7 序章のルート分岐は強制的で
クロヴィスを見たプレイヤーが、マーカスの背中から飛び退く。
「クロヴィス王子!? どうして……スキップしすぎたのか、選択肢は……」
「やあ、意識ははっきりしているようだね。俺の従者が君をそこの藪で見つけたって言っているんだが、そんな格好で何をしていたのかな」
じりじりとプレイヤーへと距離を詰めて行くクロヴィスは、どこか黒い笑みを浮かべている。
「同行していただこうか?」
「はっ? え」
がっしりとプレイヤーの腕が掴まれるのが見えた。マーカス技手際よくプレイヤーの両腕を背中側に縛っていく。
……これは王国ルート確定で良いのだろうか。
ずるずると劇場内に連行されるプレイヤーに、ただ小首をかしげるしかなかった。
◇◇◇
プレイヤーを騎士達に引き渡すと、クロヴィスと共に最寄りの詰所に移動した。広い敷地の中に、木造の家屋が点在している。平屋の建物は訓練場だろうか、その近くにはアパートのような建物も見えた。
訓練場の脇を通り、三階建ての施設に足を踏み入れる。クロヴィスは真っ直ぐな足取りで三階まで上がると、一番奥の部屋へと向かった。
窓のない密室。部屋の中に家具らしい物は一つも置かれておらず殺風景だ。
遅れて入ってきたマーカスが、プレイヤーを部屋の中央に投げ入れるように連れてきた。
「いっつ……」
「クロヴィス様、騎士団の者たちはいかがなさいますか?」
「このまま周囲に待機していてもらおう」
マーカスが扉を閉めると、部屋の中はしんと静まる。クロヴィスは戸惑う様子のプレイヤーに向き直ると、にこやかに語りかけた。
「手短に行こう。君が背負っている紋章……二輪の花が重なったその模様は今は亡き旧帝国の物だ。何者か答えてもらおうか」
「……」
問われている白騎士の彼は答えない。ゲーム上は記憶喪失ということになっているため、彼も話せる情報がないのだろう。
大丈夫だろうかと、固唾を飲んで見守る。
「答えないなら、王国内に侵入した不届き者として、君を処分しなければならないなぁ」
「! ま、待ってくれ」
「おや、答えてくれる気になったかい」
深い藍色の髪を振り乱しながら、プレイヤーはクロヴィスに詰め寄る。
「お、俺はただ、気が付いたらあそこにいたというか……何も、わからないんだ」
「何も?」
「……実は自分が誰かも、よくわかっていなくて」
「ふむ……」
クロヴィスが顎に手を当てて頷く。考える仕草を見せる傍ら、マーカスがプレイヤーの曖昧な返答に不満を抱いたのか、間に割って入るかのように動き出した。
「切り捨てましょう」
「待て、マーカス。もう少し話を聞こう」
「ですがクロヴィス様、国内にこのような者を長く留めて置くのはいかがなものかと」
「まあまあ、まだ始まったばかりだろう?」
クロヴィスはマーカスの肩に手を置くと下がらせる。
「知っている範囲で構わない。君が帝国側の人間でないことさえ証明できれば、俺達は君に手出しはしないよ。さあ、吐いてくれるかな。どうしてあの場所にいたんだい」
あの人は答えられるのだろうか。もしここでとんちんかんな回答をして、やはり怪しい奴めとマーカスにばっさりと殺されてしまったら?
緊迫した状況に、嫌な汗が背中を伝う。
「答えてもらえないと、俺たちも君をどうにかできないんだよね。頼むよ」
「お、俺は……」
「あの、クロヴィス様」
プレイヤーが死ねば私もゲームオーバーかもしれない。目指しているトゥルーエンドの為にも、私はクロヴィスを引き止める。
「この方が本当に記憶喪失なら、何も答えられないのは仕方のないことだわ」
私の声に、三人の視線が集まった。クロヴィスは穏やかな目をしているが、マーカスの視線は剣先のように鋭い。
プレイヤーのすがるような顔色に、私は胸に手を当て頷きを返す。
「アメリアは彼の言葉を信じるんだね」
「ええ。本当に記憶喪失だとしたら可哀想だもの。覚えていないなら、帰る場所も無いのではないかしら」
ここでプレイヤーを王国陣営に引き込めれば、帝国ルートに向かうことはない。どうにか今の流れのまま、味方にしてしまいたい。
「確かに、それは可哀想だな……」
「クロヴィス様、貴方様まで!」
「ふふ、ですよね? 見たところ貴方のその装いは、騎士なのよね。旧帝国はだいぶ昔に滅んだと聞いておりますが……きっと訳ありなんだわ。クロヴィス様、記憶が戻るまでの間だけでも、助けてあげられないかしら」
うんと頷いてくれ。
クロヴィスの目を見て訴えてみる。
「アメリアは彼を保護するべきだと?」
「正気ですか、アメリア様」
「ええ、正気よ。お父様から騎士団も人手が欲しいと聞いているわ。手伝ってもらいましょう! 彼、鍛えていそうだし、もし何か思い出したら有益な情報をくれるかも」
「アメリア様、この者がスパイだとしたらどうするおつもりです」
マーカスの指摘に否定できず、言葉に詰まる。
「なら条件を出すのはどうだろう。君、名前は」
「な、名前……」
「もしやそれすらも忘れてしまったのかな」
「いや……レナード……という名前を、覚えてる」
レナードはデフォルト名。どうやら彼は、名付けでふざけるタイプではなかったようだ。「あああ」とかだったらどうしようかと思っていた。
「では、レナード。思い出すまでの間、我々王国は君に衣食住を提供する代わりに、騎士団で働いて貰おうと思う」
「有難いけど、いいのか……」
「タダではないからね。しっかりと働いてもらうのが条件だ」
「あ、ああ。やらせてくれ」
クロヴィスの提案に乗った彼は、初めて安堵したように表情を和らげた。強制的に王国ルートにされ、困っていたのは確かだろう。
「マーカス、彼を団長の元へ」
「はっ、クロヴィス様」
マーカスがレナードの腕を掴み、外へと連れ出していく。
すれ違い様にレナードと目が合った。
「ありがとう……アメリア」
小声だがはっきりと聞こえた言葉に鼓動が跳ねる。クロヴィス程ではないが、デフォルトのプレイヤーも見た目は良い。長く息を吐き、どきりと高鳴った鼓動を鎮めた。
彼らの足音が遠ざかって行く。
「アメリア、君の希望通りに彼はうちで保護することになったよ」
クロヴィスの声が、優しく耳の奥を撫でる。
プレイヤーが騎士団に入るのはシナリオ通りで、王国ルートへの分岐は成功したと思って良いだろう。
「ありがとうございます、クロヴィス様。記憶がないなんて、可哀想でしたから……」
「優しいね君は。前からずっと」
「あら、なんですか殿下。褒めても何も出ませんよ」
靴音を響かせながら彼が近づく。
「これがどう出るのか……今度は彼がこの王国を、平和に導いてくれることを願っているよ」
クロヴィスに見下ろされる。彼の目は私をみているが、どこか遠くを見据えているようにも思えた。




