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白紙婚の監査令嬢は、帳簿魔法で辺境を黒字にする  作者: 小竹X


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第十二話 はじめての入札会

 帳面の見本が、八枚ずつ足りなかった。


 朝の監査机には、会計方御用達の調達契約と、今朝ようやく集めさせた見積書が並んでいた。帳面、振替札、印紙、封蝋。どれも兵糧庫の新しい運用に欠かせないのに、これまでは同じ顔ぶれへ黙って流していた品だ。


「百枚綴り、のはずですよね」


 ミレイユが私の手元を覗き込む。


「ええ」


 私は綴り糸をほどき、頁を数えた。


 九十二。

 別の見本も九十二。

 三つ目も、やはり九十二。


 足りない数が綺麗すぎる。

 こういう欠け方は、湿気でも運送でも起きない。


「金額も同じです」


 ミレイユが差し出した見積書には、三商会とも「四十八銀貨十二銅」と並んでいた。末尾まで揃っている。しかも紙の右下の余白が少しだけ広い。角印を半分ずらして重ねるための、見慣れた癖だった。


 私は古い契約書へ指先を置く。黒く濁った欄が、紹介料、冬道加算、緊急納品費と名前を変えながら三本並んでいた。


「競っていませんね」


「入札って、こういうものなんですか」


「いいえ。これは順番に勝たせるための見積です」


 扉が開き、レオンハルトとガレスが入ってきた。雪を払ったばかりの外套から、冷たい空気が流れ込む。


「何が出た」


「帳面の枚数が八枚ずつ足りません。見積額は三商会とも同額です」


 私は紙束を向けた。


「しかも全部、会計方御用達と同じ紙です。違う商会が競っているのではなく、同じ紙を同じ値で回しています」


 ガレスが鼻を鳴らした。


「商人の談合か」


「少なくとも、冬道加算を二度払っています。紙を運んだ道の代金と、紙を売る顔ぶれの代金です」


 レオンハルトは見積書を一枚だけ見て、すぐ机へ戻した。


「どう崩す」


「公開で入札会を開きます」


 私は答えた。


「北門と市場へ告知を出してください。条件は三つ。帳面は百枚綴り、振替札は通し番号入り、納品は昼間のみ。見本と納期を書いて、正午までに封をした入札箱へ入れてもらいます」


「冬の最中に新顔が来るか」


 ガレスの問いに、私は頷いた。


「来ます。支払いを十日以内に切れば」


 ミレイユが目を丸くした。


「十日で払うんですか」


「紙を握っている側は、遅払いで相手を選別します。そこを切れば、小さい商会でも入れます」


 レオンハルトが短く言った。


「やれ」


 それで決まった。


 ミレイユには告知文を書いてもらい、私は入札箱の鍵を二つ用意した。一つは私、一つは彼女が持つ。箱の口へ細い青紐を渡し、封蝋番号も記録した。誰かが先に開ければ、切れ目が残る。


 昼前には、評議室の長机が片づけられ、代わりに見本を広げる卓が三つ置かれた。窓際にはレオンハルト、扉脇にはガレス。逃げ道も揉み消す余地も、なるべく少ない形にする。


 最初に来たのは、毛皮襟の外套を着た古参商人たちだった。


「大公夫人自ら、紙の値踏みですか」


 一人が薄く笑う。


「戦場の家で、随分と雅な催しですな」


「監査です」


 私が言うより先に、レオンハルトが切った。


「落札はセレナが決める」


 室内の空気が少しだけ締まる。古参商人は口元だけで礼を作り、封をした札を箱へ落とした。


 正午の鐘が半ばまで鳴ったところで、最後の足音が石廊下を打った。


「まだ閉まっていませんよね」


 入ってきた女は、夜色の髪をゆるく結い、真紅の口紅を冷えたまま崩していなかった。厚手の外套の裾に雪が残っている。脇に抱えた木箱には、帳面見本と札見本がきっちり収まっていた。


