4 夢で見たこと
クロヴィスの長い指が顎に触れ、くいっと上に引き上げられる。彼の端正な顔が近付き、目を背けたくなる。顔が美しすぎませんか、殿下!
「ねえアメリア、リリーナ皇女に招待状を出したことは誰にも知らせていないんだよね」
そうですよね、国家間のやり取りなんですもの。たった一度のうっかりが命取りであることを思い知らされた。
「クロヴィス様、あの……」
「何かな、アメリア」
優しく名前を呼ぶ彼は、瞬きひとつせずじっと見つめてくる。まるで私の挙動の一切を見逃すまいとしているかのよう。
ごくりと固唾を飲む。
クロヴィスには話すべきだろうか。信じてくれたら、この人はきっと力強い味方になってくれる。
「……その私、とんでもない夢を見まして」
話していくうちに、手が震えだす。
クロヴィスの手が顔から降ろされ、上に傾けていた首が楽になった。
「貴方と王立劇場に行く夢を見たんです。……突然悲鳴が聞こえて……」
「それで?」
「リリーナ様が拐われてしまうのです……誰かはわかりませんが、長いローブを着た人達でした。賊だったかもしれません……見知らぬはぐれ騎士様がリリーナ様を助けてくださいましたが……」
「リリーナ皇女の誘拐か……」
「夢で見た光景を辿っているように思えて、不安になってしまって。現実になってしまいそうだなって思ったの……ごめんなさい、クロヴィス様。夢如きで怖がってしまうなんて、お父様が知ったら笑われてしまうわね」
「笑わないよ、アメリア」
「そうよね、クロヴィス様も……え」
信じてくれるはずがない、そう思っていたのに。
クロヴィスは優しげに微笑んでいながらも、馬鹿にする雰囲気はない。
「夢というのは現実に起こり得る物だ。君は公にされていないはずの、リリーナ皇女が来国していることを知っている。今まさにこうして君が見ていたことを辿っているのなら……」
「ク、クロヴィス様、ただの夢よ!」
「ずっと君が不安そうにしているのに、俺が気付かないとでも?」
「っ……」
プレイヤーの動向が気になっていたのが、顔に出続けていたらしい。
「……リリーナ皇女の周囲は気に掛けておこう。騎士達にも伝えておくよ、彼女の側に控えるようにと。君が話したとは言わないから、安心して」
「もしも、何も起こらなかったら……?」
「その時は無事に終わって良かったと、そう思えばいいのさ。そのままコンサートを楽しんでいればいい」
クロヴィスは余裕そうに微笑むと私から顔を逸らした。
案外どうにかなるかもしれないと思った時、ふとあることに気が付く。
コンサートを楽しんでいればいい? クロヴィスに演奏中だって言ったっけ?
伝え方的に、そういう風に聞こえたのだろうか。だが彼が信じてくれた。そのことに安堵したのか、いつのまにか腹痛は消えていた。
王立劇場に着き馬車を降りれば、目の前の建物の大きさに圧倒された。外観からして数千人は収容できそうな規模である。玄関口に続く階段の両脇には獅子の銅像が立ち、劇場の荘厳さを増していた。
「ここに来るのも久しぶりだね。最後に来たのは一昨年の演奏会だったかな」
「そ、そうですね、それくらいぶりでしょうかね!」
クロヴィスの声に現実に引き戻される。甲冑の関節部がぶつかる音が聞こえ、背後に騎士の青年が立った。会場に入るまでの間、私達の護衛をしてくれるらしい。
ずいぶんと警備が厳戒だと思うが、そういえばクロヴィスはこの国の王子なのだ。これくらいの護衛がついて当然だろう。
もう一つ足音が聞こえ振り向いて見れば、馬車から降りる青年の姿が。長い黒髪を低い位置で結え、瞳の色と同じ薄紫のスカーフを襟元に飾った彼は燕尾服に身を包んでいる。
あの人は確か……クロヴィスの側近であるマーカスだ。彼の姿を見られるとは思わず、目で追ってしまう。王国ルートでしか姿を現さない彼は、公式からもゲーム発売までキャラクター紹介をされないなどレアキャラ的存在だった。
「マーカス、先導ご苦労だった。道中、異常はなかったな?」
「はい、クロヴィス様」
クロヴィスの側に歩み寄ったマーカスが、腰を折り答える。もうこの時点で出てくるのかと思うが、ゲームではプレイヤー視点で進むせいで会うタイミングが限られていただけだ。
「……」
「……あ」
マーカスが私を振り返った。




