第三十四話 一週間で千人分
王家軍需局の達書は粗挽粉二十袋を戦備先買いの最低量にしていたのに、ガレスが持ち込んだ前線兵食控えでは、千人七日分でも十六袋で足りた。
執務室の机へ戦備先買控えを開いたまま、私は新しい紙束の端を揃えた。粗挽粉十六。乾燥肉二十四箱。塩豆六箱。灯り油十二壺。蹄鉄三十六組。どれも、今朝までに北門詰所と兵舎から上がった頭数、行軍日数、橇馬の数をガレスが削り直した結果だ。
「実数は八百六十四です」
ミレイユが兵食控えの余白を押さえる。
「でも八百六十四で書けば、足りなかった日にこちらが削ったと言われます」
「だから千で切ります」
私は達書の付表を横へ置いた。粗挽粉二十袋。油皿留め金具四十。鍋台鉄輪三十。帳面紙半束、麻紐五巻。
「前線で要る数ではありません。町を止める数です」
ガレスが腕を組んだまま、私の書いた数字を覗き込む。
「粉はそれで足りる。前線は黒パンだけじゃない。塩豆の鍋を回す日もある」
「灯り油十二壺は」
「見張り台と夜番小屋ぶんです。共同竈前の油皿とは別」
そこが大事だった。王都の達書は、前線で要る物と町で回っている物をわざと一束にしている。粗挽粉を奪えば共同竈が止まり、油皿留め金具を攫えば夜市が暗くなる。けれど本当に前線で要るのは、同じ「油」でも見張り台の小壺で、同じ「鉄」でも鍋台鉄輪ではなく馬の蹄鉄だ。
私は新しい帳面の見開きへ題を書いた。
前線七日割付表。
「初日二日目は第三兵糧庫から出します。乾燥肉十二箱、黒麦粉六袋、灯り油四壺」
行を引く。出し元、行き先、出す日、留保数。
「留保まで書くのか」
ガレスが問うたので、私は第三兵糧庫の欄外へ小さく数字を足した。乾燥肉二箱。黒麦粉一袋。灯り油一壺。
「書かなければ、倉庫番は全部出していいと思います」
「全部出せば、二日目の吹き返しで詰む」
「ええ。北門で馬が止まった時に、共同竈の鍋か、見張り台の灯りを削る話になります」
私は第五兵糧庫の行へ移る。
「三日目四日目は第五兵糧庫の塩豆六箱と、乾燥肉六箱。塩豆を混ぜれば粉袋の減り方を遅くできる。見張り台の灯り油は、夜市の油皿とは勘定を分けて北門予備へ寄せます」
「三日目四日目は第五兵糧庫の塩豆と、石橋中継小屋から戻した分。五日目以降は北門内予備と、北市外れの粉挽き小屋から受けます。ただし共同竈前の売り台からは一袋も抜きません」
リゼットがすぐにうなずいた。
「粉挽き小屋へは私から話す。朝売りの分と軍向けの分を最初から札で分けさせるわ」
「鍋台鉄輪は不要です」
私は達書のその行へ線を引いた。
「前線の鍋は今ある台で回る。壊れた時の替えは北門鍛冶で足りる。帳面紙と麻紐も同じです。前線記録の補充なら数が多すぎる」
ミレイユの炭筆が止まる。
「まとめ買い帳場の紙ですね」
「ええ。王都は兵の腹ではなく、自分たちの口を先に太らせるつもりです」
ガレスが低く息を吐いた。
「帳面で腹は膨れん」
「でも、次に来る箱の刻は膨れます」
私は割付表の三日目欄を指で叩いた。
「兵が『あと二日で塩豆が来る』と知っていれば、今夜の鍋を勝手に奪い合わずに済む。町も『共同竈の粉は抜かれない』と分かれば、朝の台を閉めなくていい」
私は北門内予備の欄へさらに二行足した。靴底革六十枚。蹄鉄三十六組。
「兵は腹だけでは歩けません。蹄鉄は北西路線へまとめず、白尾と東谷へ割ります。泥へ突っ込む騎馬の数ではなく、荷担ぎ橇が戻る数に合わせる」
ガレスの眉がわずかに上がった。
「そこまで見るか」
「靴底が切れた兵は、乾燥肉一箱ぶんより遅れます」
