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白紙婚の監査令嬢は、帳簿魔法で辺境を黒字にする  作者: 小竹X


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第二十二話 茶会は監査室で

 茶会の席札なのに、裏へ「薬包五」と書き足された札が混じっていた。


 監査室の長机に白布をかけ、帳面は半分だけ脇へ寄せた。湯気の立つ銀の茶器、薄い蜜を塗った焼き菓子、砂糖壺。見た目だけなら女同士の冬の茶会だ。けれど布の下には査察受渡帳と野戦所不足聞取帳を置いてある。


 招いた八人のうち、二人は身体ではなく香をしみ込ませた名刺だけを寄越した。私はその二枚を椅子へ置かなかった。名だけ座る席を、今日は作らない。


 廊下の向こうでは、アドリアンの随員が一度だけこちらを覗き、興味を失ったように踵を返した。女の茶席は帳面より軽く見えるらしい。都合がいい。


「今日は包み布と砂糖の値も見ますけれど、本当の用は別です」


 私がそう言うと、北市から来た女たちの肩がわずかに揺れた。染物屋の女将、砂糖菓子屋の未亡人、薬種問屋の後妻。そこへリゼットがいつもの真紅の口元で笑う。


「怖がらなくていいわ。今日は売った物の話をするだけ。誰が綺麗ごとで儲けたかも、ついでにね」


 ミレイユが茶を注ぎ、私は金糸の縁がついた小さな札を机へ置いた。鉄箱から出た北巡施療献納茶会の招待札と、今しがた砂糖菓子屋の未亡人が持ってきた古い席札だ。表には夫人の名。裏には細い墨で「薬包五」とある。


「これをどこで」


「四年前の茶会の帰りです」


 未亡人は手袋を膝で揃えながら答えた。


「紙が厚かったから、菓子型の控えに使おうと思って持ち帰りました。表はお貴族さまのお名前だから、裏へ数字を書いて隠したんですけれど」


 私は札へ帳簿魔法を薄く通した。表の飾り文字は青い。けれど裏の「薬包五」の下に、別の数字が灰黒く沈んでいる。五ではない。もっとまとめた数を書いて、あとから小分けに直した痕だ。


「この場で包んだのは、薬包を五つずつの小籠へ分けた札です。元は別の単位でした」


 染物屋の女将が、茶碗を持つ手を止めた。


「ええ、そうです。あの日、女たちは包み紐の色を選んだだけでした。箱はもう隣の控え室へ並んでいたんです。茶が入る前から」


「どんな箱でしたか」


「細長い薬箱が六つ。平たい包帯布の束が四つ。あと、見栄えのする丸籠が二つ」


 薬種問屋の後妻がすぐに続ける。


「丸籠だけは茶会の菓子に見えました。でも薬箱は違います。うちで野戦所向けに卸す時と同じ寸法でした。蓋の継ぎ目が深くて、角の紙も厚い」


「控え室の匂いも、茶じゃありませんでした」


 砂糖菓子屋の未亡人が、思い出すように目を伏せる。


「蜜と香草より先に、樟脳と封蝋の匂いがしました。世話役の女官が『裾が汚れますからこちらへは』って、扉を半分しか開けなかったんです」


 茶席のための控え室ではない。先に荷が置かれた倉の匂いだ。


 私は未亡人の席札を裏返したまま置き、聞取帳を開いた。ミレイユが定規を当てる。欄を一つ増やした。


 出席有無。

 名義貸し。

 包み直し元。


「欠席した方のぶんも、席札はありましたか」


 リゼットが焼き菓子をつまむ手を止めるより早く、染物屋の女将がうなずいた。


「ありました。世話役が『お越しになれない方のぶんは、こちらで結んでおきます』と」


「箱へ名を結んだのは本人ではないのですね」


「半分はそうです」


 その言い方に、湯気より先に数字が立った。


 茶会の出席者と、献納名簿の寄進者数は一致しない。


 ミレイユの羽根ペンが走る。私は招待札の名と、今ここにいる女たちが覚えている出席者を突き合わせた。四年前の茶会で実際に席へ着いたのは七人。招待札に載っている名は十二。五人分は、名だけが茶会へ来た。


