8 シナリオイベントは唐突に
レナードを保護してから数週間。
毎朝メイドのリリーが起こしに来て、紅茶を嗜んだあとは歌や絵の先生を招きレッスンに励む。
そんな日々の繰り返し。
続いていく恐ろしく平和な日々に、ついここでの生活を堪能してしまう。だが忘れてはいけないのは、この世界が戦記物シミュレーションゲームであるということ。
「ダメよ、ダメダメ! 私ったら、何をのんびりしてるの!」
「お嬢様!? どちらに行かれるのですか!」
「リリー、ちょっと出掛けてくるわね!」
今日も起こしに来てくれたリリーにそう言い、クローゼットにあった外出着を引っ張り出すと袖を通した。
スカート部分が小さく膨らんだ、青いロングワンピース。その上に紺色のジャケットを羽織る。
「お嬢様、奥様には」
「心配いらないわ、リリー。すぐに戻るもの。クロヴィス様に会いに行ってくるだけだから」
彼に話を聞きに行くだけ。
にこりと笑って言い、引き止めようとしてくる彼女を振り切り家を出た。
今の状況が知りたい。プレイしている時は常にストーリーの進行状況を把握できていたが、当事者になるとこんなにも不透明だったとは。
ルート分岐した後のプレイヤーは、王国ルートならクロヴィスと、帝国ルートならアベルといる時間が長くなる。
きっとクロヴィスなら何か知っているはず、そう思い出掛けたのだが……。
「アメリア様、クロヴィス様ですがただいまご公務で外出しております。お戻りは日暮れごろになるかと」
「そうだったのね……わかったわ」
城に訪れてみたが彼は留守だった。城の門前に立っていた騎士に呼び止められると、そう伝えられた。どうも同盟国の領主が近くまで来ているとかで、会いに行っているそうなのだ。
公務なら仕方ない……。
だがこのまま帰るのも勿体無い。せっかく来たのだしと、少し散策してみることにした。
向かったのはすぐ近くにある騎士団の詰所。先日レナードを尋問した場所だ。
詰所内は以前来た時よりも物音が聞こえ、賑わっていた。訓練場の近くに来てみれば、金属のぶつかり合う音や、時折喝を入れる様な声も聞こえてくる。まだ日中、この時間帯に訓練しているのは若手の騎士たちだろう。
「外からでもすごい気迫が伝わるわ……あら」
歩いていると、外で槍をふるう青年を見かけた。薄手のシャツ姿に、風通しのよさそうな素材のズボンを着ている。彼の紺色の髪がゆれ、汗がぱたぱたと地面に向って散った。
「……ふう。あ」
「あら、ごめんなさい。邪魔しちゃったわね」
「……アメリア、嬢?」
一人で鍛錬していたのは、レナードだった。
「ええ、アメリアよ。あなたは確かレナードよね、一人なの? がんばってるのね」
令嬢らしくほめてみることにする。何だか偉そうになってしまったが、敬語にしたり、ため口を利きすぎてもアメリアらしくないと思われても嫌だ。
「いや、これくらい当然だ。感覚を取り戻さないとだし」
「頑張り屋なのね……」
レナードを保護してから時間は経ったが、何かゲームシナリオらしいイベントは発生しただろうか。王国ルートの最初の方で、国境付近にいる盗賊を倒しに行くクエストがあったはずだ。
「レナード、最近はどうかしら? なにか任務らしいことはした?」
「まだ……そういえば、モルツ村で賊が出たって話があったような」
まさにそれだ。
彼の言葉に、「それは大変だわ」と知らないフリをして驚く。
「騎士団にモルツ村の人がいるらしくて、様子を見に行きたいらしいんだ」
「あら、行けないの?」
「それが、許可が下りないとかで。あくまで噂だから、すぐに騎士団を派遣することも難しいみたいで」
「そんな……」
確か賊を倒しに行ったのも、暇そうなプレイヤーが行ってくるなら、という雑な許可の出され方だったような気がする。
「そうだ。アメリア、一緒に行ってくれないか!」
「え」
まるで妙案を思い付いたといわんばかりに、レナードが槍を脇に抱えながら言った。その顔はキラキラと輝いて見える。
「俺達で確かめに行こう」
「……へ?」
しまった。もしかして私……出撃メンバーに加えられてしまったのでは?




