃してくれそうにない。
「まあ、なんだ。確かに今まで見たことのないミラだったからそうなったのは認めるよ。しかしなぜそんな格好をしているのか問いただしたい! ミランダさんよ!」
カスミからの避難を避けるべくミラに話を振る。
「それはレイがシャワーを浴びてる時に帰ってくるのがいけないのよ……それに家では在宅してる人は帰ってきた人を迎えるって習慣だったでしょ?」
「いやいや、誰も今までバスタオルを巻いて迎えに出てきたことないから!」
「じゃあこれからはそうしても大丈夫だよね?」
「そんなわけあるか!」
なぜこうなったと俺は頭を抱え自問する。
だがここで追い討ちをかけるように爆弾が落とされる。
「ねえ、兄さま。カスミもバスタオルを巻いて出てきた方が良かった?」
「カスミ、それだけはやめてくれ……」
切実に答えた。
ある種の人にはご褒美だろうが俺はそんなことはない。
それにカスミに変な趣味を持たせたくない。
「遅くなったけど合格おめでとう、レイ」
ミラがバスタオルを巻いたまま真面目な口調で祝いの言葉を述べる。
なんと斬新な祝い方だと思いつつ返答する。
「ありがとう、ミラ。それにそう言ってくれるのは嬉しいのだが目のやり場に困るから早く服を着てくれないか」
ミラは俺を見て、自分を見て、また俺を見る。
そして一言。
「レイのスケベ」
いやいや何言ってんだよと脳内で呟きながら部屋から出ていき、廊下の壁に背中を預ける。
「ハアー」
漏れる溜息。
幸せが逃げていきそうなほど深いそれは幸せを逃すものではなく笑みを連れてくるものだった。
数分前とは違うにこやかな表情。
どちらも見ている人がいれば誰しも変化していることが分かるほどに穏やかな心情だった。
そして改めて家族の大切さや偉大さ、ありがたさを噛み締めていた。
「兄さま、もういいよ」
カスミが扉から顔を覗かせ俺に伝えてくる。
俺はそれに従い部屋に入る。
ミラは当然だがバスタオル姿ではなく白いシルクのワンピースに髪色と同じ青いカーディガンを羽織っていた。
もしかしたらと無駄に構えていた俺は内心ホッとしていた。
「ねえねえ兄さま、早く外のお店行こ!」
試験も一発で合格し、早く終わったことによりこの後の時間は丸々空いていた。
今はちょうどお昼時の時間で俺もおなかが減ってきている。
試験前にカスミと約束していたこともあり町の出店に繰り出すことにした。
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