「リゼット・カルヴァンです。北市の西通りで商いをしています」


 初めて聞く名前だった。

 けれど視線が逃げない。利幅を測る目だ。


「時間内です」


 私は箱を示した。


「封を」


 彼女は薄い金具のついた封札を差し入れ、箱へ音を立てて落とした。


 鐘が鳴り終わる。

 ミレイユが青紐と封蝋番号を読み上げ、私は自分の鍵を、彼女はもう一つの鍵を差し込んだ。二つ同時に回して蓋を開ける。


 まず古参三商会。


 四十八銀貨十二銅。

 四十八銀貨十二銅。

 四十八銀貨十二銅。


 紙の見本も、綴り糸の撚りも、右下の広い余白も同じだった。


「質問します」


 私は一冊目を開いた。


「百枚綴りとありますが、九十二頁です。残り八頁はどこへ」


「冬場は紙が縮みます」


「頁数は縮みません」


 私は淡々と返し、二冊目を開く。


「こちらも九十二頁。三冊目も同じ。違う商会が別々に用意した見本なら、ここまで揃いません」


 古参商人の一人が眉を吊り上げた。


「紙の誤差くらいで騒がれては、商いになりませんぞ」


「誤差ではありません。足りない八頁ぶんを毎綴り抜けば、十綴りで八十頁です」


 私は古い契約書を横へ置いた。


「しかも去年までの契約には、冬道加算、緊急納品費、紹介料が別立てで三本入っています。同じ紙を横流ししながら、別の商会の顔で差額だけ積んでいた。違いますか」


 誰もすぐには答えなかった。


 ガレスが横から低く言う。


「質問に答えろ」


 返事の代わりに、古参商人の一人が肩をすくめる。


「北境の冬を回してきたのは我々です。見知らぬ小商いに任せて荷が止まったら、誰が責任を取るのです」


「だから見本だけで決めません」


 私は最後の封を切った。


 リゼットの見積書だった。


「三十五銀貨八十銅」


 室内の何人かが顔を上げる。


「帳面百枚綴り。振替札は通し番号入り。倉庫ごとに綴り糸の色を変えます。青は第一、白は第三、赤は第五」


 私は見本の帳面を開いた。頁は百、端まで揃っている。右下の余白は広すぎず、角印を半分ずらして重ねにくい。札見本には一枚ごとに番号が打ってあった。


「安すぎる」


 古参商人が吐き捨てた。


「冬道でその値は出ない」


 リゼットはそこで初めて笑った。


「出ますよ。空の帰り荷を使えば」


 彼女は卓の上へ細い板片を置いた。北西路線と河岸路線を書いた簡易地図だった。


「第三兵糧庫へ粉袋を届けた荷車、帰りは軽いでしょう。南から上がる紙束と封蝋は、その戻り車へ載せられます。道代を二度取る必要がないんです」


 ガレスが地図を覗き込む。


「この刻限で積み替えるなら、北門通過は昼二つ鐘のあとだな」


「ええ。だから納品は昼間限定で構いません」


 現場の時間で返された言葉は強い。


 私はもう一つ、札見本を取った。裏面に納入日と商会印の欄があり、切り離すと控えが残る形になっている。


「この控えは」


「受け取る側と渡す側で、同じ番号を残すためのものです。あとで『その札は見ていない』と言いにくくなります」


 いい顔をする商人だと思った。

 利益の話をしているのに、逃げ道の塞ぎ方まで早い。


「支払いを十日以内にしていただけるなら、この値で続けます。遅れるなら、次は銀二枚上がります」


 条件が率直だった。

 媚びない代わりに、曖昧にも逃げない。


 私は差額を紙へ書いた。十二銀貨三十二銅。

 北の土塁向けの冬手袋なら二十双、灯油箱なら二つ増やせる。


「帳面と振替札は、リゼット・カルヴァンへ」


 私が告げると、古参商人の一人が声を荒げた。


「前例がありませんぞ」


「今、作りました」


 それだけ返して、私は封を閉じた。


「会計方御用達の旧契約は本日で停止。次回からは品目ごとに分けて入札します。帳面、札、印紙、封蝋をひとまとめにしません」


 まとめてしまえば、隠す側が楽になる。

 分ければ、どこで値が膨らんだかが見えやすい。


 古参商人たちが去ったあとも、評議室にはまだ封蝋の匂いが残っていた。ミレイユは入札箱を抱えたまま、頬を赤くしている。


「本当に、開ける前に誰も触れていませんでした」


「鍵を半分持つ人がいたからです」


 私が言うと、彼女は箱を抱え直した。


「次も、私が持ちます」


 レオンハルトが落札札へ視線を落とす。


「紙だけで終わらないな」


「ええ」


 私は新しい振替札の見本を指で弾いた。番号が入っていても、紙札は剥がせる。濡れれば滲むし、燃えれば消える。


「次は荷そのものへ印をつけます。乾燥肉の箱にも、灯油樽にも、誰がどこへ回したか残る形で」


 窓の外では、北門から戻った荷車が中庭へ入ってくるところだった。空だった帰り台へ、今度は紙束と封蝋箱が載る。荷役兵がいつもより軽い手つきで縄を解き、ミレイユが新しい札を一枚ずつ数えていく。


 百枚。

 百枚。

 今度は、欠けていなかった。

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