5 帝国の王太子たち
「……アメリア様、私になにか」
マーカスの声は困ったように眉を伏せる。あれだけじっと見られていたら気にならないはずがないだろう。
「ご、ごめんなさい、マーカス。なんでもございませんから」
「……クロヴィス様、先日アメリア様が頭を打ったと聞きましたが、まだ治っていらっしゃらないのでは」
「元気そうだし、そんなことはないと思うが……」
聞こえてきた言葉に頬が引き攣る。遠回しに頭大丈夫かって思われた……?
「だ、大丈夫ですわよ、マーカス。おほほほほ、見ての通りピンピンしておりますわ!」
あまりにもわざとらしい言い方に、マーカスの紫色の瞳がじとり細められた。
「そうですか。まるで人が変わってしまったようですね」
「そう言ってやるな、マーカス。アメリアも久々の外出で緊張しているだけなんだ。ね?」
「え、ええ、はい!」
「……私はお二人の側に控えておりますので、何かありましたらすぐお呼びください」
そう言い終えるとマーカスは護衛の騎士たちの後ろに回った。
鼓動が早鐘を打っていることに気がつく。危うくクロヴィスの前で正体がバレるところであった。
「さあ、行こうかアメリア。席に着く前に、俺達は一仕事ある」
「お仕事……ですか?」
クロヴィスがうんと頷く。
彼が歩き始めれば、付き従っている騎士たちもぞろぞろと動き始めた。
これが王子かと、ゲーム内では立ち絵と背景画から想像するしかなかった景色に、だんだんと緊張感が高まっていく。
マーカスに『アメリア』らしくないと疑われてしまった。彼だけならばクロヴィスが味方でいるうちは命を狙われることはないかもしれないが、他の人間に知られればどうなるかわからない。
こんな得体の知れない女が、王子の側にいると知られてしまったら……。
さっと血の気が引き、底知れぬ恐怖に体が震えだす。『アメリア』程、気軽にクロヴィスに近付ける人間はいないのだ。考えていたよりも自分の立ち位置の重大さに気付いてしまう。
最後まで隠し通せるだろうか。
変な緊張に、劇場内までぎこちない足取りで向かうのだった。
中に入り、先に彼に連れて行かれたのは応接室だった。
階段を二階分登り現れたのは赤い絨毯が敷かれた廊下。重厚な金の装飾を施された扉が目に入り、彼の足取りはそこで止まった。扉の脇には応接室のプレートが張り付けられており、クロヴィスが中に向かって一声かけた。
彼の手がドアノブにかけられ、扉が開く。中に入るよう促された私が見たのは、王国を象徴とする深い青色の絨毯と、黒のシックな家具が置かれた高級感のある一室だった。
転生したことを自覚してから、どうも感覚が前世の物になってしまっている。家具はどれも、薄給サラリーマンには手が出せない調度品ばかり。
中央にあるソファやローテーブルは細かい花の装飾が施されており、職人技が光る。
少し良い所のホテルに置いてあるような家具達に、幾らするのだろうかと考えてしまう。
ソファーには人の姿があり、誰か待っていたようだ。
「お前たちは下がれ、ここまででいい」
「はっ、クロヴィス様」
付き添っていた騎士達が立ち去っていく。だが足音はすぐに止み、廊下で控えているらしい。
側近のマーカスが騎士達と入れ替わるようにして部屋に入り、扉を閉める。
ギシリとソファーから軋む音が聞こえ、誰かが立ち上がる気配にスッと背筋が強張った。
人影は二人分……、待っていた人物の姿を見て私は目を見開く。
立っているのは赤を基調とした礼服を着た赤銅色の髪の男と、彼の胸元くらいの背丈の黄色いドレスを着た同じ髪色の少女。男は短い髪を後ろ向きに整え、鼻筋の通った顔立ちをしていた。少女は小さく丸みを帯びた顔で、緩やかに巻かれた長い髪を頭の両側から垂らしている。二人の炎のように赤い瞳が、それぞれ対照的に私とクロヴィスに向けられた。
「待たせてしまってすまない、アベル殿下にリリーナ殿下」
「いいえ、私達も来たばかりですの。こんな素敵なお部屋をご用意いただけて、感謝いたしますわ、クロヴィス殿下」
ふわりと花が舞うような声が応接室に響く。
「久しぶりだな、クロヴィス王子。息災だったか」
「ええ、俺は」
穏やかな口調で交わされる挨拶の文言。
私はぽかんと口を開けると、声も出せず立ち尽くした。
なぜガーゼルシュタイン帝国の皇太子がここに……。
ぶわりと汗が噴き出すのを感じる。
チュートリアルで劇場に現れるのはリリーナだけだったはずだ。
クロヴィスの手がスッと私の前に差し出された。彼は私に目を合わせると、優しく微笑み口を開く。
「こちらはアメリア。以前紹介する予定だった俺の婚約者だ」
「まあ、アメリアさん! なんてきれいな方なのかしら。リリーナと申しますわ」
リリーナが小走りで駆けより、私の両手を取った。なんて華奢な手……じゃなくて。
「……うう」
「アメリア!」
くらりと目眩に襲われる。
敵国の皇女様と知り合いになってしまうなんて。ゲームの内容と違う気がする。
膝から崩れ落ちた私を、クロヴィスの腕が強く抱きかかえてくれた。




