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白紙婚の監査令嬢は、帳簿魔法で辺境を黒字にする  作者: 小竹X


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第七話 朝の評議、夜の決算

 評議室には、冬の朝にしては人が揃いすぎていた。


 筆頭執事オズワルド。会計係、厨房長、石炭庫管理者、倉庫係。騎士隊長ガレス。上級文官が二名。そして上座にレオンハルト。その右隣に、私。


 新しい花嫁が評議の席にいること自体、場違いだと思っている顔が半分。


 面白がっている顔が少し。


 そして、居心地が悪そうな顔が残りだ。


 皆、自分が呼ばれた理由を半分だけ理解している顔だった。そういう場はやりやすい。完全に構えている相手より、まだ“自分は大丈夫だ”と思っている相手の方が、足場を崩しやすい。


「始めよう」


 レオンハルトが告げると、室内が静まった。


「本日の議題は屋敷内出納の異常について。報告はセレナが行う」


 私は立ち上がった。


 視線が集まる。構わない。監査人にとって、一番静かな武器は人前の机だ。


「結論から申し上げます」


 私は最初の紙を掲げた。


「大公邸の赤字は、冬の厳しさだけでは説明できません。暖房、食糧、給与、この三系統で継続的な流出があります」


 ざわめきが走る前に、私は暖房簿を広げた。


「先月の石炭購入は四百二十袋。火入れ記録は二百三十袋相当。残りが倉庫にあるなら北棟は暖かいはずですが、実際は一日一籠制限。しかも現物は粗悪炭です」


「戦時下です」


 オズワルドが穏やかに口を挟む。


「良質炭の確保が困難である以上、代替品を――」


「代替した記録がありません」


 私はすぐ切り返した。


「購入簿は高級炭のまま。受払簿は量だけ一致。差額と品質差、どちらも説明が必要です」


 次に食糧簿を示す。


「小麦、干し肉、豆。厨房搬入前に量が減っています。さらに夜間、北門からの搬出記録が重なる日がある」


「婚儀の前後は客用の特別搬出もあります」


 今度は会計係が言った。


「客用の記録は別です」


 私はその台帳も並べる。


「こちらが客用。こちらが通常配給。数は合いません」


「厨房長、婚儀翌朝の兵食に肉は何斤使いましたか」


「……二斤でございます」


「台帳上は八斤です。残り六斤はどこへ?」


 女は青ざめ、答えられない。代わりに倉庫係が「搬入時に減耗が」と口を出しかける。


「減耗記録はゼロです」


 私はすぐに言った。


「減ったなら書く。書いていないなら、誰かが“減っていないことにした”のです」


 最後に給与台帳を置いた瞬間、ガレスが一歩前へ出た。


「こちらは俺が証言する」


 彼は戦死報告と兵籍簿を卓へ置いた。


「ここに並んだ九名のうち、七名は既に死者か退役者だ。二名は他砦へ異動済み。今月ここで給料を受け取る兵は、一人もいない」


 室内の空気が変わる。


 死者の給与は、さすがに“戦時だから”では済まない。


 だがオズワルドは崩れなかった。


「記録の更新遅れでしょう」


「一年遅れるのですか?」


 私が問う。


「現場の報告が滞ることは」


「なら受領印は誰が押したのでしょう」


 私はその欄を示した。


「死者が」


 沈黙。


 そこへ、後ろ控えだったミレイユが小さく手を挙げた。


「発言を許す」


 レオンハルトが言う。


「文官見習いミレイユ・ノッテです。倉庫番エドガーの控え冊子を提出します」


 彼女の声は震えていたが、言葉ははっきりしていた。


「公式台帳と現物が合わないため、個人的に残されていた控えです。食糧と石炭、それから第七補給隊名義の仮出票が記録されています」


 ざわめきがさらに広がる。


 私は冊子を開き、該当箇所を示した。


「第七補給隊。二年前に再編消滅した部隊です。婚姻契約書の追加条項でも、同じ名が使われていました」


 ようやく何人かが息を呑んだ。


 ここで初めて、“昨夜の花嫁の思いつき”ではないと分かったのだろう。


 オズワルドが静かに言う。


「個人の走り書きは証拠になりません」


「単独なら、そうでしょう」


 私は頷く。