言いながら、自分で書いた蹄鉄の行を見た。王都の達書は数を大きく見せるために品を混ぜていた。こちらは逆に、一人が七日動くために要る物だけを細く束ねる。派手ではないが、そのほうが人は死なない。
しばらく黙っていたガレスが、兵食控えの束をそのまま私の机へ押し出した。頭数の端に、各小隊長の荒い署名が残っている。今までなら兵の側で握っていた紙だ。
「兵舎にも貼る」
「北門にも市場にも写しを出します」
私が答えるより早く、レオンハルトが卓上印を寄せた。
「兵と町で数字を分けるな。同じ表で通せ」
「はい」
ミレイユがもう三枚目の写しへ取りかかっていた。兵舎用。北門用。北市用。同じ題、同じ数字、同じ出す日。赤紐の売止札はそのまま残し、正規に通す荷だけを割付表の番号で解く。拒む帳面と通す帳面が、ようやく一つの机で噛み合い始める。
レオンハルトは三枚の末尾へ迷わず同じ位置に印を置いた。兵舎用だけ濃く、市場用だけ薄い、ということがない。朱の輪が乾く前に、彼は北門用の写しをガレスへ渡し、北市用を私の手元へ寄せた。
「兵舎で先に読まれても、市場で文句は出ない」
「ええ。同じ数字なら」
同じ数字、と口にした時、紙の重さが少しだけ変わった気がした。守るために隠すのではなく、守るために揃える。王都はそこをいちばん嫌う。
昼過ぎには、第三兵糧庫の出庫欄へ初日分が入り、北門詰所の壁には千人七日分の見本が貼られた。共同竈前でも、粉挽き小屋の娘が売り台分の札と軍向け分の札を別の盆へ分けている。黒麦粉の袋口へ下がる紐色が違うだけで、朝の空気がひどく静かになった。
北門詰所では、見張り番の若い兵が割付表の二日目欄を指でなぞっていた。乾燥肉六箱、黒麦粉三袋、灯り油二壺。彼は数字を読み上げたあと、壁際の補給箱へ目をやる。
「今夜の分を薄くしなくていいんですね」
ガレスが短く答えた。
「明日の昼に次が出る。勝手に鍋へ手を入れるな」
若い兵は返事の代わりに、壁の表をもう一度見た。命令書の口ぶりではなく、出す日と箱数がそこにあるだけで、肩の上がり方が違う。
共同竈前でも似た顔を見た。粉挽き小屋の娘が軍向けの青札盆を左、売り台用の白札盆を右へ置くと、黒パン台の未亡人がようやく鍋蓋を閉めた。
「朝売りの粉まで持っていかれるなら、今日は台を開けないつもりでした」
「今日は開けてください」
私は白札盆の上へ手を置いた。
「その代わり、白札の袋は一袋でも青札盆へ移さない。移したら今度は私が止めます」
未亡人はうなずき、鍋の脇へ吊ってあった売止札を見上げた。止める札は残ったまま、開けていい袋だけが別盆へ移る。朝の台所仕事みたいな分け方なのに、今までそれがなかった。
「これで、名のない先買いは動きづらくなる」
リゼットが盆の上の札を鳴らす。
「正規の荷まで見えちゃうもの」
「見えなければ困ります」
私は執務室へ戻り、割付表の横へ今朝からの請求札を並べた。北西砦。白尾見張小屋。石橋下。東谷前陣。正規の千人分を路線ごとへ割り戻すと、請求の歪みがすぐに浮く。
北西砦の札だけ、乾燥肉三箱に対して蹄鉄が十六組もある。
「多いですね」
私が言うと、ガレスの指がその行で止まった。
「七日籠る砦の数じゃない」
「馬を動かす数ですか」
「いや」
彼は首を振る。
「北西は雪解けで泥だ。騎馬は走れん。見せるならともかく、本当に突っ込む場所じゃない」
私は白尾見張小屋の札へ移った。こちらは逆に、乾燥肉が多く、蹄鉄が少ない。歩兵と荷担ぎが長く潜る線だ。
「なら、声が大きいのは北西砦ですね」
「本命は別だ」
机の上で、前線七日割付表の青い線が、北西ではなく白尾の先へ細く伸びた。今度は荷の数そのものが、戦の嘘をしゃべり始めている。