「その後、礼状は配られましたか」


 染物屋の女将が、今度は帯の内側から折り畳んだ紙を抜いた。薄い香の移った礼状だ。第一王子の紋が金で刷られ、寄進の謝辞が並んでいる。


「店へ回ってきました。見せびらかすために、皆しばらく飾っていたから」


 私は開いて、すぐに数えた。寄進者名は十九。


「十九」


 ミレイユが思わず声に出す。


「招待札は十二、実際の出席は七でした」


「茶会へ来ていない方の名が、あとから増えたんです」


 未亡人が言う。


「北市の旧商会の妻が二人、それに王都へ戻っていたはずの夫人まで入っていました。あの場で顔を見ていない名ばかりでした」


「その五人の包みは、どこから」


 薬種問屋の後妻が、自分の足元に置いた布袋を膝へ引き上げた。中から薄茶の細長い紙片を出す。角が少し煤けている。


「うちの先代が返ってきた木箱を焚きつけに崩そうとして、底板の隙間から見つけたものです」


 紙片には王冠の透かしがあり、右下の余白が少し広い。会計方御用達の紙だ。墨は急いで書いたように濃淡が荒い。


 東控え三番

 薬包三十

 包帯布二十反

 献納札後付


 茶の香りが、一度に冷えた。


「後付」


 私が読むと、後妻が小さくうなずいた。


「薬箱を納めたあとで、うちの店へ青紐を二巻き追加で取りに来ました。先代が、荷数より紐が少ないと首をひねっていたんです。あとでこの紙が出ました」


「つまり、先に野戦所向けの数で箱を揃え、あとから献納札を付けた」


 リゼットの声は低かった。


「名目を洗う時のやり方そのものだわ」


 私は紙片へ魔法を流した。薬包三十と包帯布二十反の列が、四年前の野戦所不足帳の数字と同じ濁りで光る。茶会用に集めたのではない。先に軍需の荷があり、あとから夫人の名を乗せた。


「献納茶会は、寄進を集める場ではありません」


 私は聞取帳の新しい欄へ数字を書き入れた。


「軍需の荷へ善意の名札を結ぶ場です」


 未亡人が固くしていた指をほどく。


「あの日、包み終えた箱は庭へ運ばれました。けれど残った席札が二枚、卓の端にありました。寄進したはずの方の名なのに、箱が足りなかったんです」


「箱より名のほうが多かった」


「はい」


 染物屋の女将も続けた。


「青紐も十二箱ぶんしか売っていません。夫人の名が十二も十九もあったなら、数が合いません」


「数を増やしたのは、茶席のあとです」


 薬種問屋の後妻が礼状へ顎を向ける。


「でも、見せる時には名が多いほうが立派に見える。荷は変えず、名だけ足したんでしょう」


 私は招待札、席札、控え室の指図札を一列に並べた。どれも女の場を飾るための小さな紙なのに、帳簿魔法を通すと同じ銀貨束の冷たさが底でつながる。


「今後、見舞いと献納名義の荷は監査室でしか受けません」


 私は査察受渡帳の別紙を抜き、表題を書いた。


 見舞受渡札。


「出した人の実名、立会い、持込現物、包み直しの有無、欠席名義の禁止。これがない荷は、王都向けでも北向けでも受け取らない」


 私は机の端へ避けておいた二枚の香札を、その横へ並べた。


「来られないなら、来られないまま記します。名だけ先に受け取って、あとで荷へ結びません」


 薬種問屋の後妻が、初めて少し笑った。


「それなら、ちゃんと売った分だけ紐を切れます」


「ええ。名前だけの善意で、荷数を増やさせません」


 リゼットが満足そうに息をつく。


「アドリアンが次に出してくる帳面、楽しみになってきたわね」


 私も同じだった。もし王都側が献納名簿や巡回慰撫費の寄進帳を出してくるなら、そこには実際に席へ着かなかった名が並ぶ。荷は先に軍需数で揃えられ、札だけが後から結ばれた。今日ここで出た紙は、その順番そのものを壊している。


 私は野戦所不足聞取帳の次の頁へ見出しを打った。


 献納名寄せ。


 茶の染みがまだ乾かない机の上で、女たちが覚えていた紐の本数と席札の枚数が、王都の善意より先に本当の荷数を語り始めていた。

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