「ですが石炭簿、食糧簿、給与台帳、婚姻契約書、北門の夜間記録、印章貸出票の欠損。全部が同じ方向を向いているなら、話は別です」


 私は一枚ずつ紙を並べていく。


「石炭は減っている。食糧も減っている。死者の給料が出ている。そして、その仮支出に使われる名目が第七補給隊で統一されている」


「だから何だと?」


 今度は倉庫係の一人が投げやりに言った。


「現場では書類なんて、いくらでも辻褄合わせを」


「ええ。ですから辻褄が合わなくなったところを拾っています」


 私はその男を見た。


「問題は、誰にその権限があったかです。仮出票を切り、印章を借り、北門の夜間搬出を黙認し、給与の支払先を止めなかった人間」


 評議室の空気が、ひとつの名前へ寄っていく。


 けれど私はまだ言わない。


 監査で大事なのは、犯人の名を最初に言うことではない。最後まで“他の可能性”を自分で潰させることだ。


「筆頭執事」


 私はオズワルドへ向き直る。


「石炭の割当表、手袋支給簿、仮出票の綴りを今ここへ」


「持ち合わせておりません」


「では執事長室にあるのですね」


「確認が必要です」


「結構。確認しましょう」


 私はレオンハルトを見る。


「閣下、執事長室と会計室の封を追加してください。これ以上、紙を減らされると困ります」


 レオンハルトは即座に命じた。


「近衛」


 扉が開き、兵が二名入る。


「今この場で、執事長室、会計室、印章保管庫、北門詰所を封鎖。私とセレナの許可がない限り、書類一枚持ち出させるな」


「はっ」


 オズワルドが初めて声色を変えた。


「閣下、それでは屋敷の運営に支障が」


「支障が出るのは、不正のある運営だけだ」


 低い一言で室内が凍る。


 私はさらに追う。


「加えて本日の日没までに、仮出票の原本が出なければ、欠損記録そのものを隠滅とみなします」


 誰かが唾を飲む音がした。


 会計係の一人は、とうとう視線を床へ落とした。小悪党ほど、沈黙の重さに耐えられない。


 これで逃げ道の半分は消えた。


 残る半分は、夜の作業になる。


 評議が終わると、屋敷は目に見えて慌ただしくなった。兵が扉に立ち、文官たちが紙束を抱えて走る。使用人たちは不安そうだったが、少なくとも今朝までの無力な寒さとは違う顔をしていた。何かが変わるかもしれないとき、人の目は少しだけ前を向く。


 日が落ちてから、私は押収した紙の山に向かった。


 執事長室は暖かすぎた。


 北棟の洗濯場で見た青い唇を思い出すと、腹の底が静かに煮える。


 ミレイユは封の確認、ガレスは押収箱の立ち会い、私は中身の照合。レオンハルトは終始同席した。


 押収箱の封蝋番号を一つずつ読み上げるたび、ミレイユの声は少しずつ安定していった。ガレスは細かな作業に向かない顔をしながらも、一度も席を外さない。味方が増えるとは、手数が増えることだ。


「少し休め」


 深夜近く、彼が短く言った。


「顔色が悪い」


「紙の顔色よりはましです」


 そう言った次の瞬間、肩へ何かが掛かった。レオンハルトの外套だった。


「返します」


「後でいい」


 短い。だが議論の余地を与えない短さだった。


「自分のことだ」


 珍しく強い調子だった。


 その直後、彼は何も言わずに温かいスープの入った杯を机の端へ置いた。どこで用意したのかは分からない。けれど、その気遣いが過剰でないことに救われる。


 私は一口だけ飲んでから、最後の書類箱を開けた。


 底が浅い。


「……二重底ですね」


 指をかけると、板が外れた。


 中から出てきたのは、封をしていない書簡の束と、未使用の仮出票。そこに見覚えのある語が並んでいた。


 第七補給隊。

 婚姻持参金。

 王都経由。


 書簡の宛先は王都財務府の外局、しかも表向きは慈善輸送を扱う窓口だった。兵糧と婚姻持参金を同じ穴へ通すには、あまりに都合がよすぎる。


 そして差出人欄の下には、見慣れた癖のある署名。


 オズワルド・ゲルト。


 私は紙を持つ手に、少しだけ力を込めた。


「見つけました」


 レオンハルトが私の肩越しに覗き込む。


「何が書いてある」


「明日の朝で、終わるものです」


 ようやく。


 五行目の先へ、手が届いた。

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